第9話:順位と古き友
重力場が消え、静寂が戻ったティーサロン。アリシアは膝をつき、肩で激しく息を切らした。
「しっ……死ぬかとおもっだ……。胃の中がキャンプファイヤーみたいに熱いよ……」
「当然ですわ。あの量をあの速度で中和させるなんて、正気の沙汰ではありませんもの」
エリカが呆れ顔で背中をさすっていると、不意に背後から氷のような冷気を伴う足音が近づいてきた。
「エリカ……」
その声を聞いた瞬間、エリカの体がわずかに強張る。
「ちっ……」
「……この人は?」
アリシアが顔を上げると、そこには豪華な装飾の制服を完璧に着こなした、青い髪の少女が立っていた。
「第3位、生徒会長のレインですわ」
「へ? 3位? ……こういうのって生徒会長が1位なんじゃないの?」
アリシアの素朴な疑問に、レインは不敵な、それでいてどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「……『1位』は別格なのです。学園の象徴としての会長職など、あ瑣末な事務作業に過ぎませんから。それよりもアリシア……貴女、面白いものを見せてくれましたね」
「……へへへ……。まあ、生き残ったもん勝ちだし」
「一度、寮にお戻りなさいな。今日の貴女の胃壁は、もう限界のはずよ」
エリカに促され、アリシアはふらつく足取りで帰路に就いた。薪割りの筋肉をもってしても、重力と毒のフルコースは流石に応えたようだった。
アリシアの姿が見えなくなると、廊下の空気は一気に重く沈んだ。
「エリカ……」
「久しぶり……レイン」
エリカの口調から「ですわ」が剥がれ落ち、鋭い響きが混じる。
「私と共に戦っていた頃の貴方は輝いていた。学園の頂点を目指し、二人で『双璧』と呼ばれていたあの頃の貴方は」
「……もう違う。私の誇りを捨てて『初心者狩り』に成り下がった時に、あなたの知るエリカは死んだのよ」
レインが詰め寄る。その瞳には、裏切られた者特有の激情が宿っていた。
「なら、何故あの子なの! あの田舎娘に、何を見たというの!」
「……あの子に、昔の私を見た。そして、貴方を。……レイン、最近の『悪役令嬢』ブーム、反吐が出ると思わない? 実は優しいとか、実は良い人だったとか……そんな免罪符ばかりが持てはやされる」
エリカは折れた扇子を握りしめ、遠くを見つめた。
「あの子は違う。少しズレているけれど、ただ純粋に最大最強になると言った。あの目に嘘は見えない。本当の悪役は、誰に理解されずとも頂点に立つものよ」
「……もう、私の家には来てくれませんのね。あの頃のように、お茶を飲みながら戦略を練ることも……」
レインの寂しげな言葉に、エリカは背を向けたまま、不敵に口角を上げた。
「あんたがもう一度、あた…わたしと、本気で戦う気があるなら、考えてあげてもいいわよ」
エリカの背中は、もはや『ルーキーハンター』の卑屈なものではなかった。かつて、この学園を席巻した『狂犬』の輝きを、わずかに取り戻していた。




