第59話:失恋のカミソリ
「【千本桜】……!!」
公会堂の回廊を埋め尽くした、文字通り何千、何万という狂おしいピンク色の桜吹雪。空間そのものが甘い香りと、ドス黒い未練の魔力でピンク色に染まっていく。
「くっ……またボクたちを狂わせようってかい! 舐めるな、まとめて『ドレイン』ッ!!」
アリスは再び鋭い爪を突き出し、吸血鬼の力で押し寄せる桜の精神汚染を強引に吸い上げ、無効化しようと試みた。アリスの周囲で、洗脳の霧がパチパチと音を立てて消滅していく。
しかし――。
「ふふ、うふふふふ……。無駄などすえ、アリスちゃん。わたすの恋の痛みを、そんな風に吸い尽くせると思わんときや」
煙の向こうで、艶が血の涙を流すかのような歪んだ笑顔を浮かべた。
「もう……ただの精神汚染の花びらじゃないどすえ……!」
「……っ!? アリス、危ないですわ!」
エリカの叫びと同時に、アリスの頬を掠めた一枚の花びらが、パキィンと硬質な音を立てた。
直後、アリスの頬から一筋の血が流れる。吸血鬼の強靭な肌が、ただの花びら一枚に切り裂かれたのだ。
「これは……もはや花びらではありませんわ、『カミソリ』ですわ!!」
エリカが鉄扇で慌てて周囲の桜を叩き落とすが、キィン、キィンと金属音が響く。
魔力覚醒を遂げた艶の魔法は、精神汚染のフェーズを通り越し、彼女の中学時代の『引き裂かれた心』そのものを、肉体をズタズタに切り刻む無数のカミソリの刃へと変貌させていたのだ。
数千、数万の空中浮遊するカミソリが、全方位からアリスとエリカを包囲し、鋭い刃先を二人へと向ける。
「……はは、なるほどね」
迫り来る無数のカミソリの刃を睨みつけながら、アリスは自らの血を親指で拭い、どこか哀れむような、皮肉な笑みを浮かべた。
「自分が傷ついたから、今度は世界を傷つけるか……。なんとも、趣味の悪い八つ当たりだね、お姉さん」
「うるさい、うるさいうるさいッ!! わたすから奪った奴らも、綺麗なお嬢様方も、みんなまとめて切り刻んで、わたすだけの形にしてあげるわぁぁぁ!!」
絶叫と共に、カミソリの暴風が一斉に二人へと襲いかかる!




