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山奥で拾った地球外AIと、俺は十五年かけて人類を宇宙へ押し上げた  作者: たまき


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第09話「雑音」

 数日かけて引き直した工程表は、机の上ではずいぶん整って見えた。勤務先で触れていい範囲、自室へ持ち帰っても目立たない範囲、山小屋でなければ進められない範囲。その三つに切り分けるたび、亮はようやく制御を取り戻しつつある気になった。必要なのは大げさな工作ではなく、既存案件の延長へ見えるよう手順を寄せることだけだ。そう思っていた。


 昼過ぎのオフィスには、空調の風とキーボードの打鍵が浅く重なっていた。亮は仕様書の横へ評価メモを開き、案件用の熱対策部材の一覧に指先を滑らせる。表向きは基板まわりの信頼性改善だった。実際に必要なのも、熱履歴を乱さない固定材や、通電時の揺れを拾いにくい治具に近い性質のものだ。完全に別物ではない。だが一致もしない。そのわずかなズレを、既存案件の要件へどう潜り込ませるかが問題だった。


 アルミナ系の薄板は厚みを0.2mm刻みで比較したい。固定具は熱膨張差が小さいものがいる。配線材も、評価用としては過剰なくらい抵抗変動の少ないものが欲しい。亮は画面上の候補を並べ替え、案件側の説明へ無理なく繋げられる順でフラグを立てていった。性能だけで選べば早い。だがそれをやると、なぜこの案件でそこまで細かく見るのかという履歴が残る。


 指先を止め、一覧の全体を見直す。メーカーを散らし、納期もばらけさせ、試験理由の欄には既存の不具合項目へ接続する文言を添える。やっていることは偽装に近いのに、形式の上では何一つ嘘を書いていない。その手際の良さが、自分でも嫌なほど馴染んでいた。


 数分後、社内の購買画面へ仮入力した条件を確認した瞬間、亮は眉を寄せた。個別に見れば自然な選定でも、一覧で並ぶと偏りがあった。耐熱域、面粗度、純度、加工公差。通常案件の延長に置くには、どれも一段だけ神経質すぎる。工程ごとに最小限へ削ったつもりの条件が、記録上では同じ方向へ細く尖っていた。


「……面倒だな」


 独り言はモニタの縁へ吸われ、誰にも届かなかった。削れば試験精度が足りなくなる。残せば履歴の輪郭が立つ。亮は仮入力を消さず、説明欄だけを少し崩した。用途を直接書かない代わりに、異常時再現性の確認、長時間通電時の熱応答確認、固定条件差分の比較といった語句へ置き換える。内容は薄くなるが、切実さだけは残る。こういう曖昧さを何度も重ねていくと、あとで自分でも理由の順序を忘れそうだった。


 夕方が近づくころ、亮は取引先へ送る問い合わせ文面を開いていた。案件用の補材確認という体裁で、在庫と最短納期を訊く。その文面の途中へ、温度変動時の寸法安定性、微小電流領域でのノイズ影響、加工後洗浄の推奨条件といった項目を差し込む。必要だから聞く。それだけのはずなのに、一文ごとに自分の本当の目的が透けていく気がした。


 背後で椅子が軋み、古田の声がした。


「亮、その問い合わせ、ずいぶん細かくない?」


 振り向くと、古田が自分のマグカップを持ったまま、モニタの脇から文面を覗いていた。笑ってはいるが、からかいだけで済ませる顔ではない。


「熱で暴れる案件だろ。条件切らないと後で揉める」


「いや、分かるよ。分かるけど、ここまで聞くの珍しいじゃん。洗浄条件まで先に押さえるの、だいぶ本気の試作の聞き方だよ」


「向こうの返事が遅いと無駄に待つだろ」


「それはそう」


 古田はそこで引かず、画面の端へ視線を滑らせた。


「しかも納期短いやつ優先で拾ってるし。客先まだそこまで急かしてないのに」


「急ぐ前に揃えておく方が楽だ」


 言った瞬間、言い訳の形が前より一段薄くなっていると分かった。古田もたぶん気づいたが、あえて追及しなかった。マグカップの縁に指を掛けたまま、軽く首を傾げる。


「最近、先回りの精度が高すぎるんだよな。前なら詰まってから暴れるのに、今は詰まる前から必要なもの知ってる感じする」


「褒めてるのか」


「半分はね」


 古田は笑い、もう半分の意味だけを残した。


「もう半分は、亮の説明がちょっと増えたなって話。別に責めてないよ。ただ、急に丁寧になると、逆に気になるじゃん」


 画面の白さが目に刺さった。問い合わせ文面の中で、寸法安定性も洗浄条件も、急ぎの理由も、全部それなりの理屈は立っている。なのに理屈が増えた分だけ、目的そのものが遠くなっていた。以前なら必要な部材を頼むだけで済んだ。いまは頼む前に、その頼み方を整えなければならない。


「おまえに説明してる暇はない」


「はいはい。じゃあ返事来たら教えて。面白そうだし」


 古田はそれで終わらせ、給湯スペースの方へ戻っていった。だが去り際に一度だけ、購買画面のタブ名へ目をやったのを亮は見逃さなかった。部材一覧、問い合わせ履歴、評価条件メモ。どれも仕事の範囲からは外れていない。それでも、並び方には癖がある。その癖を見ている相手が一人いるだけで、記録そのものの重さが変わってくる。


 亮は送信前の文面を開き直し、余計な精度を少し削った。だが削ったところで必要な条件は消えない。別の表現へ散らしても、後から履歴を並べれば似たような偏差が浮いてくるはずだった。納期、材質、洗浄、通電、熱応答。点で打ったつもりの問い合わせが、線になって残る。


