日常へ、駆ける
「ルートさん、まず一人、この家に連れて来てくれませんか? リビングで準備しますので」
「ん。了解、トトで良いかな?」
「はい、トトでお願いします。アプリ、一緒に来るかい?」
こくりと力強く頷いた娘は、ベッドからぴょん! と降りて、僕の手を握った。
「ファイト! サム、君ならきっと治せる!」
「自信を持ってね、あなた」
「うん。行ってきます」
ウィンリィとコーラのいる部屋を後にして、リビングに向かう。
準備と言っても、トトが座る一人がけのソファを部屋の中央に持ってくるだけだ。
「アプリ、もしかしたら、凄く時間がかかるかもしれないし、今回は、上手く術がかからないかもしれない。でも、そうなったとしても、治せる術式を必ず考えるからね」
全属性魔力による身体汚染……これに、僕の回復魔法が効く保証はどこにもない。やってみて確認するしかないのだ。
「うん……大丈夫、サムを信じてるから」
ニコッと笑って見せた娘の期待に絶対に応えたい!
ガチャ……
「サム、連れてきたよ」
「何なんだよ! 俺だけって! 説教なら聞かないからな!」
傍に抱えられて、必死に手足のない体を揺らすトトに少し同情したが、恐らく暴れたのだろう。致し方ないか……
持ち方とは打って変わって、優しくぽすん……とソファに降ろされたトトは、眉を寄せて、訝しむような目をルートさんと僕に向けたが、自分と歳の近いアプリに気付いて、バツが悪そうに表情を柔らげた。
「トト、だよね?」
「そうだよ! 何で知ってんだよ、気持ち悪い!」
「ごめん、偵察でね、君たちが領主邸で過ごすのを見てきたんだ」
「げっ……いつの間に……で、何の用なんだよ、おっさん」
「その手足、治せるって言ったでしょ? でも、全員にかける前に、僕の回復魔法が通用するのか、君で試させてほしいんだ」
「実験台、てことか。いいぜ。治せなくて、あいつらがぬか喜びなんてことになるよりは、マシだ」
「承諾してくれて、ありがとう。あ、術式をかけるにあたって、君の魔力を使わせてもらうね」
「別に構わねーよ。有り余ってんだし」
トトを含む50人の『魔力の子』たちの魔力は、未だウィンターンの魔力装置に転送され続けている。
それでも、湯水のように無限に湧き出るこの子たちの魔力は、まさに無尽蔵。
アプリの魔力を僕は何度か借りているが、転送先の、獣人の村の瘴気を巻き上げる風の魔法への影響は、全くないとイオから確認済みだ。
「じゃあ、かけるよ」
トトの前に膝をついて、彼の手足のあったはずのところを撫でてゆく……
頭の中で、あったはずのもののイメージを固めて――魔法を作動させた!
僕の手のひらと、トトの体が光を放つ!
「!?っ……手が……脚、が……!」
トトの手足の付け根から、見る間に再構築されていく肌色――よし、上手くいっている!
以前、トトたちが使っていた魔力を吸い出す首輪は、体に溢れた魔力を吸う仕組みだった。
今は、新しく付けた魔力転送の腕輪が、魔力容器から直に魔力を転送している。
つまり、全属性の魔力が体に溢れることがない。
シュルンが回復士に診てもらった時は、全属性魔力の汚染に晒されている体だったから、発動しなかったのだ。
それでも、残存していた魔力の残り香が、僕の術を押し戻すような感覚が少しだけある。
油断は禁物だ。僕は、気を引き締め直して術式に集中した。
欠損回復は、術者のイメージと、無事な体に残されている失った部位に纏わる情報――二つを結び付けて発動する高難度魔法だ。
僕のイメージが揺らぐと、正しく再生出来なくなってしまう。
頭の中には、治った足で元気に走り回るトトの姿。
必ずここに!! 到達させてやる!
体感時間にして、20分ほど経ち――僕は魔法を解除した。
シュウン……と、僕の手とトトの手足が放っていた光が収束する。
光がなくなって、現れたのは――
「俺の、手足……」
「ははっ! 見事」
「サム……凄い……」
「ふう。ちょっと触るね」
大腿からふくらはぎまで、ぎゅっぎゅっと揉んで……足首を軽く回す。
「うん、ちゃんと再生されているようだ。トト、立ってみて」
僕は、あらかじめ長に頼んでおいた子供用の靴を一足、トトの足元に置いた。
「……俺の、靴?」
「そうだよ。他のみんなの分もある。少し大きめだけど、細かいサイズ調整は、後で長がやるからさ。先ずは履いてみて、その足で立ってほしいな」
トトは、戸惑いながらも、再生されたばかりの手で、靴を掴んだ。
「……」
そのまま暫く、じっと靴を見つめていたが、意を決したように、それに足を通す。
「あ、あれ……上手く、結べねー……」
「私がやる」
再生されたばかりの手だからか、はたまた、手を使うのが久しぶりで上手く動かせないのか、遊んでしまっていた靴紐を、アプリがしかと掴み、結んだ。
「あ、ありがと……えと、」
「私はアプリ。あなたと同じ『魔力の子』だよ」
「あ……そっか、そうなんだ……」
「トト、はい」
アプリがトトの前に手を出した。
「立とう」
「あ、ああ」
トトがアプリの手を掴み、アプリが小柄な体躯に見合わない力で、ぐいっとトトを引っ張った。
「わっ! お前、力強いな……あ……」
足が地面についた、ただそれだけなのに――
「立てた……俺、自分の足で、立ってる……」
「うん。良かったね、トト」
トトの顔が歓喜に染まって、紅潮していく。
その時、よくやったと言わんばかりに僕の肩をルートさんが叩いた。
そして、感激が最高潮になって吹き出したのか、トトは、「すっげー!!」と叫んで駆け出した!
「まっ! 待って! まだ再生したばかりで、走るのは!」
「あははっ!! 足、いてー! 骨? に響く〜〜!! はは、は……足……俺の……うっ、ぐすっ……やっったぁ……」
部屋を一周して、僕らの元に戻ってきたトトは、ゼェハアと荒く息を吐き、おぼつかない足取りで、ふらふらとソファに座った。
「はあ、はあ、はあ……俺っ……もう、もう、こんなこと、出来ねーって、思ってた……あり……がと……ありがとう……うう……」
そしてトトは、顔を手で覆って泣き出した。
「ふふ。再生したばかりの足で走っちゃうなんて、よほど感激したみたいだね、トト」
「ええ……」
走れたのは、僕が『元気に走り回るトトの姿』を思い描いて術を込めたせいもあるのかも……しれない。
ともあれ、僕の力でも、彼らを治せることが分かって、心底ほっとした。
隣のアプリも、目尻に涙を溜めて、微笑み、自分のことのように嬉し泣きをしている。
「トト、時間はかかるけど、全員治すから。みんなの体が万全になったらさ、好きなだけ走り回って、たくさん遊んでね」
「うっ、うん! ぜっ、たい、だぜ!……えと、サム、さん……」
「うん、約束するよ。じゃあ、君たちの家へ行ってくるね」
今日、全員治すことは、出来ないと思う。
魔力を借りているとはいえ、集中力、想像力を消耗するこの魔法は、精度を保って使うには、限度がある。
それでも、何日かかっても、必ず全員を治す――僕は、決意と覚悟をし直して、彼らのいる家へ向かった。
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