第6話:重圧と猛毒のティータイム
アリシアは、目の前にそびえ立つ5段のケーキスタンドを、獲物を狙う野獣の目で見据えた。マナーなど知るはずもない。彼女にとって食事とは『栄養摂取』であり、目の前の獲物は『敵』でしかなかった。
「とりあえず……一番上の美味しそうなやつから!」
アリシアは最上段に鎮座する真っ赤なラズベリータルトをひったくり、豪快に口へ放り込んだ。
「……おいし……ぐっ……!?」
咀嚼した瞬間、アリシアの喉に焼けつくような激痛が走る。視界がぐらりと揺れ、彼女の端正な唇の端から、一筋の鮮血が垂れ落ちた。
「ティータイムのケーキには順番がありましてよ……。下段のサンドイッチから順に、上へと昇っていくのが淑女の法」
セレナは優雅に自身のカップに紅茶を注ぎながら、冷酷に告げた。アリシアは混乱する意識の中で、喉の奥に広がる不自然な痺れを感じ取っていた。順番……まさか、ただの形式じゃないっていうの!?
「無知とは罪ですわね。そのタルトには致死量一歩手前の神経毒が仕込まれていますわ」
傍らで見ていたエリカが、顔を青くして叫ぶ。
「順番通りに食べないと、適切な抗体が生成されずに毒が全身に回る……! そして、それを阻止するためのマナー違反には、さらなる罰が!」
「その通り。一口目……重力発動!」
セレナがパチンと指を弾いた。
アリシアの周囲だけ、局所的な高重力フィールドが発生する。床の大理石がミシミシと悲鳴を上げ、アリシアの華奢な肩に数トンもの不可視の圧力がのしかかった。
「くっ……体が、重い……!」
「毒をトリガーにした重力魔法ですわ。このケーキ全てに強い毒がありますが、順序通りに食べ進めれば、成分が複雑に組み合わさり、毒をもって毒を制して中和される……それがこの淑女のたしなみのルール」
セレナは冷たい微笑を浮かべ、二段目のスコーンを指差した。
「それに加えて、一口食べれば無条件に重力場が増強される仕様。……さあ、毒で内臓を焼かれるのが先か、重力で骨を砕かれるのが先か。マナーの真髄、お見せなさいな」
アリシアの膝がガクガクと震える。だが、その瞳に宿る「最強」への執着は消えていなかった。重力? 毒? そんなもの、最強の悪役令嬢が屈する理由にはならない。
「……ハッ、面白いじゃない。要は全部食べきれば、私の勝ちでしょ?」
苦しげに笑うアリシアの横に、折れた扇子を構えたエリカがスッと並び立った。
「……セコンド立ちますわ。 私の『エネルギー付与』で、あなたの代謝を極限まで高めて毒の回りを遅らせてあげますわ!」
「助かるよ、エリカ。……さあ、二皿目、いただくわよ!」
地獄のティータイムは、まだ始まったばかりだった。




