第2章 竜の集落とその運命(さだめ)第3話 遭遇と世界の理
僕らは一晩野宿して、早朝、山を下り始めた。
道中、成っていた木の実や果物を朝食代わりに食しつつ歩を進める。
「ふふ、アプリはそのグミが好物なのかしら? 美味しそうに食べるわねえ」
すっかりコーラに懐いた様子のアプリは、右手は彼女と繋ぎ、左手で背の低い木になっている桃色のグミを口に運んでいた。
グレイと僕も周囲を警戒しつつ、それを口に含む。
程よく甘く瑞々しい美味しい果物だ。
「このペースなら、夕刻前には家に着きそうですね」
「そっか。なら、アプリをシルバーの家に送って、夕飯はグレイの家で食べられそうかな?」
「あ、夕飯は村長が用意してくれると思いますよ! 前回と同じ肉沢山のスープとテーブルロールですが」
聞けば、シルバーは作れても、3品程度しかレシピを覚えていないそうだ。
「サムさんとコーラさんで何か秘伝の時短レシピがあれば村長に教えてあげて下さい。本来、料理は苦手な方なんです」
苦手なのに、努力して子供達のためにスープとパンを欠かさず用意しているというシルバーは良いお父さんなんだな、と僕は思う。
その時、和やかに下る僕らの目の前に、突如、花畑が現れた。
来た時は無かったその光景に、コーラは瞬時に魔法刀を出して臨戦体制を取り、グレイはアプリの後ろに回り、肩を抱いた。
僕も目を凝らして、空間の異常を探査する。
異空間だ……何者かの結界に閉じ込められた?
「そんなに身構えずとも、よい」
ぬるっと、何の前触れもなく、その人物は現れた。魔力パターンからして、この結界の作り主で間違いない。
「お主ら、我々に用があって来たのではないのか? それなのにとんぼ返りなぞ、よく分からぬな」
「我々? まさか!」
僕は目の前の謎の人物から目を離さずに、グレイの言葉を待った。彼の方が正確な答えと、対処を導き出せるのではと思ったからだ。
「申し訳ありません。不躾にただ観察をして、帰ろうとしたこと、お詫び申し上げます」
グレイが、前に出て頭を下げる。
「いや、いい。先ほども言ったがそんなに身構える必要はない。ただ、要件があるなら早めに聞いておこうと思っただけだ」
やはり、この人物は、竜か。
その姿は、人に良く似ていた。しかし、頭には左 右対称に斜めに真っ直ぐ伸びた角が2本ずつ生えている。
瞳も、人ではなく、爬虫類のものに近く、温度を感じづらい眼差しだ。
「立ち話で済むような話ではないのだろう? 帰り途中で気は進まないだろうが、集落まで運ぶぞ」
そう告げると、瞬く間に竜の姿へと変わり、僕らの目の前にその広い背を向けた。
の、乗れってことかな?
断るという選択肢が初めから用意されていない感じがする。
「サムさん、乗りましょう……とりあえず、そうするしかないです」
グレイが小声で僕に囁く。言う通りにするしかないし、問題解決に話し合いは、願ってもいないことだ。
グレイには頷くことで同意を表し、先ずは僕が竜の背に跨った。
そして、コーラに目配せをすると、彼女は刀を納め、アプリを抱き抱えて僕の後ろに跨り、アプリを挟んで、しっかりと僕の腰に腕を回す。
最後にグレイがコーラの後ろに跨った。
最後に振り落とされないように、全員を囲むように緩やかな結界も張った。
「……用意はいいか? 行くぞ」
竜の翼が、空気を殴り、一気に上空まで飛翔する!
先程の花畑の結界も突き抜けて、真っ直ぐに集落へと向かって行く。
「凄い」
コーラが感嘆の声を漏らす。竜の背に乗って空を飛ぶなど、僕らのいた世界では考えられないことだ。
僕自身、目の前の光景に、ただただ感動している。
結界のお陰で、身を切るような風を防いでいるので、はっきりと空と、流れるように通り過ぎていく雲、眼下の森を目にすることが出来た。
「アプリ、アプリ、大丈夫? コーラさんにしっかり捕まっててね!」
後ろからグレイがアプリを気にかける声が聞こえる。
「グレイ、大丈夫よ。しっかり捕まっててくれているわ。アプリ、凄い風景ねえ」
僕の背中越しに、アプリが身じろぎしたのが伝わってきたので、頷いたのだろうと思った。
風景を楽しんだのも、束の間。あっという間に、色とりどりのトルマリンが輝く竜の集落へと着いてしまう。
また人型をとった竜について、巨大な竪穴状の集落に足を踏み入れた。
中の通路では、意外にも人の姿で活動する竜たちとすれ違う。
人の姿の方が、少ない面積で大勢過ごせるからだろうか?
