ep.14 入れ替わり計画の裏側
サエは、心臓発作で急死した女性だ。シエンの舞の師匠であり、舞乱一族本家当主の長女だ。
舞乱一族とは、舞を極める一族かつ、青の国の伯爵家。彼らは各地を公演のために回る。
舞乱一族の本家当主と分家当主の男性たちは、代々各国の王族男子に龍の舞を教えている。
「ああ。妹さんの師匠か。いいよ。焚いてあげるから香炉をこっちに持ってきて」
俺は震える手で香炉を持ち上げると、その香炉を白檀の机の上に置いた。
ファイアは香炉を手に取ると、長い詠唱を始めた。
詠唱が終わると、香炉の蓋の隙間から白くて濃い煙が立ちのぼり始めた。
煙はあっという間に俺の頭の上まで広がった。
「さあ、座って煙の中をよく見てな」
俺は頷くと、椅子に座り、煙をじっと見つめた。
するとどうだろう。煙の中に、黒髪の女の姿がゆらゆらと浮かび上がってきたのだ。
女は怒りに満ちた目で、俺とファイアをじっと見つめた。
――嘘だろ……。本当に? 彼女がサエなのか……?
言葉を失っていると、女が口を開いた。
「私の名前は、サエ=アスタル。舞乱一族であり、アスタル伯爵の長女だ。私を呼び出したのはお前たちか?」
「そうだ。命令だ。お前の身に何があったか詳しく話せ」
サエは頷くと、素直に語りだした。
◇◇◇
私は舞乱一族、アスタル伯爵家に生まれた。
舞乱一族の舞は他の追随を許さぬ完成度を誇り、その名声は各国に轟いている。
私は幼い頃から、両親と分家の者たちから徹底的に舞を仕込まれた。
本家当主の長女として、朝から晩まで舞に打ちこんだ。
努力の結果はすぐに現れた。私は10歳にして、神童と呼ばれるまでになった。
けれど、私は満足しなかった。
――龍の舞や剣舞も学んでみたい!
龍の舞も剣舞も、男だけが舞うものだ。だが私は、どうしても舞ってみたかった。その迫力と難易度に憧れを抱いていた。
そんな私に、分家当主の1人、ソウマが龍の舞と剣舞を教えてくれた。
私の兄と父には内緒だと言って、こっそり教えてくれたのだ。
「サエは素晴らしい才能がある。性別のせいで、学びに制限がかかるのはいけない」
そう言って、私の専属教師になってくれた。
両親からは本家の舞の型を、ソウマからは分家の舞の型を習得した。
私はソウマを尊敬していた。彼の舞の実力は素晴らしく、青の国王に舞を教えていて、紫の国のデド公爵にも舞を教えていたのだ。
そんな日々を過ごす内に、私は20歳になった。
誕生日に、私は疑問を抱いた。
――私は間違いなく、舞乱一族の誰よりも舞が上手い。なのに、なぜ当主になれないのだろう?
なんで家を継ぐのは兄なんだろう? 兄より私の方が、ずっと舞が上手いのに……。
答えは簡単だった。青の国では、女は当主になれない。爵位を継げない。それだけだ。
――男に生まれたかった。そしたら、当主になって舞乱一族を盛り立ててみせるのに……。
私はもやもやした気持ちをソウマに打ち明けた。
「可哀想だけど……。どうしようもできないんだ。女の子は当主になれないからね。でも、サエの舞が一族で一番素晴らしいのは間違いないよ」
ソウマはそう言って、私を励ましてくれた。
けれど私は、むしろこの世の不条理に腹が立った。
そんなとき、紫の国のデド公爵が私を訪ねて来た。
「ソウマから話は聞いたよ。当主になりたいんだって? 俺たちが協力してあげようか?」
◇◇◇
デド公爵は私に、衝撃的な計画を語った。
即位式の前夜に、シエン王女とコラン王太子を入れ替えるというのだ。
入れ替わった後に不自然にならないように、私からシエン王女に龍の舞と剣舞を教えて欲しいらしい。
王族男子なら、身につけていて当然の教養だからだ。
「シエンは苦しんでるんだ。男だから、兄のコランばかり優先される。龍の舞や剣舞が学びたくても、学ばせてもらえない。
賢いのに、国王になれない。女だからハイヒールやコルセットを求められて痛くて苦しいとも言ってた。
シエンも女性であることが辛いんだ。シエンの力になってあげてくれないか?」
――王女が苦しんでる? 王女って、恵まれてるんじゃないの?
