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第96話:不可視の三連閃

カシウスの静かな踏み込みとともに、鋭い抜刀の音が一度だけ静寂を切り裂いた。



「――くっ!?」



直後、アリシアに向かって飛来したのは、一筋ではなく三つの独立した斬撃の刃だった。

左右と正面、逃げ場を完全に潰すように空気を切り裂いて迫る不可視の脅威。アリシアは咄嗟に身を捻り、ギリギリの紙一重でそれを回避する。頬と肩の衣服が浅く切り裂かれ、背後の巨大倉庫の壁に三本の深い亀裂が刻まれた。



「一回しか刀を振ってないのに……なんで三発も飛んでくるの!?」



着地したアリシアが額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。



「一度? ふふ……見えていなかったので? ワタシは一瞬の間に『三度』切りました」



カシウスは静かに刀を鞘へと納め、カチャリと冷たい金属音を鳴らした。



(見えなかった……手元が、完全に……!)



アリシアの胸に、かつてない戦慄が走る。

彼女の動体視力は異常だ。ピッチャーが投げるストレートですら、ボールの縫い目まで鮮明に捉えられるほどの超人的な目の良さを誇っている。

そのアリシアの目が、カシウスの腕の動きを『たった一度の振り』としか認識できなかった。それはつまり、カシウスの居合の速度が、アリシアの知覚限界を遥かに超えた次元に達していることを意味していた。



「シンプル故に強い、と言ったはずです。目にも留まらぬ速さで重ねた刃は、そのまま逃げ場なき死の網となる……」



カシウスが再び低く身を構える。その全身から放たれる圧倒的な剣気が、巨木の下の空間を重く支配していった。

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