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第11話 物忘れをする母の記録

第11話 物忘れをする母の記録


 翌朝、由紀子はいつもより少し早く起きた。北側の部屋には朝日が入らず、窓の結露が細い筋になって畳へ垂れている。物干し紐には昨夜洗った水色のエプロンと灰色の靴下が下がり、湿った洗剤のにおいが残っていた。


 由紀子は布団を畳み、夫の遺影の前へ座った。財布から正一のメモを出し、『自分で決められるうちは、自分で決めなさい』という文字を指でなぞる。今日からは、物忘れを直そうとするのではなく、忘れたふりをして二人の言葉を集めることに決めていた。


「お父さん、もう少しだけ、ここにいます」


 由紀子は声を低くし、遺影へ頭を下げた。本当は一日でも早く家を出たかったが、宮原弁護士から、危険を感じたら証拠より安全を優先するよう言われている。小型の録音機は、老人ホームで一緒に働く森田に操作を教わり、水色のエプロンのポケットへ入れていた。


 台所へ行くと、真由美が朝食を作っていた。直樹の皿には焼いたベーコンと目玉焼き、由紀子の皿には何も塗っていない食パンが一枚置かれている。フライパンから立つ脂のにおいに混じって、真由美がつけた薔薇の香油が漂っていた。


「真由美さん、私の年金は、いつ入るのだったかしら」


 由紀子は椅子へ座り、首を少し傾けた。昨日も同じことを聞いたような顔を作り、食卓に置かれた新聞の端を指で折る。真由美は冷蔵庫からカルピスソーダを取り出しながら、面倒そうに息を吐いた。


「十五日ですよ。前にも何度もお話ししたでしょう」


「そうだったわね。いくら入るのだったかしら」


「遺族年金と老齢年金を合わせて、ひと月十三万円くらいです。お母さんが覚えていなくても、私が管理していますから大丈夫ですよ」


「それに、私のお給料もあるのよね」


「ええ。そちらも生活費として受け取っています」


 真由美は何のためらいもなく答えた。録音機の赤いランプはポケットの布で隠れ、食卓からは見えない。由紀子は聞き返さず、食パンの焦げた耳をゆっくり噛んだ。


「今日は冷蔵庫のお肉を食べてもいいかしら」


「だめですよ。あれは直樹さんと私の夕食です」


「では、私の食費はどこから出ているの?」


「お母さんの年金からです。家に住んでいるんですから、当然でしょう」


「私のお金で買った食べ物を、私は食べられないのね」


 真由美の手が止まった。由紀子はぼんやり笑い、また間違えたかしらと付け加えた。すると真由美は警戒を解き、年金は家族全員の生活費として使うものだと説明した。


「お母さんは細かいことを考えなくていいんです。物忘れが増えている人に家計を任せたら、私たちまで困りますから」


「そうね。私はすぐ忘れてしまうものね」


 由紀子は紅茶で糖尿病の薬を飲んだ。以前なら、物忘れを指摘されるたびに胸の奥へ小さな石を入れられたように口を閉じていた。今は、真由美が何を言ったのか、一つずつ頭の中へ並べていた。


 仕事から帰ると、北側の部屋の机にカルピスソーダが一本置かれていた。缶の表面には水滴が浮かび、下に敷かれた紙ナプキンまで濡れている。押し入れには、まだ二箱近い在庫が残っていた。


「お母さん、今日の分を忘れないでくださいね」


 真由美が扉の外から声をかけた。由紀子は礼を言い、缶を胸元へ抱えた。菩薩のような笑顔を見せると、真由美も満足そうに目尻を下げた。


「私、昨日も飲んだかしら」


「飲みましたよ。毎日一本、きちんと飲んでいます」


「糖尿病でも、大丈夫なのね?」


「何度も説明したでしょう。仕事で動いているんだから、糖分も必要なんです」


「先生には止められた気がするのだけれど」


「お医者さんは大げさなんですよ。薬を飲んでいるんですから、一本くらい平気です」


 由紀子は録音機の入ったポケットへ手を触れないよう、両手で缶を持った。真由美は机の下とごみ箱を見てから、部屋を出ていった。扉が閉まると、由紀子はしばらく足音を聞き、真由美が二階へ上がったことを確かめた。


