ep.11 ドラゴン窟で出会った謎の青年
玉座不要登場人物・用語解説
・コラン=パープル→主人公。呪術で体を入れ替えられ、現在はシエン王女になっている。
・シエン=パープル→コランの妹。呪術でコランと自分を入れ替えた。現在はコラン(の体)になり、紫の国の国王になっている。
・宰相、リドル=ユゴー侯爵→名門ユゴー侯爵家当主。コランの忠臣で、入れ替わりの事情を知っている。
・ユラカ=デド公爵→呪術による体の入れ替えに協力した。シエンの協力者。シエンに特別な感情があるようで……?
・デド公爵家→代々、王族の敵対勢力に呪詛をかけ、彼らを排除することで国の安寧を守ってきたのだ。
デド一族は、"紫の国王に逆らうと心臓が止まる呪い"が血に刻まれてる
・サエ→急死したシエンの舞の師匠。舞乱一族本家当主の長女。デド公爵に殺された。
舞乱一族→舞を極める一族&青の国の伯爵家。彼らは各地を公演のために回る。舞乱一族の本家当主と分家当主の男性たちは、代々各国の王族男子に龍の舞を教えている。
・レイティラ公爵夫人→紫の国の社交界のレディたちの頂点に立つ存在。妹を後宮に入れる気満々。シエン王女を利用するつもり。
・フルボン=ターコイズ→レッドムーン商会の代表。赤紫の月影のメンバー。
・赤紫の月影→コラン直属の秘密組織。商会部門、商品開発部門、農業部門、医療部門がある。(シエンも存在を知らない)
赤紫の月影の代表→ヒイロ=ニーギョ。以前の代表はカイロ=ニーギョ。ヒイロもカイロも本当は存在しない架空の人物名。実際のトップはコラン。
・アリス→リドルが用意した侍女
・朝顔の妃→(ルファナ=カレン)コランが王太子時代に最も寵愛していた妃。リドル宰相の姪。現在は失寵中。
・牡丹の妃→(リシェイ=デド)現在、紫の国王の寵姫。デド公爵の妹。
俺の5歩後ろには、黒髪に赤目の背の高い男が立っていた。
俺は思わず、呼吸を忘れそうになった。それほどに男が美しかったからだ。
だが、身なりは質素だ。つぎはぎだらけの麻の服を着ている。
「君は……誰だ?」
俺が恐る恐る尋ねると、男は鼻で笑った。
「まずは自分から名乗るのがマナーじゃない?」
――それもそうだな……。
こんなときなのに、妙に納得してしまった。
俺は正直に名乗ることにした。
「私の名前はシエンよ。あなたは?」
男は少しだけ口角を上げた。
「へえ。俺の名前はサイエンだよ。似てるね、俺たちの名前」
「そうね。ところで……サイエンはここで何をしているの?」
俺は警戒の眼差しをサイエンに向けた。
――なんでドラゴン窟の前に、人がいるんだ!?
ここは普段、誰もよりつかない場所だ。
「それに……あなた……いつからこの洞窟の付近にいたの?」
――背後に来るまで、足音も気配もしなかった……! こいつ、何者だ!?
俺は思わず、一歩後ろに下がった。すると、男はあっけらかんと笑った。
「さっき、そこの木の下で日向ぼっこをしてたんだ。ほら」
サイエンは近くの木を指差したが、俺はまったく笑えなかった。
「日向ぼっこだと……?」
「うん。俺、住むとこがなくて、ドラゴン窟に住んでるんだよね。風呂は近くの泉で済ませてるし、食料は山の木の実とかきのこ。
でも、暗い洞窟は嫌だからさ。毎日日向ぼっこをしてるんだ」
「……は?」
思考が停止した俺を、サイエンは面白そうに見つめた。
「立ち話もなんだし、そこのでかい石に座って話さない? 平らだし、石だけど座り心地は抜群だよ」
「ちょっと理解できてないんだが……。ひとまず一から教えてくれ」
◇◇◇
俺とサイエンは並んで石に腰掛けた。
石はひんやりと冷たい。普段使っているふかふかのソファとはえらい違いだ。
「どっから話そうかなぁ。俺はね、紫の国の貧民街に生まれたんだ」
サイエンは遠い目をした。
「そうなのか?」
「うん。それで、俺は10歳のときに親に売られたんだ。
綺麗な顔をしてたから、売られた先はカラブル温泉街にある男娼館。
知ってる? 温泉街の周りは娼婦が多いんだよ? 男娼までいる。体を弄ばれて、尊厳のない地獄の日々だったよ」
サイエンは自虐的に笑ったが、俺は目をむいた。
「子どもなのに、そんなとこに売られたのか!?」
「ああ。紫の国は貧富の差が激しいからね。金がないと学校にも行けない。貧民は永遠に貧民さ」
「そんな……辛かっただろう」
「君みたいに裕福そうな人には、俺の辛さは分からないよ」
サイエンは馬鹿にしたように笑った。だが、その笑みに、むしろ俺の心は痛くなった。
「紫の国には……そんな子どもがいるのか……」
「そう。それで、俺は15歳のときに男娼館を逃げ出した。
でも、怖い追っ手に追われた。追っ手は何がなんでも商品を連れ戻す。
命からがら逃げ込んだ先は、このドラゴン窟さ。一か八か、賭けに出たんだ。流石にドラゴン窟まで来ないだろうってね」
「それで……?」
「洞窟の奥まで手探りで行くと、光のドラゴンがいた。突然現れた俺に驚いて、ドラゴンは俺に事情を聞いてきた」
「ドラゴンが事情を聞くのか!?」
「うん。ドラゴンは俺を憐れんで、ドラゴン窟に住まわせてくれた。以来、俺はここに住んでるんだよね」
――なんて過酷な人生なんだ……。
「光のドラゴンだけじゃない。ドラゴン窟には何体かドラゴンが住んでるんだ。ここには20体のドラゴンがいるよ」
「20体!?」
「うん。皆が俺を憐れんで、住まわせてくれた。皆、俺には話かけないで、基本はそっとしてくれるよ」
「そうなのか……ドラゴンって、優しいのか?」
「そりゃそうだよ。人間なんかより、ずっといい奴らだよ」
サイエンは明るく笑った。だが、その目が急に鋭い光を帯びた。
「でもね……。ドラゴンそれぞれに、好みがあるらしいよ?」
「好み?」
「うん。例えば、光のドラゴンは嘘つきが嫌い。草のドラゴンは打算的な奴が嫌いなんだって。水のドラゴンが俺にこっそり教えてくれたんだ。嫌われると殺されるから気をつけろってね」
――まじかよ。やっぱりドラゴン怖……。いや、待て!
