娘の思いと妻の思い
ガチャ……
「サム、ウィンリィ、二人とも起きたのね」
「コーラ!」
ザクロやアセロラ、ワックスアップルだろうか? 赤いフルーツが山盛りになっている籠を持って現れたのは、僕の妻だ。
コーラは、それをテーブルの上に置くと、僕とウィンリィを交互に見つめて、ほっと息を吐く。
「血まみれのウィンリィを見た時は肝が冷えたけれど、その様子だと、大事はないようね」
「コーラ、ごめん、僕、油断してて……」
「シュルンが相手だったのでしょう? お友達相手では無理もないと言いたいところだけど、ウィンリィ、あなたはもっと警戒できたはずよ。戦場では、そうだったでしょう?」
コーラは、ウィンリィを抱きしめるルートさんをやんわりとウィンリィから離して、流れるようにその場所に入り込み、続けた。
「ここは、戦場とは違う。だけど今回は、命の危険もあることを踏まえた作戦だった。あなたには、分かるわよね? その場所で油断したことが、どれだけ自分の、仲間の命を危険に晒すのかを」
「っ……分かる。分かるよ。ごめんなさい」
「らしくない、なんて、子供のあなたに言うのは間違ってるわね。でも、私とサムが知っているあなたなら、無傷で帰ってこれたはずなの。だから――」
コーラがウィンリィを抱きしめた。
「……コーラ?」
「また……また失うのかと思って、怖かった」
コーラにとっても、ウィンリィは"母"だった。
僕とコーラは、ウィンリィ――母さんに育てられたから。
「……ごめん、コーラ。二度と油断しない。約束する」
抱き合う二人を見守りつつも、僕は心に何かが引っ掛かるのを感じていた。
そんな僕の隣にルートさんが移動してくる。
「ふう。コーラに言いたかったこと、全部言われちゃった。そういえばコーラ、君の心配はしていないみたいだね」
それだ! 夫である僕も気絶して帰って来ているのに、娘のアプリだって、僕のことを心配していたのに、母さ……ウィンリィのことばかりで、ちょっと納得がいかないのだ……しかし――
「……仕方がないです。コーラは孤児で、母が実質、実母みたいなものでしたし」
「ふむ。それもそっか」
僕も、ウィンリィを氷柱が貫通したのを目の当たりにした時は、また母さんを失うのかもと怖かったし、コーラのこの反応は、当たり前のもののように思う。
あれ? そう言えばあの時、僕、『母さん!!』てウィンリィの前で言ってしまったような……
「サム、これ……」
悶々と考えていると、コーラが持って来た山盛りのフルーツの中から一つ手に取ったアプリが、それを僕の前に差し出した。
「これは……」
「コーラね、サムが疲れている時は、赤いフルーツがいいって、朝取りに行ってたんだよ」
ころんと、僕の手の中に置かれたのは柘榴だった。
真っ赤なそれに、妻の思いが詰まっているように思えた。
「あはは、ちゃんと愛されてるじゃない? サム」
「そうですね……」
そのまま、割れ目に指を入れて、中の粒を口に含む。
酸っぱさの後にほんのり甘さがきて……うちの奥さんみたいだ……なんて、僕は思った。
―――――
その日の朝食は、50人の子供たちに手早く出すために、簡単にパンとチーズとサラダにしたが、昼食は、長が獲ってきてくれた鹿をルートさんが煮込み料理にしてくれた。
それを、まだ万全でないウィンリィのために、女性陣の部屋へ運んで、みんなで食事を共にすることにした。
「すっごおおおい! 綺麗な赤だ! 鹿なの!? ジビエ!? 初めて食べるよ! 頂きまーす!」
さんざん魔物肉を食べておいて、今更、ジビエが珍しく思えるなんてね……とは思ったが、異世界歴も早、4ヶ月。
ウィンリィとルートさんに至っては、10ヶ月目なのだ。
ここでは普通の獣の肉の方が珍しい。
赤ワインとザクロで鮮やかに色づいたスープは、一緒に煮込んだ玉ねぎのおかげか、トロミも付いていて、見た目にもとても美味しそうだ。
僕は味見も兼ねて、途中でちょいちょい頂いていたが、それでも、喉がごくりと音を鳴らした。
「お肉とザクロって、意外に合うのね」
