ep.13 死者に会える道具
玉座不要登場人物・用語解説
・コラン=パープル→主人公。呪術で体を入れ替えられ、現在はシエン王女になっている。
・シエン=パープル→コランの妹。呪術でコランと自分を入れ替えた。現在はコラン(の体)になり、紫の国の国王になっている。
・宰相、リドル=ユゴー侯爵→名門ユゴー侯爵家当主。コランの忠臣で、入れ替わりの事情を知っている。
・ユラカ=デド公爵→呪術による体の入れ替えに協力した。シエンの協力者。シエンに特別な感情があるようで……?
・デド公爵家→代々、王族の敵対勢力に呪詛をかけ、彼らを排除することで国の安寧を守ってきたのだ。
デド一族は、"紫の国王に逆らうと心臓が止まる呪い"が血に刻まれてる
・サエ→急死したシエンの舞の師匠。舞乱一族本家当主の長女。デド公爵に殺された。
舞乱一族→舞を極める一族&青の国の伯爵家。彼らは各地を公演のために回る。舞乱一族の本家当主と分家当主の男性たちは、代々各国の王族男子に龍の舞を教えている。
・朝顔の妃→(ルファナ=カレン)コランが王太子時代に最も寵愛していた妃。リドル宰相の姪。現在は失寵中。
・牡丹の妃→(リシェイ=デド)現在、紫の国王の寵姫。デド公爵の妹。
「何ぼーっとしてんの? コラン。いい加減気づけよ。俺がドラゴンなんだって!」
「……は?」
――サイエンが、ドラゴン!?
言葉を失うと、サイエンの目つきががらりと変わった。その赤い瞳が、爛々と光出す。
「俺は火のドラゴン、ファイアさ。ちなみに、フェル=ユースは俺の昔の契約者だよ」
「なんだと!?」
俺は零れんばかりに目を見開いた。
ファイアと水色のドラゴンは、可笑しそうに笑い出した。
「アハハハッ! コランってば、鈍いね!」
「どう考えても、ファイアは怪しい奴だろ!」
二人は腹を抱えて爆笑しているが、俺はまったく笑えなかった。
「なんで……人間の姿なんだ? ドラゴンって人間の姿になれるのか!? ていうか、男娼だったって話は!?」
「あれ、嘘だから」
ファイアはあまりにもさらっとした口調で言った。
「はあ!?」
「君ってどう見ても金持ちでしょ? 搾取される貧乏人を見下すか試したかったんだよね。
そしたらさ、契約できなくても家と仕事をやるって言うじゃん? コラン、良い奴じゃん!」
――は? 俺、試されてたの!? てか、こいつがドラゴンなの!?
急に、ファイアの目が鋭くなった。
「まあ、あの話は案外作り話じゃないよ。紫の国には、そういう可哀想な子どもが沢山いるしね」
「そうなのか……」
――王族として、俺に何かできないかな……。
「それでさぁ。コランは知らないわけ? フェルには騎士の側近がいたって話。あれ、俺だから」
「……はい?」
「契約者の内、黒の国の騎士ライチと赤の国の女伯爵ヴァイオレットのドラゴンは、ドラゴンの姿で2人の側にいたんだけどね……。
俺は人間界を満喫したかったから、人間の姿で側にいたわけ。フェルが勧めてくれたんだよ。人間生活は楽しいぞってね」
「……まじで?」
俺は軽く目眩を感じた。すると、水色のドラゴンが言った。
「俺は水のドラゴン、アクアさ。じゃあな、人間。頑張ってファイアと契約するんだぞ。
振られたら俺のとこに来ても良い。契約する価値があるかじっくり見極めてやる」
「おいこら! 横取り禁止だ!」
「そう怒るなよ。ファイア。じゃあな。明かりは貸してやろう」
アクアは短く詠唱した。直後、その姿は霧のように掻き消えてしまった。
蛍のような灯りだけは、消えずに周囲に灯っている。
「んじゃ、俺の住居スペースまで行こうよ。フェルがくれた椅子とテーブルがあるからさ。湧き水もあるし、俺の住居、人間的には最高だよ?」
――ちょっと待ってくれ! そんなに軽いノリで!?
