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ep.12 ドラゴンへの贈り物

「一つ目は、刺繍したハンカチ」


「……は?」


 サイエンは立ち止まると、ぎょっとした顔で振り返った。


「なんでそんなダサいものを持ってきたわけ?」


 言い方にかちんときたが、俺は笑顔で答えた。


「ヴァイオレットの話を詳しく調べて、思ったんだ。ドラゴンはガッツが好きなのかな? ……って。


ヴァイオレットはドラゴンのために、二日徹夜して書を書き続けたらしいし」


「……それで?」


「だから、俺は何日も部屋に籠もって、刺繍をした。刺繍なんて初めてで、指に針がささりまくったよ」


 サイエンは俺の両手をじっと見つめた。


 手には、ところどころ指し傷があった。


「ふうん……コランのハンカチ、見せてよ」


 サイエンは興味深そうに目を細めた。


 俺はランプを地面に置くと、リュックのポケットからハンカチを取り出した。


「はい。これだよ」


 サイエンは受け取ると、まじまじと刺繍を眺めた。


 ハンカチには、桜と桜の花びらが全体に刺繍されていた。


「初めてにしては上出来だが……。下手くそだな」


 サイエンが吹き出したので、俺はむっとしてしまった。


「もう一つの贈り物は凄いよ! 龍の舞だ!」


「龍の舞? 何それ?」


「王族男子だけが舞うことができる舞だよ。私は特別な事情があって、舞うことができるんだ」


「まじ!? コランって舞えるの!?」


――いや、驚くとこ、そこ!? 王族男子の舞って点じゃなくて!?


「見てみたーい! てか、真っ暗だけど舞えんの?」


「やるしかない。広くて安全な場所で舞うしかないな」


「じゃあさ、俺が洞窟の中のひらけた場所に案内してあげる! 先に、舞を見せてよ! そしたら、君をドラゴンたちに紹介してあげるから!」


「もちろんいいよ。さあ、行こう」

 

◇◇◇ 

 サイエンに手を引かれ、俺は15分ほど歩いた。


 すると、サイエンの言った通り、天井が高くてひらけた場所に出た。風の吹き抜け方が今までと違うのだ。


「さあ! 舞ってよ!」


――そんなに舞が見たいのか?


「分かったよ。ちょっと待ってくれ」


 俺はリュックを下ろし、足元にランプを置いた。


 そして、リュックの底から薄くて長い羽衣を取り出した。


 俺は自分の服を見下ろした。


 剣舞を披露したときのズボンで来ているので、側転だろうとなんだろうとできる。


――よし! やるか!


 羽衣を身にまとうと、肘を曲げ、構えの姿勢をとる。


 演目は、羽衣水鳥。水辺を飛び交い、水をかけ合う鳥を表現するものだ。


 音楽もなく、風の音が響く暗闇の中、俺は舞い始めた。


 まずは手首と肘の回転を生かして、羽衣を腕と手に巻きつけ、外す。それを何度も繰り返す。


 さらに、腕から垂れ下がった布を一気に空中に振り上げ、細かく揺らす。


 布はわずかに音を立てて広がる。腕と布を一体にして、羽を表現する。


 ランプの光が、わずかに羽衣をきらめかせる。


 それが終わると、その場で足をつきながら、左足を軸にしてバレリーナのように10回転。軸をぶらさずに、羽衣をはためかせながら舞うのポイントだ。


 それが終わると、その場で3連続の側転。


 立ち上がった瞬間、すぐにスケーターのように空中で2回転する。こちらも、できるだけ体を真っ直ぐにして回転する。


 着地するときは、水面に降り立つ鳥を意識して、左足でなるべくそっと着地する。


 そして、すぐに次の動きに移る。両足で特有のステップを踏み、水を蹴り上げる仕草を三十回以上行う。 

 

