第36話:泥の偽物
放課後のB組の教室。
夕日が差し込む静まり返った空間に、不自然なほど足音を響かせて『彼女』は入ってきた。
「こんにちは」
いつになくハキハキとした、元気な声。前髪の隙間から爛々と輝く両目が覗いている。
しかし、机に座って爪の手入れをしていたココアの動きが、ピタリと止まった。
その横でプロテインをシェイクしていたアリシアも、おや? と首を傾げる。タンポポの固有魔法『消失』は、認知を歪ませるもの。普段の彼女は、そこにいることすら気づかせないほど影が薄い。
「……タンポポは、そんな元気じゃありまちぇん」
ココアのフリル付き特攻服の袖から、超硬質の魔力爪が飛び出した。
電光石火の速度で偽タンポポの顔面を切り裂く――が、手応えがおかしい。肉の感触ではなく、生温かい『粘土』を削ぎ落としたような感触。
ボロボロと崩れた偽者の顔の下から現れたのは、あの関西弁の少女だった。
「ちっ……めざといガキやな」
「あーーーっ!? イザヨイさん!?」
アリシアが目玉を飛び出させて叫ぶ。
「な、なんでいるの!? っていうかタンポポは!?」
「あぁ、本物の地味な娘なら、ちょっと裏で眠ってもろとるわ。……しかし、自分このクラスやったんか。まあええわ、どのみちこの学園の戦力をスパイしとったからな」
イザヨイは不敵に笑うと、懐からドロドロとした灰色の塊を取り出し、アリシアに向けて勢いよく投げつけた。
「危ないでちゅわ!」
アリシアは薪割りで鍛えた野生の勘で、とっさに両腕を交差して防御する。
粘土の塊を弾き飛ばした――はずだった。
「う、うわっ!? なにこれ、めちゃくちゃ重い……っ!」
アリシアの腕に付着した粘土が、まるで生き物のように皮膚にへばりつき、一瞬で鉄のような重量へと変化したのだ。床に腕が引きずり落とされ、ゴリラ並みの筋力を持つアリシアですら、まともに腕を上げることができない。
「ワイの魔法は『変幻自在』。ワイの魔力が練り込まれた粘土は、姿形を変えるだけやなくて、ワイの意思一つで密度も重さも自由自在や。一度ついたら、そう簡単にはとれへんで?」
「くっ……あ、動けない……!」
必死に粘土を引き剥がそうとするアリシア。その横で、ココアは鋭い目で教室の窓の外を見つめていた。すでにサクラの姿がない。
(……生徒会長さんが1人でネオ浜松に向かったのを追って、サクラさんはいないでちゅ……!)
ココアが再び爪を研ぎ澄まし、イザヨイを八つ裂きにせんと踏み込もうとした瞬間、イザヨイはひらりと窓枠に飛び乗った。
「おっと、待て待て。ワイは偵察と果たし状の配達が仕事や。今ここで君等と本格的に戦う気はないんでな。――ほな、ネオ浜松で待っとるで!」
夕日の中に背中から飛び降り、イザヨイの気配は一瞬で雑踏へと消えていった。
「待って、イザヨイさん!! ――うう、本当にこの粘土、びくともしないよぉ!」
東西全面戦争の足音が、すぐそこまで迫っていた。