「でしょ。ザクロの酸味が臭み消しにもなるからさ、肉の下処理も最低限で済むんだ」
「このお料理のお野菜、スープに溶けてて、食べやすいね、ノア」
「本当だ……この料理なら、村に帰った時、野菜が出てきても、美味しく食べられる!」
「煮込みだからね、とろとろになるまで火を通すんだ。気に入ってもらえて良かったよ」
「本当にうまいです! フルーツで煮込むなんて初めて知りましたよ! 凄いですね、こんな食べ方があったなんて」
「グレイの肉処理も的確だったからね、お肉が綺麗で使いやすかったよ」
ルートさん、すっかりみんなの胃袋を掴んでいるなあ……僕も料理、ちょっとは頑張ろうかな……
僕やコーラも手伝ったが、野菜を切ったり、赤ワインのコルクを抜いてルートさんに渡したりしただけだ。
「インター、すっごく美味しい! おじさんも獲ってきてくれてありがとう!」
「うむ。血を大量に失ったと聞いたのでな。精の付くものをと思っただけだ」
「好きなだけお代わりしてね。寸胴2個で、鹿一頭丸々煮込んだからさ」
僕らが食べる前に、魔力の子たちにも振る舞ってきたが、みんな初めて見る料理に驚きながらも、美味しそうに食べていた。
手足がないから、手隙のエルフたちに手伝ってもらって食べさせたのだが、昼食を食べ次第、治療を開始しなくてはと気が急く。
あと、全属性魔力による肉体の崩壊についても、早く調べないと――
―――――
「あの腕輪は、魔力容器から直に魔力を転送するんです。なので、容器から溢れた魔力が肉体を蝕むなんてこと、起こり得ないですよ」
「そ、そうなんだ……」
昼食の後、アプリに聞かれないようにと、イオを家の裏手に呼び出し、僕の憂いは、あっさり解消されたのだった。
「しかし、全属性魔力による肉体崩壊とは、考えていませんでした。そこまで長く生きる魔力の子自体、今までいませんでしたから」
星の魔力が溢れないように、排出器官として存在するのが魔力の子だ。
長く生きることを前提としていないどころか、赤子のうちに溢れた魔力で爆発してしまう子がほとんどだったということか。
「アプリも、あの子たちも、奇跡なんだね。今、生きているのは」
「ええ。でも、これからは当たり前にしていくんです。あの子たちが」
イオの視線が、魔力の子たちの家に向いた。
ウィンターン王の真意は分からないけれど、彼が世界中から集めてきて、魔力装置に繋いだお陰で、あの子たちが爆発せずに済んだことは確かだ。
「ウィンターンの王のことも気になりますね。本当にその者が肉体崩壊を起こさないまま、大人になっているのだとしたら――誰かが、魔力容器に干渉する術を得ているということですから」
「イオもそう思うんだ……僕も凄く気になるんだよね、それ」
固有魔法は、魂に紐付いていて、魔力容器は、魂と一体化している。
魔力容器に干渉出来るということは、僕が探している『固有魔法を魂にくっ付ける方法』のヒント――若しくは、答えそのものになり得るかもしれない。
「ウィンターン王が、魔力の子だということをアプリには話したのですか?」
「いや、まだ話していない。けど、あの子の願いが、全ての魔力の子を救うことなら、いずれ、話さなくちゃいけないことだとは思ってる」
ざあっ……と風が吹いて、木々の葉が宙に舞い上がる。
落ちてきた木の葉の一枚を手に取ったイオは、それを日に翳した。
丸く小さな虫食いの穴から、光が溢れる。
「一人も取りこぼさずに助けるには、根本の解決が必要です。でも今は、50人の子供たちのことを考えましょう」
「そうだね」
先ず、50人の手足を治そう。それから――
「あ、サム、イオも、ここにいたんだ」
「ルートさん。どうしたんですか?」
「それがさ、リィが覚えててね……サムが、あの時、リィを『母さん』って呼んだこと」
ああ、とうとうこの日が来てしまった。
「……話に行きます。ウィンリィに、全て」
※次回更新から、
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