第65話:紫煙と二次元の天敵
「おやまぁ……随分と面倒なやつと戦ってるさね、ココア」
カオス極まる二次元空間の特等席に、場違いなほど気怠げな声が響いた。
制服のポケットに手を突っ込み、いつものように最新型電子タバコ『αC-38』を咥えたバレット組の級長――サクラが、悠然と歩きながら姿を現したのだ。
「遅かったでちゅわね、サクラさん!! アタチがこの眼鏡オタクを首チョンパする前に来るなんて、遅でちゅわ!」
ココアがアクリルスタンドの盾をガリガリと引っかきながら、八つ当たり気味に怒鳴る。
「悪かったさね。ネオ浜松行きの電車が予定より遅れてね……。それより――」
サクラがフゥーッと、わざとらしく萌の方向へ向かって紫色の濃厚な煙を吹き出した。
「ぎゃああああああーーーッ!? やめるでござる! やめるでござるよ!! タバコの煙は拙者の部屋……いや、この結界内における禁忌!! 大切なフィギュアや薄い本が黄色く、かつヤニ臭くなってしまうでござるーーーッ!!!」
萌はまるで硫酸でも浴びせられたかのように頭を抱え、大慌てで同人誌で煙を仰ぎ散らした。二次元の住人にとって、タバコのヤニによる『経年劣化』は死よりも恐ろしい絶対の天敵だった。
「ふぅ……。なるほど、作画崩壊したロボットに、フレームレートを無視したビームね。初見殺しというやつか……」
サクラは萌の狂乱を完全に無視し、冷徹な目で空間を観察していた。赤いネオンの光が煙の向こうで怪しく明滅する。
「ココア、そのアクリルスタンドの盾、無理に正面から割る必要はないさね。オタクの妄想は強力だけど、現実のヤニと時間経過には勝てやしない。――私がその『推し』ごと、煙で燻製にしてあげるさね」
「フシャアッ! さすがサクラさん、話が早いですわ! アタチがあの眼鏡を細切れにするから、煙幕で視界を奪うんでゅね!」
バレット組が誇る『最凶』と『最悪』のコンビネーションが、萌の二次元帝国を現実の暴力で侵食し始める!




