子守唄
ウィンリィを抱き留めたルートさんが、漆黒の魔法銃をシュルンに向けた!
「待っ……て! インター!」
血だらけの手で、その銃口を塞いだウィンリィ。
僕は二人を結界で包み、シュルンには、反転結界を施す!
「なっ、何!?」
「動かない方がいいよ。その中、君が出す魔法全て、君に返ってくる仕様だから」
「っ!」
シュルンは、頭の良い子だ。短い説明でも全て察したのか、顔が青ざめていった。
無力化を見とめて、僕は、ウィンリィとルートさんの元へ走る!
「ウィンリィ! 見せて!」
「はっ、サム、だいじょ、ぶ……早く、離脱しよう」
「そんなこと! 早く見せ――」
僕が伸ばした手を遮るように、ルートさんがウィンリィを抱き上げた。
「サム、行こう。傷口を塞ぐぐらいなら、移動しながらでも僕に出来る」
「ルートさん……!」
彼から滲むのは、暗く、闇い、漆黒の怒り。
そして――
「長き停滞の果てに、我、進む一歩を請う その歩は、走りとなり、やがて、一本の青き道とならん」
! 術で一気に走り抜けるつもりだ!
僕は慌ててルートさんにしがみつく!
「電閃道!」
青と白が散る中、最後に見えたシュルンの顔は、後悔が滲んだ苦悶の表情だった。
廊下に出たところで、アプリを抱えたコーラと鉢合わせた!
「コーラ!」
「サム!」
僕は精一杯、腕を伸ばして、アプリを抱くコーラと手を繋ぐ。
電閃道でドアも門も強引に突っ切り、そこから一気に街道を抜け――あっという間に国境の一の門に着いた。
「リィ、もう少し我慢出来る?」
壊れ物を扱うようにウィンリィを抱き直したルートさんに、ウィンリィは、青ざめているけれど、光の宿る瞳で力強く頷いた。
僕は、ウィンリィの口元や服を濡らす赤を認識阻害で見えなくし、険しい顔のコーラと大きな瞳を揺らすアプリに目配せもして、一の門の扉を開ける。
「退国します」
「えっ? 点灯式の直後にですか!? 祭りはこれからですよ?」
「ちょっと、旅行の予定がこの後も立て込んでいまして……」
「あっ、そうですよね……異世界旅行者の方でしたね! なら、早くしないと!」
何だかよく分からないが、受付のお姉さんは、急いで手続きをしてくれた。
「はい、これで完了です。再入国可能日は、ひと月後になりますけど、またいらして下さいねー」
笑顔を作り、手を振って、門の外に出ると、何と、イオが来ていた。
「イオ!?」
「サム、帰りが遅かったので、何かあったのかと……!ウィンリィ!」
「イオ、コーラとアプリを連れて、海側から帰ってくれる? 僕とサムは、ここでリィの治療をしてから帰るから」
「分かりました。コーラ、アプリ、行きましょう。サム、認識阻害をかけておいてくれますか?」
「あ、うん」
足早に去って行った三人の背を見届けることなく、僕とルートさんは、門からほど近い林に入り、認識阻害込みの結界を張った中で、治療を始めた。
「っ……サム」
「大丈夫だよ、ウィンリィ、右肺を貫通しているけれど、傷は小さい……から……」
「サム、僕の魔力を使って、最速で治すんだ」
「はい!」
ルートさんのコートの上に寝かされたウィンリィの傷に手を当てると、傷口は、見る間に塞がっていったが、ウィンリィの頭花が、どんどん消えて行く。
何でだ!? 魔力残数と、体の怪我は、関係がないのに! これは、別の要因が……!
「サム? どうしたの?」
「これ……魔法毒だ……」
傷口ではなく、体の奥の奥――魂の中にある魔力の栓まで視界を広げる。
僕ら魔導士は、皆、魔力の栓を持っていて、その栓を開閉することで、魔力を出力し、魔法を扱うのだが……
「魔法毒!? まさか、それって!」
「ええ。栓が汚染されていて……魔力が垂れ流しです……このままだと、魔力と一緒に魂まで、流れてしまう……でも!」
それは、母の過去で、ルートさんがガレットから食らったものに似ていた。
「対処法を知っています! 大丈夫、ウィンリィは助かる!」
あの過去で、見てきたルートさんを治療した回復士たちの方法を、術式を思い起こす!!
「先ず、栓の汚染を除去する……」
栓同士を直で繋げるような、ガレットの使った高度なものではない――これなら、後遺症も残らずに治せるはず!
僕は、ルートさんから借りた魔力で、練った渾身の汚染除去を栓に向けて放った。
しかし、栓の強度が脆くなっていて、全力の除染にウィンリィの栓が先にもたなくなりそうで、やむなく止める。
「サム?」
「除染に栓が耐えられません……栓自体の回復をしようにも……汚染を除去しないと、回復魔法も届かない……」
母の魔力容器は、元のサイズから、無理に広げたものだ。
元々、この量の魔力を放出するのに、適さなかった栓は、摩耗が激しく、強度が落ちていたんだ。
ブチィッ!
音に、ルートさんの方を向くと、千切れた細い鎖と、その先の小さな手帳が目に入る。
「栓の強度を上げればいいんだよね……なら、フィジカルを整えよう」
ルートさんが手帳を開く。
「お願いエリィ、リィを助けて」
縋るようなその声。
ルートさんの口から初めて聞く声音だった。
彼の声に応えるように、手帳から、光が溢れて……
ふわりと、ウィンリィに翳す僕の手に、細くか弱い白い手が被さった。
あの過去で見たレモンイエローの髪に翡翠の瞳の少女が、僕に微笑む。
「エリィ……来てくれたんだ……もしかして、僕……けっこう重症な――」
エリィの白く細い人差し指が、ウィンリィの口に添えられた。
そして――
『いとしい、あなたへ、願う、この想いー
安らぎが、安寧が、永遠に溢れますようにー
大事な気持ちも、君に置いていくよー
私のこの想いは、この身、朽ちても、あなたの心でー生き続けるのだからー
おやすみ、おやすみー大切なあなたー永遠に良い夢を――』
それは、眠りの魔法だった。
フィジカルを根本から回復させるのに、最善の魔法だ。
瞼を閉じたウィンリィの表情がどんどん和らいでいく――
「エリィ……有難う」
「! サム、見えてるの?」
「はい、見えてます……レモンイエローの長い髪に、翡翠の瞳の優し気な少女が」
慈愛に満ちたその瞳は、ずっとウィンリィを見つめている。
『……子守唄』
歌い終わったエリィは、ウィンリィの額にキスを落とし、消えて行った。
「歌のおかげで、ウィンリィのフィジカルが全快しています。これなら!」
フィジカルの回復に伴い、魔力栓の強度も上がっているはずだ。僕は一気に流し込む! 解毒の魔法を!
「汚染除去、完了! あとは、魔力栓の治癒だけ……」
消えかけていた最後の頭花も、元の形を取り戻し、ウィンリィの治療は、無事に終わった。
「はあ、はあ、はあ……母さん、良かった……」
ドサァッ!
「ちょっ、サム!? 大丈夫――」
ルートさんの声がどんどん遠のいて行く。
僕まで倒れて、二人抱えて、あの大峡谷の風降ろしを渡れるのかな……まあ、チートなルートさんなら平気か……
そこで、僕の意識は途絶えたのだった。
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