第37話:熱海血風録、百人組手
関東からネオ浜松へと続く東海道の要衝、ネオ熱海。
夕暮れの温泉街を見下ろす高台に、生徒会長レインは一人、泰然と佇んでいた。だが、彼女の進路を阻むように、奇妙な刺繍の入ったセーラー服を着た集団がぞろぞろと路地から這い出てくる。
その数、およそ100人。
「――そこまでにしときや、例示の生徒会長さん!」
先頭の雑兵が、ドスの利いた関西弁で凄む。
レインは長身の身体を微ともさせず、退屈そうにその大群を見下ろした。
「蘭王学園は関西屈指のマンモス女子校と聞いていましたけれど……。たったの100人? 挨拶代わりにしては、少し少なすぎるんじゃないかしら?」
「抜かせッ! お前みたいな温室育ちのお嬢様、我らが生徒会長に合わせるまでもないわ! ここでなぶり殺しに大坂湾の藻屑にしてくれるわッ!」
鉄パイプや、怪しく蠢くバイオ仕込みの仕込み鞭を構える雑兵たち。
だが、その言葉を聞いた瞬間、レインの周囲の空気が、絶対零度まで一気に氷結した。レインの額に、青筋がピキリと浮かび上がる。
彼女は激怒していた。
自分という至高の獲物に対して、こんな名前もなき有象無象を100人ぽっちぶつけてきた蘭王学園の侮辱に対して。
「……自分の力量もわからない? いいえ、わかっているからこそ、この数でしか私に挑めないのかしら。――不愉快ですわね」
「舐めるなッ! 突撃ィィィ――ッ!!」
100人の怒号が熱海の街に響き渡り、一斉に武器が振り下ろされる。
――しかし。
攻防は、文字通り『一瞬』だった。
誰も、何が起きたのか視認することすらできなかった。音もなく、光もなく、ただレインが静かに一歩、前へ足を踏み出した。それだけだった。
「……へ? な、なんで……みんな倒れて……」
最前線にいたハズの雑兵が、カチカチと歯を鳴らしながらガクリと膝をついた。
気づけば、100人の蘭王の兵隊たちは、一太刀も浴びせることなく、全員が白目を剥いて地面に転がっていた。まるで、最初からそこに落ちていた肉塊のように。
「……魔力を込めた『威圧』だけで、脳の神経系を一時的に過負荷させただけですわ」
レインは衣服の塵を払うように、冷徹に言い放った。
「命までは取らない……さっさと失せろ」
レインの目が、妖しく、そして絶対的な捕食者の如く赤く輝いた。
その圧倒的な覇気を前に、辛うじて意識を保っていた数名も、恐怖のあまり悲鳴すら上げられずに脱兎のごとく逃げ出した。
「フフ、待っていなさい、蘭王の『王』。私の退屈を、どれだけ紛らわしてくれるか……試して差し上げますわ」
一方その頃、熱海駅の改札口。
「はぁ、はぁ……置いていくのが早すぎるさね、あのバーサーカー会長……」
重力をパージしてマッハで追いかけてきたサクラが、息を切らしながら改札をくぐり抜けていた。
東西の頂上決戦。その前哨戦は、関東の圧倒的な武力によって幕を開けた。




