第53話:ノーサイドの地下室
「……ひ、ひぇぇぇぇ……っ!!」
轟音と共に、十重二十重の泥壁がまるでただの煎餅のように粉々に砕け散った。
その中心で、イザヨイは床にへたり込み、目の前でピタリと止まったアリシアの生足を見上げていた、蹴りの風圧だけで、背後のコンクリートの壁がアリシアの足の形に陥没している。
「し……死ぬかと思った……! ワイ、今完全に三途の川のウナギと目が合ったで……!」
「あはは、大袈裟だなぁ。人殺しなんてするわけないでしょ、私たちはただの女子高生なんだから」
アリシアはフゥ、と息を吐きながら足を下ろすと、いつものおっとりした笑顔に戻った。その姿に、イザヨイは
「どの口が言うとんねん」
で激しくツッコミを入れつつ、ふと彼女の両腕に目をやった。
「……あ。で? 腕、かろうなったやろ?」
「あれ? ――ほんとだ!? 動く、動くよ!」
アリシアが両腕をぶんぶんと振り回す。いつの間にか、彼女の腕を縛り付けていた超重量の粘土は、先ほどの最大出力の衝撃波と、イザヨイ自身の動揺によって完全に崩壊し、ただの乾いた砂となってサラサラと床に落ちていた。
イザヨイは壁に背中を預け、自嘲気味に笑った。
「……水分。さっきあんさんが言うとった『水分を浴びせたら溶ける』って話、あれな、半分は合っとるで。でも、本当の理由はな……一度完全に固まった泥は、ワイの魔力でも二度と動かせないからや」
「そうなの?」
「そうや。ワイの魔法『変幻自在』は、泥を生み出すのと、今そこにある『動く泥』を操ることだけ。一度形を固定して硬質化させてもうた泥は、もうワイの所有権から外れて、ただの『ただの硬い土』になってまう。だから、上から新しい泥を重ねることもできひんかったんや。……まぁ、あの人に比べたら、めちゃくちゃ条件の多い弱い魔法やけどな」
イザヨイがぽつりと呟いた『あの人』――それは間違いなく、蘭王学園を率いる、あの最凶の生徒会長のことだろう。
すると、地下水路の天井を震わせるように、上層階から
「オホホホホ!」
という高飛車な笑い声と、妖艶な桜の香りが微かに吹き込んできた。
「……そう。にしても上がうるさいね」
アリシアが天井を見上げる。
「……そうか……。なぁ、あんた、もう少しここに居いや」
イザヨイが、アリシアの制服の裾をキュッと掴んだ。
「なんで?」
「上には、今ワイらの三幹部の『艶』がおる。一応言うとくけど……多分あんたと、致命的に相性最悪の奴やで。色んな意味で、あんさんみたいなウブな子は、骨までしゃぶられてまうわ」
「ええっ!?」
イザヨイが危惧するその頃。
地上階の豪華絢爛な回廊では、狂おしい桜の花びらが舞い散る中、アリスとエリカの二人が、バイオ電子タバコを燻らせる悪い百合女――白百合院 艶と、まさに死闘を繰り広げていた。