 返信は三十分もしないうちに返ってきた。在庫数と概算納期、代替候補、それから確認事項。用途が高周波寄りなのか、低抵抗測定寄りなのか。固定後の再加工はあるのか。評価温度域はどこまで見るのか。向こうも、こちらの文面から尋常でない細かさを嗅ぎ取っている。亮は画面を見つめたまま、返答欄へ指を置いた。


 案件用途として書ける線を一つずつ探し、一般的な評価の延長へ見える言葉だけを抜き出す。ところが整理すればするほど、本当に欲しい条件だけが文の骨格として残った。余分を剥いだ先で露出するものがある。隠しているつもりで、むしろ輪郭を整えているのではないか。そんな嫌な感触が、送信ボタンの上に指を止めさせた。


 最終的に返したのは、用途をぼかしたまま必要条件だけを残した短い文面だった。送ったあと、社内システムへ問い合わせ番号が記録される。取引先の側にも、似たような条件の照会が残る。それはただの事務処理だ。まだ誰も困らない。誰も動かない。だからこそ厄介だった。雑音の段階では、どこまでが自然で、どこからが異常かを自分でも切り分けにくい。


 窓の外が暗くなり、島の上の会話が減っていく。亮は仮入力の一覧を閉じ、必要部材だけを手帳へ控えた。会社の設備に寄せるほど説明が増え、説明が増えるほど履歴が揃っていく。なら、これ以上東京側へ工程を寄せるのは悪手かもしれない。思考はそこへ戻るのに、手だけがまだ職場の中で何とかしようとしていた。


---


 深夜、東京の自室へ戻るころには、シャツの背中が冷えた汗で重くなっていた。玄関脇へ鞄を置き、ノートPCを開く。昼に散らした条件と、夕方に残した問い合わせ履歴を並べ直すと、画面の上で偏りがさらに見やすくなった。熱条件を一定に保ちたい項目、通電ノイズを抑えたい項目、後加工で表面を乱したくない項目。そのどれもが、常温超伝導素材の初期工程へ近づくほど必要になる。


 机の端の球体が、ごく小さく振動した。


「進みましたか」


「進んだよ。嫌な方向にな」


 亮は昼からの操作を順に説明した。購買画面に残した仮入力。取引先へ送った問い合わせ。古田が見た文面。返信に含まれていた確認項目。話しているうちに、今日やったことの大半が材料調達ではなく、痕跡の整形だったと気づく。


「最小限にしたつもりだった。けど、一覧で見ると偏る」


「必要条件が同一方向を向いているためです。工程が収束すれば、痕跡も収束します」


「簡単に言うな」


「簡単ではありません。対処が必要です」


 ノートPCの画面へ、亮が整理した条件表が映っている。必要純度、許容誤差、熱履歴、通電条件。昼間は案件へ紛れ込ませられると思っていた数字が、深夜に見返すと逆に山小屋向きの性質を帯びていた。隠すために都市部へ寄せた工程が、都市部にいるほど不自然になる。


「東京で片づける準備が多すぎるのか」


「はい。東京側は設計整理と短時間の確認に限定するべきです。実作業比率を山小屋へ移してください」


「往復回数が増える」


「増えます。ですが現在のままでは、問い合わせ履歴と社内記録の双方に偏差が蓄積します」


 亮は椅子の背へ頭を預け、目を閉じた。古田が首をかしげた角度まで思い出せる。あれは決定的な疑いではない。ただ、覚える種類の違和感だった。七瀬のように数字を並べなくても、古田は会話の増え方や、言い訳の薄さを長く持っている。そこへ取引先の問い合わせ履歴まで重なるなら、職場はもう前段の足場としても長くは使えない。


「社外調達はどう切る」


「東京で受け取るのは、一般部材と小型の計測補助までに留めるべきです。工程の核心へ近いものは、山小屋側へ寄せてください」


「結局、閉じた場所へ戻るしかないってことか」


「雑音が増えたときは、発生源を狭めるのが合理的です」


 その言い方に、亮は乾いた息を漏らした。東京で増えたのは生活の音ではなく、自分が前へ進もうとした痕の総量だ。会社で一つ、取引先で一つ、自室で一つ。場所を分けたつもりが、記録の上では全部同じ方向へ向かっている。


 机の横に置いていたボストンバッグを引き寄せ、中身を確かめる。着替え、ノート、簡易工具、前回のメモ。足りないものを頭の中で足していくと、もう出発の準備の順序になっていた。昼間に集めた条件のうち、山小屋で先に潰せるものから試すしかない。東京で整えるほど履歴が増えるなら、逆に不便な場所で時間を使う方がまだましだった。


「明ける前に出る」


「道路状況を確認しますか」


「頼む」


 球体の振動が止み、画面の端へ天気と交通の簡潔な一覧が出る。亮はそれを眺めながら、問い合わせ履歴の番号を別のメモへ移した。消すためではない。残ることを前提に、自分がどこへ何を撒いたかだけは把握しておくためだった。


 窓の外では、夜の底が少しずつ薄くなり始めていた。始発前の道路を走れば、朝には長野へ入れる。山小屋で進める工程を増やし、東京側にはもう少し薄い仕事だけを残す。そう決めても、今日生まれた履歴が消えるわけではない。それでも、これ以上同じ種類の雑音を重ねないためには、動くしかなかった。


 亮はノートPCを閉じ、バッグの口を上げた。玄関の鍵へ手を伸ばすまでのわずかな間にも、昼間の問い合わせ文面が頭の奥で何度も並び直される。細すぎる条件、増えた説明、覚えられた違和感。どれもまだ小さい。小さいまま残るからこそ、切り捨てにくい。薄明の気配がカーテン越しに差し込むころ、亮は再び長野へ向かう準備を終えていた。


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