ep.10 ドラゴンと契約したい!
◇◇◇
「何? シエンが温泉街に湯治に行きたいって?」
「はい、陛下。シエン様はここ数日部屋に引きこもっています。気分が鬱々とするとか……」
「ふうん。それで?」
――鬱々してんのか? 本当に?
「婚約者の私としては、シエン様に元気になって頂きたいのです。
旅費は全てユゴー侯爵家で負担いたします。護衛と医官もこちらで手配しますので、どうか湯治の許可をくださいませ」
――湯治か。別に、断る理由はないな……。
私は頷くと、宰相に命じた。
「分かった。湯治に行かせろ。20日もあれば十分じゃないか? 出発は三日後でいいだろ? 4月10日〜4月30日まで、楽しんできたらいい」
「ありがとうございます! すぐに準備させて頂きます!」
「宰相も何日か滞在したらどうだ? 婚姻前だから宿の部屋は別々にしてもらうけどな。 休暇をやろうか?」
宰相はやんわりと微笑んだ。
「いえ。宰相の私が政務を抜けるわけには参りません。赤の国も大変な時期ですし」
「そうか」
――ちっ。穴を開けてくれれば、後でつつけるのに……。宰相が休めば数日間、私の味方を宰相代理にできるのに……。リドルはくそ真面目で隙がないな。
「それで、紫の国は温泉街がいくつかあるが……。どこに行かせるんだ?」
「北部のカラブル温泉街にしようと思っています。美肌に良いと有名ですし」
――美肌? コランが? コランが美肌なんて求めるわけない……。まさか、何か裏があるのか?
「……シエンは肌に悩みでもあるのか?」
「シエン様は玉のような肌をお持ちですがね。女性なら誰でも美肌にこだわるでしょう?」
「……それもそうだな」
――くっ! 探ろうにもこれじゃ探れん!
「分かった。北部のカラブルに行ってこい」
そのとき、私はふと気づいた。
――そういえば、カラブルの近くにはドラゴン窟があるな……。まさか、何か関係あるのか? いや、ドラゴン窟なんて危険だし、行くわけもない。
考えすぎだろう。後でデド公爵と念のため情報共有しておこう。
このときの私は、これから起こることを予想できるはずもなかった。
◇◇◇
「うわ! この旅館の料理はすっごく美味しいですね!」
「王女様にそう言って頂けるなんて、光栄でございます。近くの農園の早朝の採れたて野菜を使っております」
旅館の女将は恭しく頭を垂れた。
4月10日。カラブルの温泉旅館を訪れた俺は、旅館の女将や従業員から大歓迎を受けていた。
今は、ごちそうを食べているまっ最中だ。
「この山菜の漬物は美味すぎる! アリス! 一口食べてみないか?」
俺は側に立つ侍女のアリスを見上げた。
アリスはリドルが用意してくれた侍女だ。リドルが用意してくれた人材たちは、全員が入れ替わりの事情を知る口の固い者たちだ。
アリスの歳は22歳。黒髪に琥珀色の目をした童顔の女性だ。だが、仕事はおそろしくできる。
俺は献身的で真面目な彼女を気に入っていた。
食事を分けるのは日々の慰労だ。
「そんな……。王女様の食事を頂くなど、畏れ多いことです!」
アリスは控えめに面を伏せたが、俺は笑い飛ばした。
「大丈夫だって! ここは王城じゃないから。旅館の美食をつまむだけだよ。あっ、女将! アリスはりんごジュースが好きなんだ。ジュースも持ってきてくれない?」
「かしこまりました」
女将が退出すると、俺はアリスに椅子に座るように促した。
「さあ。座りなさい。日々よく仕えてくれてるお礼だよ」
「ありがとうございます……。光栄です」
アリスは両目を潤ませた。
他の侍女たちは羨ましげな視線をアリスに送った。
――これで、他の侍女たちは俺にもっとまめまめしく仕えてくれるな。
功労者を労うことは大切だ。上手く労えば、それを見た他の側仕えの忠誠も増すからだ。
◇◇◇
「シエン王女様。今日は桜の湯殿に入りましたからね。明日は春草の湯殿に行ってみましょうか?」
寝台に横になると、アリスが俺に聞いてきた。
だが、明日の計画を練っていた俺は口角を上げた。
「明日はな、ドラゴン窟に行くよ」
「ええ!? ドラゴン窟に……!? なぜ、そんな危険なところへ!?」
アリスはさっと青ざめた。
「もちろん、俺とドラゴンが契約するためさ」
「……は?」
「ドラゴンと契約した、3人の伝説人の話は知ってるだろ?」
「ええ。1人は青の国の初代国王、フェル=ユース。2人目は黒の国の騎士、ライチ=テライラ。3人目は赤の国の文官で女伯爵だった、ヴァイオレット=ガーネットですわ」
フェルは火のドラゴンの力を借りて建国した。
ライチは大陸戦争の際、氷のドラゴンと契約して国を守り抜いた。
ヴァイオレットは干ばつの際、水のドラゴンと契約して雨を降らせた。
3人は、歴史に実在する伝説の人物だ。
「そうだ。ドラゴンは一国の軍隊くらい余裕で焼き払える。ドラゴンと契約すれば、俺は個人で軍事力最強になれるわけ」
「そんな!? ドラゴンと契約なさるおつもりですか! 契約方法はその3人以外、誰も知らないんですよ!」
「俺も分からん」
「はあ!?」
アリスが目を剥いたので、俺はクスリと笑ってしまった。
「ひとまず、当たって砕けろだ。明日、ドラゴン窟に行く。ドラゴンは危険だが、理由もなく襲ってきたり殺したりはしてこない。だから、大丈夫だよ」
「そんな! 危険すぎます! せめて護衛騎士を同伴させてください!」
「だめだ。3人は1人でドラゴン窟に乗り込んだらしい。だから、俺も1人で乗り込んでくる!」
笑顔から一転、俺は厳しい声で告げた。
「そんな……あなた様の身に何かあれば、私は宰相に顔向けできません!」
「リドルは承諾済みだ。俺は呪詛で自分の体も身分も失った。これ以上失うものなんてないよ!」
言葉を失ったアリスに、俺は冷ややかな眼差しを向けた。
「俺が帰ってくるまで、旅館で待機しろ。ドラゴンは臆病な人間が嫌いらしい。伝説の3人は、1人で乗り込む大胆さを評価されたんじゃないか?
いいか? これは王族の命令だ。俺を1人で行かせろ。30日になっても帰らなかったら、リドルに報告するんだ。いいな?」
アリスは青い顔で頷いた。
◇◇◇
「ここがドラゴン窟か……」
俺は、手にランプを持ち、大きな洞窟の入り口に立っていた。
カラブルの温泉街を抜け、三十分ほど歩いた先にある山の中腹に、ドラゴン窟はある。
ドラゴン窟は各国にいくつかあるが、青の国の初代国王のフェル=ユースは、このカラブルのドラゴン窟で火のドラゴンに出会ったらしい。
「よし、行くか……」
――流石にちょっと怖いな……。
自分でも、足が震えるのが分かった。
洞窟の中は真っ暗で、ごうごうと風の音がする。
――だが、行くしかない!
俺は一歩を踏み出した。そのときだ。
「お姉さん、こんなとこで何してんの?」
背後から、男の声が聞こえた。
俺はぎょっとして振り返った。
――誰だ!?