 洗面所へ行き、缶を静かに開けた。甘い香りのする炭酸が飲み口まで上がり、白い泡を作る。由紀子は中身を洗面器へ少しずつ流した。


 全部を一度に流すと排水口から甘い匂いが上がりそうだったため、水を出しながら三度に分けて捨てた。泡が消えるまで洗面器をすすぎ、蛇口の周りについた水滴も布で拭く。空になった缶だけを台所のごみ箱の奥へ入れた。


 その夜、由紀子は扉を細く開け、廊下へ録音機を向けた。真由美は台所のごみ箱から食品トレーやティッシュを取り出し、底にあった缶を見つけた。缶を振って中身がないことを確かめると、口元を緩めた。


「今日も飲んだわ。これで二十一本目ね」


「本当に、そんなものを毎日飲ませて大丈夫なのか?」


 直樹の声が階段の近くから聞こえた。冷蔵庫を開ける音がして、缶ビール同士が触れ合う。真由美はごみを戻しながら、糖尿病の数字はすでに悪くなっていると答えた。


「だったら、やめさせたほうがいいだろ。倒れられたら面倒だぞ」


「病気が悪くなれば、一人暮らしは無理だと証明できるでしょう。仕事も辞めさせて、施設へ入れればいいのよ」


「施設は金がかかるじゃないか」


「由紀子さんのお金で払います。家も売れば、当分は困らないでしょう」


 由紀子は扉の縁を握った。廊下の床は裸足の足へ冷たく、指先から身体の中へ冷気が上がってくる。録音機が衣服に擦れないよう、呼吸を浅くして立ち続けた。


「家を売るって、母さんが同意するか?」


「介護に必要な書類だと言えば署名しますよ。定期預金のときだって、何も読まずに書いたでしょう」


「でも、あの金はもうほとんど使ったぞ」


「車と住宅ローンは必要経費だと言えばいいんです。旅行だって、私たちの介護疲れを取るためだったでしょう」


 真由美は笑った。由紀子の頭には、新しい車の革のにおいと、食卓に置かれていた温泉旅館のパンフレットが浮かんだ。自分が冷たい豆腐を食べていた夜、二人は自分の金で宿の料理を食べていたのだ。


 別の日、由紀子は直樹が一人で夕食を取っている時間を選んだ。食卓にはサバの塩焼きとワカメの味噌汁が並び、直樹は大根おろしへ醤油をかけすぎていた。由紀子は録音機を灰色のカーディガンへ入れ、向かいの椅子へ座った。


