第2章 竜の集落とその運命(さだめ)第2話 認識阻害(デコレーション)
「サムさん、昨日話してたデコレーションって具体的にどんな魔法なんですか?」
無事、鬼大雀の群れを通過出来た僕らは、順調に頂上までの道のりを進んでいる。
そして、寝入っていたアプリが目覚めたあたりで、グレイが聞いてきた。
彼女の事情が衝撃的で、すっかり説明するのを忘れていた認識阻害魔法、デコレーションのことを。
話そうと口を開きかけたその時、風下にいた僕らを瘴気が包む。
目視出来るほど茶色く色付く空気に、一度歩みを止めるよう、グレイが手を上げた。
彼の指し示す先に見えたのは灌木が茂る場所。
そこに移動し、身を屈めると、瘴気は頭上を通り過ぎて行く。
「防御魔法に身を包んでいるとはいえ、なるべくなら、避けた方が良いでしょう」
「ええ、有難うグレイ」
「ここまで、濃い瘴気が降りてくるということは、目的地は近いのかな?」
「ええ、風が止んだら見えるはずです。彼らの集落の証……」
グレイの指し示す先をみんなで見る。
キラリと光る巨大な桃色の石。
「……ピンクトルマリン?」
「えっ? サムさん達の世界でもそう呼ぶんですね。あれは、竜達の排泄物なんです。魔力を糧に生きる彼等の体内で生成される魔力の残りカスなのですが、人間と獣人も宝石として珍重しています」
宝石が排泄物?!
隣の妻を見やると、口元に手を当てて、あらまあと呟いている。
さほど、ショックは受けていないようで何よりだ。
「僕らの世界だと、宝石……というか、鉱石は主に山で取れるものなんだけど」
「ああ! こっちでも基本はそうですよ。何というか、竜の成り立ちが特殊なんです。彼らは元々大地が産んだ精霊のような存在なんですよ。鉱石は大地が長い年月を掛けて育むでしょう? 多分、それと同じ理屈なんです」
な、なるほど、竜は大地そのものということなのかな?
「もう少し登ると、彼らの集落を真上から観察出来ます。そしたらピンクだけでなく、様々なトルマリンを見ることが出来ると思いますよ」
「ふふっ、まるで綺麗なものを見に来た観光客のようね、私たち」
「あはは、そうだね。でも、気を引き締めて行くよ。あと、認識阻害もうかけておこう」
グレイの灰色の瞳が知りたかった!という風に光り、僕は説明なしにそれをかけた。
「はい、かけたよ」
「えっ? 何も変わってないような……」
グレイの言葉を受けて、回りを見渡す。
小動物でも居れば、分かりやすいのだけど……
「あっ! あれ?? いつもは逃げて行くリスが! 俺の肩に登って来ましたよ!!」
あ、良かった。ちょうど良く小動物が居た。
「今、グレイはそのリスに生き物として認識されていないんだ。多分、木だと思われてるよ」
「ええ!? 凄い! 可愛い! ちょっとどれに驚いたらいいのか、分からなくなってますよ! 俺!」
未だかつて、この魔法を使って、こんなに喜んでくれた人がいただろうか。
アプリとコーラも、グレイの肩のリスの可愛さを堪能するように、目で追い続けている。
えらく和やかムードで、大地そのものだという大きな存在を見に行く空気ではなくなっていた。
気を取り直して向かう最中、グレイに竜のことを更に深く聞いてみる。
「えーと、つまり、竜は大地そのものなので、多くの種族が神として崇めていたりします。
人間の中にも数多くの竜由来の信仰が根付いていますよ」
隣の妻の顔を二人に気付かれないようにそっと、盗み見ると、彼女は無表情で目は光を失っている。
妻はここに来たばかりの時に、僕を助けるために、竜を一体、屠っているのだ。
た、助け船を出さないと。
「でもさ、竜に襲われることもあるよね?そういう時は流石に神様と言えど、反撃はするんでしょ?」
「ええっ!? 襲われることなんて! 余程の高魔力保持者でないと有り得ませんよ! それこそ、100年に1人の逸材くらいでないと!」
ええ!? じゃあ、何で僕、初日に喰われそうになったんだ?? しかしそれよりも、確かめたいことがある。
そこで、僕は小声で彼の耳に疑問を落とした。
「アプリみたいな『魔力の子』は?」
「それは先程もお話した通り、暴発の危険性があるので、滅多な事じゃ口にしません」
「そっか。だからこそ、アプリを選んだんだね? グレイは」
「はい。それと……他にも理由がありますが」
グレイの目がアプリをちらと見る。
その目には、守らなければいけない存在を危険に晒さなくてはいけない葛藤が浮かんでおり、僕はそれ以上聞けなかった。