俺ははっとした。
――サイエンに上手く協力してもらえたら、ドラゴンと話せるんじゃないか? もしかしたら契約もできるかも……。
「で、お姉さんは何をしてるわけ? ドラゴン窟に何の用?」
――ここは、正直に言った方が良いかも。
「実は……。ドラゴンと契約したいの」
「ドラゴンと契約!? 無理でしょ! なんで?」
サイエンはぎょっとした。だが、俺は真っ直ぐにサイエンの目を見つめた。
「複雑な事情があるのよ」
「ふうん……。なら、ひとまずドラゴン窟の中では、嘘はつかない方がいいよ。光のドラゴンに殺されるよ?」
「分かった……」
頷きかけて、俺ははっとした。
――ちょっと待て! 俺がシエンって名乗るのは、嘘に当たるのか……?
「シエン? 暗い顔してどうしたの……?」
「実は、今の私はシエンだが……。本当は違う。私の名前はコランなんだ。この場合はどうしたらいいんだ?」
「は? 何それ?」
サイエンは不思議そうな顔をしたが、にっこりと笑った。
「よく分かんないけど、ひとまずはコランでいいんじゃない? だって、あなたはコランなんでしょ?」
「ああ。そうだよ」
俺は両手を握りしめた。
このときは気づかなかった。サイエンの瞳が妖しく光ったことに。
「よかったら、俺がドラゴン窟を案内してあげるよ」
「本当に!? いいの!?」
「うん。契約とかはよく分かんないけど……。ひとまず、ドラゴンたちに挨拶したら?」
「……ドラゴンに挨拶ってどうやってやるの?」
「俺が紹介してあげる」
――まじかよ! 頼もしすぎる! サイエンと出会えたのは僥倖だな!
俺はサイエンの両手をがしっと握った。
「ありがとう! このお礼は必ずする! 何が欲しい?」
「うーん。お金かな。人の家に住みたいよ」
サイエンの悲しそうな目に、俺は胸が痛くなった。
「約束する! ドラゴンと契約できなくても、家を贈るよ! 君の仕事も探してあげる!」
「本当!? ありがとう! コラン!」
サイエンは花が咲いたように笑った。
◇◇◇
サイエンに右手を引かれ、左手にランプを持ち、俺たちは洞窟の中を歩き始めた。
洞窟の中は真っ暗だ。3歩先まで何も見えない。
気を紛らわせたくて、俺はサイエンに声をかけた。
「サイエン、君は今、いくつなんだ? 背も高いし、25歳くらいか?」
「残念! 外れ! 20歳だよ! コランは?」
俺とサイエンの声が暗い洞窟にこだまする。
ときおり、水滴が垂れるぴちょんぴちょんという音も聞こえる。
「私は18歳よ。11月1日が誕生日なの。今年で19歳よ」
「なんだ。俺と変わんないじゃん!」
サイエンは振り返らずにからからと笑ったが、俺はあることに気づき、急に背筋が寒くなった。
「ところで……サイエンはなんでランプもないのに進んでいける? 暗闇でも目が見えるのか?」
「うん! ここで暮らしてる内に、夜目がきくようになったんだ!」
――なんだ……。そうだったのか。
「ところで、コランの背中のリュックには何が入ってるの? 随分大きいんだね」
「携帯用の非常食が沢山入ってる。あとは怪我したときの手当ての品とかマッチとか」
「ふうん……。せっかくドラゴンと契約するならさ、贈り物とかはないわけ? ドラゴンって贈り物が好きらしいよ?」
「……そうなのか? ならよかった! 贈り物を持ってきたんだ! 伝説の契約者の1人、ヴァイオレットは自作の書を贈ったらしいからな!」
「へえ。コランの贈り物は何?」