「ねえ、直樹。お父さんの退職金は、いくら残っていたかしら」


「また金の話かよ。母さんは忘れたなら、知らなくていいだろ」


「真由美さんが、介護費に取っておいてくれると言っていたの。施設へ入れるくらい残っているのよね?」


「必要なところには、もう使っている」


「新しい車にも使ったの?」


 直樹は箸を止めた。サバの皮から脂が光り、味噌汁の表面には冷めた膜ができ始めている。由紀子は同じ質問をもう一度繰り返し、答えを急かさずに待った。


「半分くらい出してもらっただけだ。母さんを病院へ連れていくにも、車が必要だろ」


「病院へは、自分で電車とバスに乗っているわ」


「これから必要になるかもしれないだろ。それに、住宅ローンだって残っているんだ。母さんが住むなら、負担するのは当然じゃないか」


「毎月、私の年金と給料から払っているの?」


「家族なんだから、誰の金でも同じだろ」


「でも、通帳の名前は私でしょう」


 由紀子が言うと、直樹は箸を置いた。面倒な母親を諭すように、息を長く吐く。由紀子は首を傾け、同じことが分からないふりをした。


「母さんの金は、いずれ俺が相続するんだ。先に使っただけだろ」


「いつ相続するの?」


「母さんが死んだあとだよ。そんなことも分からないのか」


「では、私はまだ生きているから、私のお金ね」


「言葉尻ばかりつかむなよ。真由美がどれだけ母さんの面倒を見ていると思っているんだ」


 直樹は食卓を拳で軽くたたいた。味噌汁が揺れ、椀の縁から一滴こぼれた。由紀子は布巾を取りに立たず、その一滴が木目へ広がるのを見ていた。


「真由美さんは、私に何をしてくれているの?」


「通帳の管理、食事、部屋の用意、仕事探しだ。全部、母さんのためだろ」


「食事がない日もあるわ。部屋は物置で、仕事の給料も私は受け取っていません」


「三千円もらっているだろ。年寄りが遊びに使うには十分だ」


「これがあなたのお小遣いなら、どう思う?」


「俺は働いている。母さんとは違う」


「私も働いています」


 由紀子は、直樹の顔から目をそらさなかった。水色のエプロンを毎晩手洗いし、腰へ湿布を貼り、穴の開いた靴下で床を拭いている。息子はそれを仕事とは数えず、母親の金だけを自分のものとして数えていた。


 録音を終えた夜、由紀子はカレンダーの裏へ会話の時刻を書いた。何月何日、午後七時四十分、台所。直樹が『母さんの金は、いずれ俺が相続する。先に使っただけ』と発言したところまで、一字ずつ記録した。


「これで足りるかしら」


 由紀子は夫の遺影へ尋ねた。正一なら、もう十分だから出ていけと言ったかもしれない。由紀子自身も、翌日からは録音を続けず、支援者と決めた脱出の日を待つことにした。


 宮原弁護士は、由紀子から録音機を受け取ると、その場で複製を作った。元のデータには手を加えず、日時と場所を整理し、文字に起こす。真由美が糖尿病の悪化を利用しようとした発言と、直樹が預金を使ったことを認める発言には、赤い印がつけられた。


「これで、二人を逮捕してもらえますか?」


「直ちに逮捕されると約束はできません。刑事と民事では判断も手続きも違いますし、家族間の財産問題には特別な規定もあります」


「では、録音しても無駄だったのでしょうか」


「無駄ではありません。二人が何を知り、どのような目的で行動していたのかを示す大切な記録です」


 宮原は銀行へ、定期預金の解約に使われた委任状と本人確認資料を保存するよう正式に求めた。銀行から受け取った写しには、由紀子の署名と印影がある。しかし真由美が窓口へ提出した書類には、介護施設への入居費に充てるという説明が書き加えられていた。


「私は、施設へ入るためのお金だとは聞いていません」


「その点も書面へ残しましょう。署名が本人のものでも、説明された内容が違えば、すべてを承諾したことにはなりません」


「直樹の車と住宅ローンへ使われたことも、分かるのですね?」


「銀行の振込記録から、少なくとも送金先と金額は確認できます。旅行会社とカード会社への支払いについても、今後、相手方へ説明を求めます」


 由紀子は、分からない言葉が出るたびに聞き返した。宮原は急かさず、返還請求、証拠保全、内容証明という言葉を、日常の言葉へ置き換えて説明する。由紀子は自分で納得した項目の横へ、一つずつ丸をつけた。


 同じころ、智子は遠藤や自治体の担当者と連携し、新しい住まいを探していた。希望は一階、段差が少ないこと、電磁調理器を置けること、午前中に日が入ることだった。訪問看護師の木下が週二回来られ、ヘルパーや宅配業者も出入りしやすい場所であることも条件に加えた。