余程の事情なのだろう。彼の、彼らの人柄を思えば、容易に想像できる。
山の頂上につき、そこから竜の砦を見下ろすと、色とりどりのトルマリンが周囲を囲む巨大な穴が見えた。
その穴には更に幾つもの横穴があり、そこから、竜が出入りをしている。
彼らの姿は初日にコーラが倒した竜とは、異なっており、隣の妻は安堵の表情を浮かべていた。
「とても大きくて荘厳だね……魔力も満ち満ちているし……」
「ええ。それに何百年も生きるので、知識の上でも、俺たちは及ぶべくもないです。まさに神、ですよ」
やはり討伐は不可能か。残るは対話のみ。
まあ、今回の依頼はとりあえず『竜の集落を見てくること』だから、達成は出来ているが。
「サムさんの魔法のお陰で、全く気付かれていませんね。こんなに近くで観察出来るのは初めてですよ」
グレイは竜の集落をずっとその灰色の眼で凝視している。
ええと、僕ら、もう帰りたいんだけど……
その時、くいくいとアプリが彼の服を引っ張った。グレイが彼女に視線を移す。
「あっ、ごめん。そうだね、もう帰ろう」
アプリが、帰りを促してくれた……有難いけど、子供に空気を読ませてしまって、申し訳ない。
それから、下山途中に夕方になってしまったので、僕らは一泊だけ野宿することにした。
焚き火は竜に居場所を知らせてしまうかもしれなかったので、魔法で小さな灯りを灯らせて、夕食を取る。
メニューは、シルバーが念の為に持たせてくれた大きな素揚げのおにぎりだ。
中に具が沢山入っており、グレイが「湯に溶かして、雑炊にするんです」と言って、人数分、湯戻ししてくれた。
夜は冷え込む山の中で、暖かい雑炊は本当に有難く、体に沁みる。
満腹のアプリが、コーラの膝枕で眠りに落ちた頃、グレイが彼女について、ぽつり、ぽつりと、話し出した。
狩りに出ていた彼にアプリが手伝いたいと申し出たこと。
まだ子供だから、そんなことしなくていいと言っても、引き下がらなかったこと。
「アプリは、自分の事情をよくわかっています。
俺も、ノアもこの子を危険な目に合わせたくありません。でも、アプリには自信が必要なんです。この村にいてもいい理由が。もちろん、俺たちは何もしなくてもいていいんだよと何度も言いましたし、今もそう思っていますが……」
アプリは納得しないし、出来ないのだろう。
自分のことを魔力の爆弾だと思っているのなら、尚更だ。
この子がそれを気にしないで遊び回れるようにしてやりたい。どうにか出来ないだろうか。
「……アプリの魔力を何処かに移したり、流したり出来る仕組みがあればいいよね」
「はい。そうなんですけど、そんな器用な真似が出来る獣人は、この村どころか、この国にはいません」
何で、いないと言い切れるのだろう?
「この国の大きな街……例えば、城下町の魔導士とか当たってみる価値はないの?」
「はい……無駄なんです。開国たった70年のこの国では『魔力の子』と呼ばれるアプリのような子達の対処法がまだ確立されていないんです」
そうなのか……なら、別の国なら!
「他国は? 戦争中ではないのなら、助けを求めてみてもいいのでは? それに、他国の『魔力の子』がどうしているのかも参考になるんじゃないかな?」
グレイは、悲しそうな顔をし、言いづらそうに口を開く。
「他国に助けなど、無理なんです。俺らは、この土地に逃げ込むしかなかった。虐げられし種族なんです。
外に出れば、他国に入れば、途端狩られる獣になる。
捕まれば、剥製か奴隷の2択しかありません。
この国以外に、俺たち獣人に居場所も頼れる拠り所もないんです」
僕は絶句した。代わりに妻が何か言わないかと左隣を見る。
が、コーラはいつの間にか、アプリと2人防寒具に包まり、眠ってしまっていた。
「ごめんなさい、サムさん。この世界に来たばかりなのに、こんな話してしまって」
無理に笑ったグレイの顔は辛そうに歪んでおり、僕はやるせなくなる。
こんなに思いやりある彼らが虐げられるこの世界に憤りすら感じてしまう。
「グレイ、話したくないだろうに、教えてくれて有難う。腹立たしいけれど、それがこの世界の今なんだってことだけ、飲み込むよ」
僕は、隣の彼の大きな肩を掴んだ。
言葉は使わない。何の気休めにもならないから。
この世界に来たばかりの新参者の僕にできること、それは……
自分は彼の味方だと、態度で精一杯、示すことだけだった。




