眠れない夜 《ルート視点》
「うっ、ひっく、ごめん、ごめんなさい……私のせいだ」
「アプリ、違うよ。これはさ、僕が上手く言葉を選べなかったせいなんだ」
昨夜、友達のシュルンから右胸に攻撃を受けたリィは、大量に血を失っただけでなく、魔法毒による作用で治療が困難となり、死にかけた。
エリィとサムの魔法で、一命を取り留め、ついさっき目覚めた彼女は、昨晩からずっと離れず側にいたアプリを優しく抱きしめている。
「あとね、シュルンは僕たちが離脱する時、凄く心配そうな顔を僕に向けたんだ。きっと、シュルン自身も、魔力の子たちを守るためにとっさに出てしまった攻撃なんだと思う。だから……」
僕は、昨日の青ざめたリィを思い出す。
離脱の瞬間、腕の中のこの子は、笑ってみせたのだ。
まるでシュルンに、"大丈夫だよ"とでも言うように。
「だからね、シュルンは、僕らが一緒に遊んだあの子は、優しい女の子のままなんだよ」
「ふぐ……っうん……」
きゅうううとリィの服を掴む小さな手が一層強く握り込まれた。
その様子に、アプリは気付いているのではと思ってしまう。
リィが、アプリのために、シュルンのためにその言葉を選んでいるということを。
―――――
あの後リィは、コーラに愛情たっぷりのお説教をもらい、更に、サムが未来から来た自分の息子だということを知って、戸惑いながらも、それをちゃんと受け入れた。
お昼ご飯には、僕が作った鹿肉とザクロの赤ワイン煮込みをたらふく食べて、顔色もすっかり良くなり、手足を取り戻したばかりのトトとも話しをした。
「シュルンは、俺たちを守ろうとしただけなんだ。つまり、悪いのは俺たちなんだ。だから俺のこと、好きなだけ殴ってくれ! それで、他の奴らのことは勘弁してやってほしい! どうか、頼む――」
リィは、そっと、再生されたばかりのトトの柔い手を握り、
「トト、僕は、僕らはね、三日間しかシュルンと交流していないんだ。けれど、あの子がとんでもなく優しい女の子だって知ってるよ。だからトト、僕はシュルンが大好きなんだ。本当だよ、だって、シュルンはさ……見せてくれたんだ、綺麗な氷のお城をね」
リィのあまりにも優しい微笑みに、トトは息を呑んでいた。
無理もない。恨み辛みなど微塵も感じないこの優しい表情の前では、どんな懺悔も必要のないもののように錯覚してしまうだろう。
「……それでもごめん。アンタ、死にかけたんだろ? 痛かったろ? 友達にそんなことされてさ……」
その時、一瞬だけ、リィの大きな桃色の瞳が揺らいだ。
しかしそれは直ぐにおさまり、また優しげな眼差しに変わる。
「大丈夫だよ! だって、傷はサムが治してくれたからね! もう痛くも痒くもないよ!」
「いや、その……」
リィ、ねぇ、本当は気付いてるよね? トトはさ、心が痛かったんじゃないかと聞いてるんだって。
「トト! 治したばかりの手足で会いに来てくれて有難う。リハビリ頑張ろうね。僕もアプリも、あと、ノアって君と同い年の男の子も手伝うからさ。完全に治ったら、みんなでドッジボールとかしようね!」
何かを言いかけていたはずのトトは、リィの真っ直ぐな言葉の数々に、目を見開いた後、俯き、絞り出すように声を出した。
「……分かったよ。ドッジ? ボールが何なのかわかんねーけど、一緒に……やってやる……」
「やった! 楽しみだね、アプリ!」
「……うん」
アプリも、何か言いたそうにしていたが、あくまでも、リィ本人から言わせることが出来ないと根本の解決にはならないと理解しているのだろう。
そうして、リィは今日一日、誰にも弱音を吐かなかった。
―――――
その日の夜、一人の部屋で横になった僕は、中々寝付けずにいた。
頭の中は、昼間のリィのこと。
僕は、ずっとリィのことを考えていた。
トトを魔力の子たちの家へ送った後も、リィのベッドにはひっきりなしに来客があった。
エルフのプラシーを始め、いつの間にやら仲良くなっていた長の家付近に住むエルフのおじさんやおばさんなどが、体調を心配して訪れた。
その時のリィも、みんなを心配させまいと笑顔で振る舞っていて、僕は胸が痛んだ。
シュルンに、友達に、胸を貫かれたことは、彼女の心に大きな傷を負わせたはず。
それなのにリィは、その事を誰にも言わずに気丈に振る舞い続けていた。
「明日こそ、二人きりになって、本音をちゃんと聞き出そう……」
そう決心したその時――
コンコン、とドアをノックする小さな音が響いた。
その音にベッドを抜け出て、すぐにドアを開けると、
「……リィ、どうしたの? こんな時間に」