「家賃は、パートを辞めても年金だけで払える金額にしましょう」


 智子は物件一覧を由紀子の前へ並べた。新しくきれいな部屋でも、駅から遠かったり、急な階段があったりすれば候補から外す。由紀子は誰かに用意された部屋へ黙って入るのではなく、一つずつ条件を確かめた。


「この部屋は線路に近いですね。夜も電車の音が聞こえますか?」


「終電までは聞こえると思います。一度、現地で確かめましょう」


「こちらは二階ですけれど、エレベーターはありますか?」


「ありません。腰のことを考えると、別の物件がよさそうです」


 三件目に見つかったのは、築三十年以上の小さなアパートだった。一階の角部屋で、玄関まで大きな段差がなく、廊下には前の住人が使っていた手すりが残っている。家賃は五万二千円で、由紀子の年金収入だけでも、食費と医療費を確保しながら支払える金額だった。


 内見の日、由紀子は若草色のカーディガンと紺色のズボンを着て出かけた。アパートの前には小さな花壇があり、白いノースポールと青いネモフィラが植えられている。土は少し乾いていたが、どの花も春の日差しへ顔を向けていた。


「古い建物ですが、水回りは昨年交換しています」


 不動産会社の女性が玄関を開けた。中には六畳一間の洋室と、二畳ほどの台所がある。床は新しく張り替えられ、木材と糊のにおいがわずかに残っていた。


 押し入れを開けると、中には何も入っていなかった。直樹の学生時代の箱も、古い扇風機も、カルピスソーダもない。由紀子は腕を伸ばし、自分の布団、三組の服、鍵付きの通帳箱をどこへ置くか確かめた。


「冷凍庫は置けますか?」


「この場所に、小さな冷凍冷蔵庫を置けます。コンセントもありますよ」


「糖尿病食の宅配を続けたいんです。五食分くらい入れば十分です」


 由紀子は台所へ立った。一口の電磁調理器を置く台があり、流しの上には小さな吊り戸棚がある。手を伸ばせば届く高さで、薬や調味料を分けて入れられそうだった。


 台所の窓は少し固かった。由紀子が両手で枠を押すと、音を立てて横へ動いた。春の風が入り、薄いカーテンを持ち上げた。


 向かいの空き地には、黄色いタンポポがいくつも咲いていた。近所の家からカレーを煮る匂いが漂い、自転車に乗った子どもの笑い声が聞こえる。線路も大きな道路も近くにはなく、風が止まると鳥の声まで聞き取れた。


「ここにします」


 由紀子は窓辺へ手を置いたまま答えた。智子はすぐに契約書を出さず、居間、台所、浴室、玄関をもう一度一緒に回った。本当にこの部屋でよいか、誰かに遠慮して決めていないかも確かめた。


「狭いですよ。前のお家より、ずっと物を置けません」


「必要なものは、そんなに多くありません。でも、誰かに捨てられるのではなく、何を持ってくるかは自分で決めたいです」


「日当たりは午前中だけです。それでも大丈夫ですか?」


「朝のお茶を飲む時間に日が入れば、十分です」


 由紀子は六畳の中央へ立ち、壁際の低い棚を指さした。そこへ正一の遺影を置き、その前に藍色の湯飲みを置く。窓辺には自分で選んだ花を一鉢だけ飾るつもりだった。


「ここなら、私の湯飲みを、私の好きな場所に置けます」


 智子はうなずき、契約に必要な費用と書類を一つずつ説明した。由紀子は家賃、管理費、更新料、解約時の条件まで自分で読んだ。文字が細かい部分は智子に読み上げてもらい、分からないところには付箋を貼った。


「今日は署名しなくてもいいですよ。一晩考えることもできます」


「考えました。ここに住みたいです」


「では、由紀子さんが納得したところへ、ご自分で署名してください」


 由紀子は名前を書き、銀行印を押した。介護の書類だと急かされ、内容も読まずに署名したときとは違う。朱肉の赤い丸が紙へつくまで、自分の手で印鑑をまっすぐ押さえた。


 年金とパート代の振込先は、由紀子だけが管理する新しい口座へ変更された。暗証番号は直樹の誕生日を使わず、正一との結婚記念日とも違う数字を選んだ。通帳は鍵付きの箱へ入れ、銀行印とは別の場所へ保管することにした。


