第56話:理不尽の物差し
「……オホホホ! あんさんら、魔法の出力ばっかり気にしてはるみたいやけど……」
艶が不敵に笑った瞬間、彼女の姿が桜の煙とともに掻き消えた。
「なっ……!?」
アリスが驚愕したときには、すでに艶の妖艶な影がアリスの背後に滑り込んでいた。着物の袖から鋭く突き出されたのは、仕込み刃のついた煙管。
アリスが超反応で腕の防具で受け止めるが、その細腕からは想像もつかない凄まじい「頸力」と「体幹」による物理的な重撃が、アリスの身体を容赦なく弾き飛ばした。
「魔法はあくまでも補助……どすえ! 蘭王の幹部が、ただのインテリやと思ったら大間違いや!」
「くっ……あはは、こいつ……強い、強いよ……! 魔法の精神汚染だけじゃなくて、体術までバケモノか……っ!」
壁に叩きつけられたアリスが、口元の血を拭いながらよろめく。艶の動きには無駄がない。魔法で視界と呼吸を奪い、磨き上げられた近接暗殺術で確実に仕留めるそれが『百合女』の本当の戦い方だった。
ゆっくりとアリスへ歩み寄る艶。その前に、一歩も引かずに立ちはだかったのは、例示学園の誇り高き生徒会長、エリカだった。
エリカは美しく装飾された鉄扇をパッと広げ、艶の仕込み煙管を正面からガチリと受け止める。凄まじい火花が二人の間で散った。
「おやおや、お嬢様。その華奢な扇子ごと、細い腕をヘシ折られたいんか?」
艶が妖しく目を細め、さらに体重をかけてエリカを押し潰そうとする。
しかし、エリカの表情は、ピクリとも動かない。それどころか、憐れむような冷徹な視線を艶へと向けた。
「……何を勘違いしていらっしゃいますの? 確かに貴女の体術は優れていますわ。ですが」
エリカは扇子を握る手にぐっと力を込め、逆に艶の煙管を力任せに押し戻し始めた。
「ですが、この程度の膂力で、私を脅せると思いまして? この頑丈な鉄扇をへし折れないと言うのなら……貴女のパワーなど、バレット組の『アリシア以下』ですわ!!!」
「なっ……!?」
比べる対象の基準が狂いすぎている。
宇宙から落ちても捻挫で済むゴリラ令嬢を基準にされては、この世のあらゆる格闘家や暗殺者が「軟弱者」になってしまう。
「アリシアの全力の薪割りに比べれば、貴女の突進など、そよ風が吹いたのと変わりありませんわ! いきなさい、アリス!!」
「了解ッ! その隙、もらったよぉぉぉ!!」
エリカが強引に作り出した一瞬の硬直。その死角から、エネルギーを限界までチャージしたアリスの鋭い爪が、艶の胸元へと肉薄する!




