第68話:血染めの約束と最上階の影
ココアの超硬質な魔力爪が、身動きの取れない萌の喉元を引き裂く――その刹那、肉を切る鈍い音と共に、強烈な火花が散った。
「……なっ!?」
ココアが目を見開く。振り下ろされた自らの爪が、萌の「素手」によって真正面から掴み止められていたのだ。サクラの重力に潰されながらも、萌は自らの掌をココアの刃でズタズタに切り裂き、その手を自身の真っ赤な血で汚しながら、狂気的な力で爪を握りしめていた。
「フヒッ……フヒヒ……! 痛い……痛いですぞ……! だが、拙者は……絶対に退かん……!」
メガネの奥の瞳に、これまでのオタクの妄想ではない、本物の『戦士』の光が宿る。
「この戦いは……拙者たちの我が儘ではない! すべては、我が蘭王学園生徒会長が望んだ物!!」
「……なに!」
サクラの目が鋭く細まり、咥えていた煙草の火が激しく明滅した。
「約束……したんでござるよ! 会長と! だから拙者は、命に代えても――お前たちを最上階へは行かせぬ!!!」
「まさか……ッ!?」
ココアが驚愕した瞬間、萌の全身から血の混じった魔力が爆発的に噴き出した。重力の檻を強引に跳ね除けるほどの執念。萌はその負傷した両腕で、掴んでいたココアの身体を力任せに前方へと振り払った。
「くあぁっ!?」
小柄なココアの身体が、宙を舞ってサクラの隣へと着地する。
血を流しながらも執念で立ち上がる萌を見据え、サクラはゆっくりと歩みを進めた。重力の圧力をさらに一段階高めながら、ドスの利いた声で告げる。
「……おもしろいさね。ただの学園対抗戦の裏に、随分とドス黒い動機が隠れてるみたいじゃないか。……そこまで言うなら、きみの口からじっくり話してもらうさね。――この戦いの、本当の意味を」
その頃。
激戦が繰り広げられる公会堂の喧騒から完全に隔離された、最上階の最深部。
重厚な意匠が施された巨大な両開きの扉が、静かに内側へと開かれた。
コツン、コツンと、冷徹な足音が静まり返った空間に響く。
「……ようやく、舞台が整いましたね」
蘭王学園生徒会長、レイン。
その背後に影のように従う副会長、カシウス。
二人は例示学園の追撃をあざ笑うかのように、静かに、しかし確実な足取りで、すべての陰謀が完結する約束の地――「最上階」へと、冷酷に足を踏み入れた。




