第25話:見えない雨
10万メートル走でアリシアが苦戦を強いられている頃、グラウンドでは定番種目『玉入れ』が始まっていた。
しかし、そこは例示学園。普通の玉入れであるはずがない。紅組の悪役令嬢たちは、全員がかつてマフィアの抗争や暗殺業で鍛え上げた、肩に絶対の自信を持つスナイパー揃いだった。
「おーっほっほ! 私たちの超人的な投擲技術の前にひれ伏しなさいな!」
「カゴの骨組みごと撃ち抜いて差し上げますわ!」
紅組の令嬢たちが、音速を超える速度で次々と赤い玉を天高く放り投げていく。対する白組は、なぜか全員がのんびりと玉を拾っては、力なくポイポイと投げているだけだった。
だが、競技終了の笛が鳴り響き、カゴが下ろされた瞬間、グラウンドは静まり返った。
「な、何ですって……!?」
数え上げられた玉の数は、なんと白組の圧倒的勝利。
紅組のカゴには綺麗に積み上がった赤い玉。しかし、白組のカゴには、誰も投げ入れた覚えのない大量の白い玉が、溢れんばかりに詰め込まれていたのだ。
「フフフ……お疲れ様です、紅組の皆様。勝負は最初から決まっていましたよ」
白組の陣地、誰もいないはずの空間から、前髪で目が完全に隠れた小柄な令嬢――タンポポが、ニュッと姿を現した。その手には、白組の玉がしっかりと握られている。
彼女の固有魔法は『消失』。
自分自身はもちろん、自分が触れたあらゆる物体の存在感・認知を完全に歪ませ、周囲から「見えなくする」能力。
つまり、タンポポは試合中、魔法で完全に透明化した白い玉を抱え、紅組の誰も気づかないうちに、カゴの真下からハシゴで登って直接手で大量にポイポイ入れていたのだ!
「え……何それ、最強じゃない?」
朝礼台の上からその様子を見ていた生徒会長レインが、珍しく素で引いたような声を漏らした。姿を消して近づき、相手の認識の外から確実に仕留める。暗殺においてこれ以上の能力はない。
隣にいたサクラは、フゥーッと電子タバコ『αC-38』の紫煙を気怠げに吐き出しながら、肩をすくめた。
「本人の身体能力が強ければ……の話だけどねさ」
「どういうことですの?」
「あいつ、姿は消せても運動神経は普通のインドアお嬢様だからね。さっきもハシゴに登るだけで息が上がってたし、3キロ以上の物を持つと魔法が解けちゃうのさ。だから、玉入れみたいな小細工が限界なのさね」
「なるほど……世の中、上手くいかないものですわね」
レインは少しつまらなさそうに微笑んだ。
その頃、そんな姑息な小細工など一切通用しない10万メートル走の真っ只中で、順位を落とし続ける令嬢・アリシアは、未だに自分の肉体と泥臭く戦い続けていた。