「付いてきな」
ファイアはそう言うと、すたすたと歩き出してしまった。
俺は慌てて彼の後を追いかけた。
蛍の光は、意志を持っているかのように、俺たちの後をついてきた。
◇◇◇
「ここがファイアの住居スペース!? 王の部屋みたいじゃないか!」
ファイアについて10分ほど歩くと、地下に続く石の階段があった。
その階段を下りた先にある空間が、この広い部屋だった。
人間が1000人くらいは入れそうだ。
岩の壁には見事な刺繍のタペストリーがいくつもかけられ、螺鈿細工の箪笥まである。
部屋の中央に置かれたテーブルと椅子は、白檀でできているようだ。
部屋の奥には小さな泉まであった。
ファイアは誇らしそうに笑った。
「豪華だろ? そこの箪笥にはな、フェルからもらった服も沢山あるんだ。……今着てる服は、お前を試すために、魔法でわざとぼろくしたんだ」
そう言うと、ファイアは指を鳴らした。
次の瞬間、彼の体が淡く赤い光に包まれ、つぎはぎだらけの服が一瞬にして黒色のローブへと様変わりした。
デザインはシンプルだが、一目見ただけで、それが上等な生地だと分かる。
「この服もフェルにもらったんだ」
「2人って……仲良かったんだな」
「もちろん。契約者同士だからね。さあ、ひとまずかけてよ」
俺はリュックとランプを地面に下ろすと、白檀の椅子に腰を下ろした。ファイアも向かいに座った。
「それで、お前は男だろ? なんで女の体に入ってるわけ?」
ファイアはにこにこした表情から一転、冷たい眼差しで俺を射抜いた。
「なっ! なんで分かる!?」
「そりゃ分かるよ。なんか、魂が歪な感じがするんだよね。それに、なんで契約に来た? 正直に話しな」
ファイアは俺を指差すと、声に凄みを利かせた。
――これ、絶対に嘘をついちゃいけないやつだ……。
彼の気迫に押され、俺は全てを正直に打ち明けることにした。
◇◇◇
「なんだって!? 呪術で強制身体交換!? しかも、紫の国の支配者は俺だから、王を超えて妹に身の程を分からせたいってこと!? お前、傲慢だな!」
ファイアは話を聞き終わるなり、非難がましい声を上げた。
「俺が傲慢? なんでだ? 俺はむしろ、体を奪われた被害者だ!」
「そういうとこなんだって。俺には妹さんの苦しみがなんとなく分かるよ」
「シエンの苦しみ……?」
俺が呟くと、ファイアは俺をじっと見つめた。
「紫の国は、後継者は男子だけなんでしょ? コランとシエンは双子。君たちが生まれたとき、より祝福されたのはどっちかな? 当然、君じゃない?」
「……は?」
「君が宴会で笑ってるとき、妹はコルセットに苦しんでた。君が政治を学んでいるとき、妹はただ花嫁になることだけを求められた。
君には輝かしい将来と勉学や書物が与えられた。そのとき妹に与えられたのは、多分、ただの刺繍道具だよ? 針と糸だけさ」
「……」
「妹は龍の舞が完璧に舞えるんだろ? なのに、女だから教えてもらえない。やり方は間違ってるけど、凶行に及んだ理由が俺には分かる」
「そんな……! でも、体を奪われるなんて理不尽だ!」
「妹からしたら、君が男で自分が女なことが理不尽なのさ。そんなことも分からないのか?
妹が性格悪いんじゃなくて、文化と慣習が彼女を泣かせてることに?」
ファイアは冷え切った声で言うと、ため息をついた。
「こんな鈍男と契約して、大丈夫かなあ?」
「でも、シエンは朝顔を冷遇してるんだ!」
「それは君の事情じゃん? 後宮の女って人権ないし。そもそもお前は朝顔以外の女を大事にしてたわけ?」
俺が詰まると、ファイアは馬鹿にしたように笑った。
「お前が、朝顔を寵愛してたとき、多分他の女は泣いてたよ。
王太子に愛されなきゃ、側室は面子がなくなるからな。今は朝顔が泣いて、牡丹の妃が寵愛されてる。それだけさ」
冷たく言うと、ファイアは机を人差し指でコンコン叩いた。
「で、お前と契約すると、俺にどんなメリットがあるわけ?」
「メリット……?」
「そうだよ。フェルは『俺と建国して2人で伝説になろう』って言ってくれた。人間の暮らしや豪華な贈り物を沢山くれた。コランは? 俺に何をくれるの?」
――メリット!? ドラゴンはメリットを求めるのか!? ファイアにとってのメリットってなんだ!?
歴史に残る偉業はすでにフェルと成し遂げている。贅沢品もフェルからもらっている。
なら、俺がファイアに提供できるものはなんだ?
「ちなみに、契約の詳細は知ってるの?」
「文献で読んだ。ドラゴンと契約した人間は、ドラゴンを従わせることができる。
ただし、ドラゴンはいつでも契約を破棄できるし、納得できなかったら契約中でも従わない」
「うん、バッチリ。ってわけで、メリットについてじっくり考えてみなよ。思いついてないんでしょ?」
「……ああ。その通りだ」
俺は情けなく肩を落とした。すると、ファイアはタペストリーを指差した。
「タペストリーの刺繍でも見て、じっくり考えたら? 明日の夜まで待ってやるからさ」
――まじか。タイムリミットつき……。いや、考えようによっては待ってくれるのは優しさか?
「分かったよ」
俺は立ち上がると、壁まで行き、タペストリーを眺め始めた。
――何この刺繍……。国宝級……。俺、あんな刺繍のハンカチを用意してなんか恥ずかしくなってきた。……もっと刺繍を練習するべきだったか?
そんなことを考えながら、メリットについても考えてみる。だが、さっぱりアイディアが浮かばない。
――ファイアのメリットって、なんだ?
ちらりとファイアに視線を移す。
彼はどこから取り出したのか、きのこをまるかじりしていた。
俺のことなんて忘れたかのように、むしゃむしゃと美味しそうに頬張っている。
――マジかよ。余裕ありすぎ。俺とファイアの格差ありすぎ。
ため息をついたときだった。
ふと、箪笥の隣の飾り棚に目がいった。
そこには、木彫りの置物や宝石が並べられていた。
だが、その中に一つだけ、くすんだ赤色の香炉があった。
――? ぼろいのに、これだけなんか、異様に存在感があるな。
「なあ、この香炉はなんだ?」
俺が聞くと、ファイアはきのこを頬張るのを止めて口を開いた。
「それ、返魂香だよ」
「返魂香……?」
「知らないの? 返魂香って、死者が煙の中に現れる香だよ」
――なんだそれは!?
「その香炉で香りを焚けば、死者と会話できるんだよ。使ってみたい?」
「使いたい! 両親と会話させてくれないか?」
俺はつい大声を出してしまった。
「ああ。コランの両親は茶に毒を仕込まれて殺されちゃったんだっけ? でもごめん。その返魂香って、親族とは話せないんだよ」
――そんな……。だめなのか……。
「誰か他に、話したい死者とかいないの?」
俺はしばらく考え込むと、口を開いた。
「いる。サエだ」




