シュルン
バタン!
「ただいまー!!」
「わっ!? リィ!」
ウィンリィとアプリが宿に戻って来たのは、夕暮れ時。
ちょうどルートさんが迎えに行こうとドアに向かった時だった。
「二人とも、随分楽しめたみたいだねぇ……」
「うん! たっぷり見て回ってたら、遅くなっちゃった。すっごく楽しかったね!」
「うん」
氷の迷路から二人が出て来た後、メイドさんの計らいで、ウィンリィとアプリはシュルンと一緒に祭りを見て回ることになったのだが……
「氷のお城も、とっても大きくて、綺麗だった」
「あら、大広間まで行ったのね」
「シュルンがね、まだ見てないって言ったら、見た方が良いって連れてってくれたんだ!」
余程楽しかったのか、ウィンリィは興奮気味に話し、アプリも頬を紅潮させていた。
三人が仲良くなることに懸念が無いわけではないが、子供たちが楽しめたのなら、何よりだ。
「ふう、リィ、分かってると思うけど、目的は見失っていないよね?」
「うん、勿論だよ。シュルンは全部知ってると思う――『魔力の子』のこと」
楽しげだった声から、明るさが消えた。
ウィンリィは、僕が淹れて来たお茶を一口飲んでから、話を続ける。
「あのお屋敷でね、シュルンが「子供たちが喜ぶことをしたかった」って話してた時、喜ばせたくて作った迷路じゃなく、そこで遊ぶ子供たちでもなく、あの子は、お屋敷の方を見てたんだ」
アドが見えなくても、ウィンリィはシュルンの目線だけで気付いたようだ。
「それでね、一緒にお祭りを見て回って、他に感じたことがあるよ。アプリもそうだよね?」
「うん」
ウィンリィとアプリは、確信を秘めた強い眼差しで僕ら大人を見上げている。
「シュルンは、悪いことをしていると思っていない」
手足を落として自由を奪い、ベッドに寝かせて、外に出さず、ただただ魔力を国のために搾り取る。
行為そのものを並べると「悪いこと」に他ならないが――
僕ら大人組が見たアドの報告幻覚には、続きがある。
地下二階の魔力装置を見た後、僕らは、地下一階へと戻った。
そこで見たのは、彼らの世話をするシュルンと使用人たちの姿。
眠っていた子たちも起きていて、シュルンと笑顔でやり取りをしていた。
『シュルン! オータンの迷宮図鑑、全部読んだよ! 次は、スプリーンのが見たい!」
『トトは、迷宮が好きねぇ……分かったわ、また探してくるわね!』
『シュルン姉! 私は、物語がいい! お姫様と騎士様のやつ!』
『ふふ、モモの好きな小説の作家さんね、来月新作を出すのよ。発売日に買ってくるわね』
『やったあああー! シュルン姉、ありがと!!』
これを話さなくても、共に遊んだウィンリィとアプリには、シュルンがどんな人間なのか、よく分かったのだろう。
「あの子がさ、優しい良い子でも、僕らがする事は変わらないよ。そこも二人は大丈夫?」
「ルートさん……うん、変わらないよ。『魔力の子』を50人全員助け出す。シュルンには黙って」
アプリの言葉ははっきりしていたが、瞳が少し揺らいでいた。
優しい娘が、友達に嘘をつかなくちゃいけないことに胸が痛む。
「インター、分かってる。だけど、それを踏まえて、聞いてほしいんだ。本当に『魔力の子』たちの手足は、切り落とされたのかな?」
「ウィンリィ、どういうこと?」
「シュルンはまともだったよ。普通はさ、望まないことだったとしても、人に危害を加えちゃったら、まともな精神ではいられないと思うんだ」
はっとした。
母を襲った軍命の後、加担した子供たちは、いつも苦しそうな顔をしていたから。
「精神安定の魔法とか使ってたら、また話が違ってきちゃうけど、本当に優しくて、良い子なんだ。そんなシュルンが、国に手足を切られて、虐げられている子供たちを、ただ見過ごすかな?」
確かにその通りだ。僕も、多分、コーラとルートさんも、同じことを感じたと思う。