「ん、ごめん、寝られなくて、その……」
ドアの前には、決まり悪そうな表情の少女。
いつもはハーフアップにしている柔らかなセミロングもそのまま下ろされていて、僕は、頬に掛かる桃色の一房を肩に流して、リィを部屋に招き入れた。
「これかな?」
寝巻きの胸元に手を入れて、首から下げている細いチェーンの先にある小さな手帳をリィに差し出す。
「あ、えと、」
「何度も言ってるけれど、一晩くらいなら大丈夫だから、遠慮しないで持っていってね」
僕が肌身離さず持ち歩いているその手帳は、亡き妻エリィが、僕のために残したもので、精神安定の魔法が掛けられた魔法具だ。
出会ったばかりの頃、あの酷な軍命の夢を度々見て、リィが苦しんでいた時も活躍したこの手帳は、リィと僕、二人のお守りと化している。
しかし、リィは手帳を受け取らず、僕の部屋からも出て行かず、俯くばかりだった。
「リィ、どうしたの?」
屈んで、彼女の目線まで顔を近づけて、僕は顔を覗き込む。
「あ、あのね、インター、今日、一緒に寝てもいい?」
合った目は、縋るように揺れていて、僕は返事の代わりに、彼女の手を引いて、ベッドへ向かった。
「はい、隣どーぞ」
「ん、ごめんね、この前、誕生日も迎えたのに……」
言いつつ、寝転がった僕がめくった布団の中に入り込むリィ。
「あはは、それでも、まだまだ小さな子供でしょ? 甘えなよ」
「むう……すぐ大きくなるから! それで、いつかは、コーラくらいになるもん」
「コーラは……170近くあるじゃない。無理だよ、君には」
「むっ、無理じゃない! たくさん食べてるから、絶対伸びるもん」
僕は、彼女の布団を肩まで上げて、その上からポンポンと優しく叩いた。
「分けられるのなら僕の分けてあげるんだけどねぇ……」
「むう……もらえるならもらいたいよ、僕も……」
サムたちと出会うまでは、こうやって共寝をすることもしばしばあった。
それは、肌寒い野宿や、宿が一部屋しか取れなかった時。
そして、小さな温もりがぴったりと僕に寄り添ったまま目覚める朝は――
とても幸せで、とても苦しいものだった。
少しだけ他愛無い話をした後、リィは目を閉じたが、寝息が寝入っている時のものではなく、寝付けないようだった。
どうせ寝られないのならと、僕はシュルンのことを振ってみる。
「ねぇ、リィ」
「なあに? インター」
「大丈夫じゃないよね……シュルンのこと」
「……うん」
リィが顔の前を腕で覆う。本当は、ずっとその名前だけで、泣きそうだったよね?
僕は知ってる。
君が、辛い時、我慢してしまうこと。
自分より、自分を心配する人を優先すること。
普段は、遠慮なく抱き付いてくるくせに、本当にそうしたい時は、やけによそよそしくなることも。
「リィ、泣いていいから……おいで」
僕は、腕を広げて彼女を見つめた。
リィの顔は、彼女が自身の腕で隠してしまったから見えない。
しばらく、そのまま沈黙が訪れたが――
抱きっ! と予備動作もなく、背中にぎゅうっと回された温もりに、僕は安堵して、小さな背に手を添えた。
「ありがと、インター、ほん、と、はっ……辛い……悲しい……だっ、大好き、だからっ……シュルンの、ことっ……」
嗚咽しながら、吐露する彼女の気持ちを僕は、頭を撫でることで、聞いているよと示す。
「ふっ、うっ、僕、シュルンを傷付けちゃった……優しい子なのに、あんなこと、させた……どう、しよう……インター」
「……君も傷付いてる……しかも、君の場合は、物理的にも心理的にもだ。今は、その傷に向き合って癒すことだけを考えよう。
それで、いつか二人で話をして……仲直りすればいい」
僕としては、リィは何にも悪くないと思っている。
あの場であの説得以上のことは誰にも出来なかっただろう。
僕らは甘く見ていたのだ。シュルンの『王にしかあの子たちは救えない』という信念の重さを。
「ふっ、で、できる、かな……仲直り……」
「出来るよ、今はまだ会えないけれど、いつか、元気になったあの子たちを見れば、シュルンもきっと分かってくれる。だから――」
リィの前髪を上げて、額に軽く唇で触れた。
「今日はお休み」
「うん……」
僕には、エリィのような睡眠魔法は使えない。それでも、手帳を開く気にはなれなかった。
だって、リィは、エリィではなく、僕を頼って来てくれたのだ。
だからこそ、僕の言葉で、温もりで、この子に安らぎを与えたいと思う。
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