「もし協力してくれたら、君が当主になれるように、アスタル伯爵家……舞乱一族に働きかけてみるよ。
デド家は外国人だけど、公爵家だし、各国の有力貴族とコネもある。シエンが国王になれば、もっと色々できるかもしれない。
必ず当主にしてあげられる保証はないけど、どうかな?」
魅力的な誘いだった。
秘密を守ってシエン王女様の教育係りになれば、見返りに当主になれるかもしれない。
何より、王族の教師になること自体が名誉なことだ。
当主になれないと1人で泣き暮らすより、ずっといい
「やります!」
私は即答した。
◇◇◇
シエン王女は10歳まで、カナという名前の師匠から舞を教わっていた。しかし、私が新たな師匠になることになった。
表面上は、王妃が私を推薦したからだ。だが実際は、デド公爵が私を王妃に売りこんだのだ。
私の舞を見た王妃は感動し、ぜひ娘の師匠になって欲しいと頼みこんできた。
私はあっさりシエン王女の師匠になることに成功した。
◇◇◇
「今日からシエン王女様の舞の師匠になることになりました。よろしくお願いします」
「シエン=パープルです! どうぞよろしくお願いします!」
11歳のシエン王女は礼儀正しく、真面目で一生懸命な生徒だった。
彼女は乾いた土が水を吸い込むように私の教えを吸収した。
優秀な生徒だった。
シエン王女の家庭教師も優秀だった。家庭教師も計画の協力者で、史書や政治を密かにシエン王女に教えていた。
私は彼女の賢さに感心した。
――こんなに頭が良くて、舞のセンスがあって、一生懸命なのに、女だから国王になれないのか……。
私は胸が痛くなった。
誕生日になると、シエン王女は毎年泣いていた。
「百官と両親が祝福するのはお兄さまよ……。王女の私なんて、いてもいなくても困らないんだわ!」
泣いているシエン王女を、私は抱きしめて慰めた。
まるで妹のように思っていた。
「私が国王になったら、サエが当主になれるように青の国王に頼んでみるわ! できることはなんでもするからね!」
シエン王女は私にそう約束してくれた。
同じ苦しみを抱えた私たちは、日に日に絆を深めていった。
◇◇◇
計画は成功した。
シエン様が国王になって即位したとき、私は歓喜した。
――やっと計画が成功した! これで、シエン様が国王だ! 私も当主になれるかもしれない。
私は即位式に参加して、シエン国王の凛々しい姿を目に焼き付けた。
その日の深夜、私は1人で祝酒を楽しんでいた。
そのときだ。
――どくん……!
心臓が嫌な音を立てた。
私は胸を押さえてうずくまった。
そして、気づいたら冥界にいたのだ。
◇◇◇
「私を殺したのはデド公爵だ! あいつが口封じのために、私を呪術で殺した!
そう、冥界の高官が教えてくれた! 許さない! 私を殺して!」
サエは怒鳴った。直後、悲しそうに目を潤ませた。
「デド公爵はシエンに執着している……。私はシエンが心配だ。それに、国王になって心細くはないだろうか……。
コランになりすますのは大変なのでは? あの子が幸せなら、それで良いが……」
最後の方の声は弱々しかった。
なぜなら、煙が薄くなってきたからだ。
サエの体も薄くなってきている。
「待ってくれ! サエ! もっと教えてくれ!」
俺が叫んでも無駄だった。
煙は掻き消えてしまったのだ。
「そんな……」
俺はしばらく、呆然としてしまった。
――入れ替わり計画はそんなに前からあったのか……。それに、シエンが誕生日の度に泣いていた?
シエンは誕生日の宴で、どんな表情をしていただろう。なぜか、思い出せない。




