第48話:泥濘のタイマン
アリシアの凄まじいカカト落としは、イザヨイの防弾ガラス並みの泥の盾を完全に粉砕した。
しかし、吹き飛んだ泥の破片が床に落ちた瞬間、それは消滅することなく、まるで生き物のように蠢きながら周囲の地面へと溶け込んでいく。
「ハハッ、ええ蹴りや。まともに喰ろうとったら首の骨が綺麗なスナップ効かせて折れとったところやわ」
煙の中から、不敵に笑うイザヨイが姿を現した。彼女は傷一つ負っていない。
いや、よく見ると、彼女の足元から下は、コンクリートではなく『剥き出しの泥』に深く沈み込んでいた。
「……? 床のコンクリートが、なくなってる?ちがう!薄いのか!!」
「気づいたようやな。――なぁ、ワイが何故わざわざ此処に等身大の落とし穴を作って、あんさんを落としたと思っとるの?」
イザヨイがニヤリと八重歯を見せて笑うと、文字通り、周囲の壁や床のコンクリートがボロボロと剥がれ落ち、その奥から膨大な量の生々しい泥がうねうねと波打ちながら迫り出してきた。
「この公会堂は蘭王学園が拠点にするために買収したてで、まだ完成してへんのや。だから、この地下の最深部だけは……基礎工事の手前、まだ一面が『泥』のままなんや!」
『変幻自在』の魔法は、イザヨイの魔力が練り込まれた粘土を操るもの。そして、この空間にある膨大な泥は、彼女にとって無限の弾薬庫に他ならない。
周囲の土が意思を持つように盛り上がり、巨大な津波となってアリシアを包囲していく。
圧倒的な絶望的状況。腕を縛られ、敵の完全なホームグラウンドに引きずり込まれた。
しかし、アリシアは恐怖するどころか、キョトンとした顔でイザヨイを見つめた。
「え? 泥が使い放題だからここに落としたの? ……私はてっきり、周りに邪魔が入らないところで、私と『タイマン』したかった訳じゃないの?」
「っ……!」
イザヨイの言葉がピタリと止まった。
図星を突かれたように、その顔がわずかに赤く染まる。
「……っ、チッ……、アホか。戦略的な有利を取るために決まっとるやろ……。……あー、クソ! ……隠しても無駄か…」
イザヨイは乱暴に頭を掻きむしり、観念したように獰猛な笑みを浮かべた。
「せや! 上の幹部連中のくだらん趣味の巻き添え喰らうのは御免やからな! ワイは最初っから、あんさんみたいな面白い素材と、一対一でガチのド突き合いがしたかったんや!!」
「ふふっ……!」
アリシアの口元が、ゾクッとするほど楽しそうに吊り上がる。
その瞳に宿るのは、お嬢様としての光ではない。数々の死線を潜り抜け、野生のゴリラ並みの戦闘に飢えた『地上最強の悪役令嬢(候補)』の、狂おしいまでの闘争本能。
「敵ながら、いい根性してるよイザヨイさん! だったら私も、手加減なしの足技だけで……その泥ごとブチのめしてあげる!!」
「魅せてみぃ、関東の怪物令嬢――ッ!!」
無限の泥の津波が牙を剥き、五体満足の足技がそれを迎え撃つ。
理屈抜きの泥仕合、本当のタイマンがここから始まる!