あの子は、"良いこと"をしていると思っているのではないかと。
「つまり、手足のことも、魔力と自由を奪われていることにも、国のため以外に理由があるってこと?」
「うん、必ず理由があるよ」
ルートさんの問いを、ウィンリィは、強い瞳ではっきりと肯定した。
「ねえ、あなた、子供たちの部屋、ヘッドサイドにおもちゃ箱があったわね」
「うん。しかも、それぞれ、入っているものがバラバラだった」
それは、子供の好みに合わせて用意しているということ。
「はあ、図鑑なんかさ、分冊して軽くしてあったよねぇ……世話だけで大変だろうにさ」
手足がなくても読めるように、口だけで取り出せるように。
「確かに、国のため、以外に理由がありそうだね……でも――」
「それを確かめている時間はないよ」
「そうね……」
シュルンの優しさを知ってなお、作戦を決行するのは、冷たい判断なのかもしれない。
しかし、明後日は、領主もシュルンも屋敷を留守にする貴重な日。
この日を逃すわけにはいかない。
たとえ、シュルン側に理由があったとしても。
僕は娘の――アプリの顔を見た。
赤い瞳は、真っ直ぐに僕らを見つめている。
「サム、コーラ、ルートさん、ウィンリィ、私、みんなに感謝してる。魔力の子を助けたいのは、私個人のやりたい事なのに、みんなが真剣に考えて、協力してくれて」
「そんなの当たり前だよ! だって僕、アプリのこと大好きだから、何だって協力するよ!」
「っ……うん、私も大好き。ウィンリィが困ってたら私もなんだってする」
「僕もね、アプリのこと気に入ってるからさ、ちょっと手を貸すくらい、なんて事ないよ」
「というか、ルートさんのは、育児放棄しちゃった負目ですよね……」
「サム、こんな時までそれ言う?」
「まあ、ルートのことは置いといて、私もサムも、代理とはいえ、あなたの親よ。娘の望みは絶対に叶えたいと思っているわ」
アプリは、少し涙ぐんだ瞳で僕らを見ていた。
しかし、その表情は、笑顔だ。
「ありがとう……みんなの力も借りているのに、私は迷わないよ。シュルンにどんな理由があっても、こっそり盗んで、この国を出る。その事は絶対に揺るがない」
「アプリ……分かったよ。みんなで必ず、成功させよう」
うちの娘の覚悟は、揺るがなかった。
こういうところ――何があっても考えがぶれないところが、アプリはコーラに似ていると思う。
実の母娘ではないのに、血の繋がりと大差ない絆を感じて、そのことがとても嬉しかった。
「サム、私たち、明日の夜、またシュルンに会いに行ってもいい?」
「夜? 何かあるの?」
「シュルンが、良いものを見せてくれるって言うから……何かは、分からないけれど……」
「アプリは、行きたいのね?」
「うん」
「あ、僕も行くから、安心して、アプリのことは絶対に守るから」
「ふむ。それってさ、僕ら大人は行っちゃダメなの? 普通に危なくない? 暗くなってから子供だけで街を歩かせるなんてさ」
その発想はなかった! ウィンリィは、未来の僕の母で、肉体的に強くて、精神的にもぶれなくて、最強の母だったから。
「その通りね、同行しましょう。ね、あなた?」
「そうだね、それでいい? 二人とも」
アプリとウィンリィは、顔を見合わせて、
「もちろん! シュルンもさ、良いものって言ってたし、みんなで見たほうが絶対いいよ! ね! アプリ!」
「うん。私も、みんなで見たい」
その夜、遊び疲れたのか、アプリとウィンリィは、お風呂に入ると、すぐに寝入ってしまった。
最後の交流になるのだとしても、楽しく友達と過ごせた記憶として、二人の中に明日が残ると良い。
しかし、僕のその考えは、とても甘かったのだと――後に思い知ることとなる。
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