 その間も、手首を傾げたりして、羽衣を揺らし、繊細な羽の動きを表現する。


 次に、その場で力強く踏み込み、両足を軽く曲げて足をしっかり地面につきながら、空中を空手のように10回突く。


 最後に、高く跳び上がり、空中を蹴り上げる。


 今度は水飛沫をあげるイメージで荒々しく着地すると、羽衣を掴んで両手をクロスさせた。


 羽衣水鳥を舞い終わり、俺は荒く息をついた。


「……すごいよ!」  


 暗闇の中で、サイエンのため息が聞こえた。


 ランプが足元にあるせいで、サイエンの下半身しか見えない。彼の顔は見えない。


――パチパチ。


 サイエンは拍手を送った。拍手の音が洞窟に鈍く反響する。


「何この難易度! 超人じゃないと踊れないよ! 女の子の体だし、大変でしょ?」


「ああ……。この演目、羽衣水鳥は龍の舞最難関なんだ……。なんていったって、目も回るからな。一応、回さないように訓練してるけど。てか、ちょっと水を飲ませてくれ」


 言うなり、俺はしゃがみ込んで、リュックから水筒を取り出した。


 そのままごくごくと口をつける。


「ぷはぁ! 生き返るわー!」


 水筒をしまい、リュックを背負う。ランプを持って立ち上がると、サイエンの顔がようやく見えた。


 サイエンは瞳を輝かせていた。


「コラン! どれくらい練習したの?」


「10年。でも、ここ数日は刺繍と並行して猛特訓してたよ」


「そっかぁ! やるね!」


 サイエンはにっこりと笑った。そのときだった。


「人間、随分熱意があるな……!」


 背後から、くぐもった声が聞こえてきて、俺は振り返った。


 ランプの光に照らされ、水色の鱗が見えた。


――まさか、ドラゴン!?


 直後、狼のような遠吠えが聞こえた。その瞬間、暗かった洞窟に青白い光が宿った。


 光は蛍のように飛び交い、視界を鈍く照らした。


 視界が一気に明るくなり、俺は固まった。


 目の前には、体長5メートルくらいの水色のドラゴンがいたのだ。


 固まったままの俺を、ドラゴンはすっと見下ろした。


「どうした人間? 挨拶の一つもしないのか?」


 俺ははっとした。そして、即座にその場に跪くと、頭を垂れた。


「コランと申します。お会いできて光栄です」


「……この人間はなんだ?」


 ドラゴンは俺ではなく、サイエンに聞いた。


 サイエンは笑顔で答えた。


「なんかね、ドラゴンと契約したくて1人で来たみたいだよ」


「俺たちと契約!? アハハハッ」


 ドラゴンは豪快な笑い声を上げた。笑い声が、洞窟に反響した。


「それは無理だな。人間、この先には進まないで、帰りなさい」


――そんな!


「あの……どうしたら契約できますか!?」


 俺は立ち上がると、前のめりになって聞いた。すると、ドラゴンは可笑しそうに笑った。


「俺たちはもう契約できないんだよ」


「……え?」


「詳しくは、そこの男に聞いたらどうだ? 他人のお気に入りを奪う趣味は俺たちにはないからな」


「……は?」


 俺はサイエンを見た。


 サイエンは微笑んでいた。


 だが、その赤い目が、深い。俺だけを、じっと見つめている。


「サイエン……?」


 俺が名前を呼ぶと、ドラゴンが吹き出した。


「またその名前を使ったのか? フェルのとき以来じゃないか? 本名を名乗れ。本名を」


――フェル? ってまさか、青の国の初代国王!? 伝説の契約者!?


 サイエンはクスリと笑った。


「別にいいじゃん。シエンとサイエンが似てたんだよ。……凄い可愛い女の子がいたから、声かけちゃった。ほら、俺は面食いだし?」


「やれやれ。そのノリは健在なのか。フェルのときもそうだったな。あいつは男だが」


「美に性別は関係ないよ。……努力の美しさにもね! 下手くそなハンカチが俺には金貨一枚に見えたね! アハハハ!」


――どういうことだ……。


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