「暗証番号を忘れたら、どうすればいいですか?」


「番号そのものではなく、ご自分だけが分かる手がかりを保管しましょう。それでも分からなくなったら、銀行で本人確認をして手続きできます」


「忘れることはあっても、真由美さんへ渡す必要はないのですね」


「ありません。必要なら、日常生活自立支援事業などを利用して、由紀子さんが確認しながら支払いを手伝ってもらえます」


 智子は、由紀子の代わりに通帳を持とうとはしなかった。忘れない方法を一緒に考え、本人が選べるようにした。由紀子は鍵付きの箱を押し入れの上段へ置き、鍵は椿模様の櫛を入れた布袋へしまうことに決めた。


 新しい暮らしには、月曜と木曜の週二回、訪問看護師の木下が来る。血糖値と血圧を測り、薬の飲み忘れや食事の状態を一緒に確かめる。火曜日にはヘルパーと買い物や掃除を行い、平日の夕食には一食四百円弱の糖尿病食を届けてもらう。


「こんなに人に来てもらっても、一人暮らしと言えるのかしら」


 由紀子が尋ねると、木下は曜日別の薬入れへ錠剤を分けながら顔を上げた。引っ越し前の部屋には段ボール箱が三つ並び、窓辺には智子が仮に置いた小さな時計がある。秒針の音はほとんど聞こえなかった。


「一人で暮らすことと、何もかも一人ですることは別ですよ。私だって仕事では同僚に助けてもらい、家では家族に瓶の蓋を開けてもらいます」


「瓶の蓋ですか?」


「ジャムの瓶だけは、どうしても固く閉めてしまうんです。翌朝、自分で開けられなくなります」


 木下が笑うと、由紀子も口元を緩めた。失敗や苦手なことを話しても、暮らす権利を取り上げられない会話だった。由紀子は薬入れの朝の欄へ赤い丸、夜の欄へ青い丸のシールを貼った。


 引っ越しの日、由紀子は正一の遺影を自分で抱えて部屋へ入った。新しく買った白い湯飲みと、正一が使っていた藍色の湯飲みを、窓辺の低い棚へ並べる。台所では、糖尿病食の赤魚の煮つけが電子レンジの中で回っていた。


 温め終わると、醤油と生姜の香りが部屋へ広がった。由紀子は小さな食卓へ弁当を置き、番茶を白い湯飲みへ注ぐ。藍色の湯飲みには何も入れなかったが、誰も無駄だと言わなかった。


 窓辺には、花屋で自分が選んだ青いロベリアを飾った。細かな花へ水をやると、鉢の土から湿った匂いが立つ。水の量が多すぎないか木下へ尋ねる必要はなく、自分で鉢底を見て蛇口を止めた。


「お父さん、私は物忘れをするわ」


 由紀子は番茶を飲み、夫の遺影へ話しかけた。薬を飲んだ時刻は表へ書き、予定は壁のカレンダーへ記入する。忘れたことがあれば、木下や遠藤や智子に確かめればよかった。


「だから、覚えてくれる人を、自分で選ぶことにしたの」


 宮原は金の記録を覚え、木下は薬と身体の状態を覚える。遠藤と智子は、由紀子がどこで暮らしたいと話したかを覚えていた。そして由紀子自身も、息子夫婦から言われたことだけでなく、自分で決めたことを新しい帳面へ残していた。


 由紀子は台所の窓を少し広く開けた。春の風が入り、薄いカーテンが誰の許可もなく揺れた。夫の藍色の湯飲みの隣では、青いロベリアが午前の日差しを受けていた。


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