「ここで話をしよう」
竜が案内してくれたのは、最低限の家具のみのシンプルな作りの8畳ほどの部屋だった。
「何分、客人などもてなさないのでな。私の私室で我慢してくれ」
そう言うと、地面にラグのような柔らかそうな大きな布を敷き、そこに座るように促される。
靴を脱ごうとしたら、そのままでいいし、楽にしてくれと言われ、その通りに楽な姿勢で皆、座った。
暫し、訪れる沈黙。
「……あ、あの、竜、様?」
グレイが緊張で上擦りつつも、何とか声を出した!
「ああ。私はこの集落の長で、始祖竜アルカイオスと言う。アルと呼んでくれ」
「!」
ピキッと張り詰めるグレイの気配。
「……あな、たは、世界に5体しかいない……あの、竜の始祖様なのですか?!」
最初こそ、絞り出すような声音だったが、後半は興奮を感じるような大きな声だった。
「そうだ。だが、それがどうした? 大したことではないだろう。竜の成り立ち上、始祖がいるのは当たり前のことだ。それより、早くお前たちの要件を聞かせてくれ」
「……あ、じゃあ、とりあえず、僕たちも自己紹介をしようか」
ずっと口を聞いていいか分からず、グレイに任せきりだったので、僕も勇気を出して、発言したのだが……
「お前たちの素性はどうでもいい。この土地に我ら以外の知的生物が住みつき、我らに何か物申したい、ということさえ分かっておれば十分だ」
と、あっさり一蹴されてしまい、心折れそうになる。
「あら、アル、対話には互いの素性も必要ではないかしら? ある程度の相互理解がなければ、言葉は正しく響きにくいと思うわよ」
「情報過多は、誤解も生みやすいと理解しているが、そちら側の流儀はそうなのだな? 分かった。合わせよう」
この時、僕の隣でグレイが青くなったり、赤くなったりと忙しかったのだが、僕はコーラのこういう所を理解しているし、尊敬している。
コーラはこういう時、物怖じしない。
相手が誰であっても、忖度もしない。僕の妻は、いつだって、しなやかに芯が通っている。
それから、僕らは軽く自己紹介をした。
意外だったのが、アプリの魔力について、アルが全く触れなかったこと。
魔力の爆弾と評されることもある『魔力の子』をあっさりと集落に招き入れたことも引っかかる。
疑問を持ちつつも、それを聞く前に、グレイたちが瘴気に困っていることを伝えねばいけない。
僕はまたしても、言葉を飲み込んだ。
「サムとコーラは、異世界人ということだが、何ゆえ、獣人と我らの問題に脚を突っ込んでおるのだ? 何か、お主らに得なことがあるのか?」
「ええと、僕たちもこの世界のことを先ずはよく知りたいのと、路銀が必要なので、長からの報酬目当てなんです」
何だか、信念のない間抜けな回答だと思う。
しかし、この世界に来たばかりの僕らが、獣人と竜の問題に真摯に取り組みたいんです!と言ったところで、真偽に欠けるので、このくらいの匙加減がちょうど良いだろう。
本音を言うと、僕もコーラも、グレイやアプリに、だいぶ肩入れしてしまいたくなってはいたのだが。
「そうか、獣人の長も第三者の意見とやらを挟みたかったのだろうな……して、本題に入ろうか。
グレイ、お主らの要件とは我らが出す瘴気のことで間違いないな?」
「っ! は、はい。ですが、俺たちは後から来た者達です。だから、その、」
「我らに出て行けとは言わないと?」
「はっ、はい! そうです。俺たちは、双方出て行かずに歩み寄りたくて、アルさん達と話したいとずっと考えてきました!」
畏怖からか、辿々しいが、実直なグレイらしい言だ。僕が何か言う必要は、きっとないだろう。
「話したい、か。話したところで、現状は変わらんのだ」
「えっ? それは、どういうことでしょうか?」
「我らが行く所にお主らのような知的生物が居座ることなど今までなかった。故に、今から話すことは、竜と我らと同じ役割を担うシステムしか知らぬことだ」
ん?システム?話が壮大な方向に行きそうだぞ?
「この土地に我らが住み着く遥か昔。ここは長らく人間の領土だった。しかし、長い繁栄は深くその土地を汚染する。
我ら竜はその汚染を巻き上げ、己の魔力と合わせ、瘴気を産み、土地を浄化している『システム』なのだ」




