番外編 子供たちの休日
サムが勇んで、『魔力の子、50人の救出作戦始動だ』
と言ってから、三日後。
彼らはまだ作戦を実行できずにいた。
理由は、アイスエッジの警備が最も緩くなるイベントを待っていたから。
『誰にも見つからずに盗みに入るなら、一週間後に始まる新年祭を狙うといい。年に一度、年が明けてから七日間行われる祭だ。
入国審査も、観光客の多さに雑破になる時期の上、中日には、内部の警備も甘くなるらしい……と販売所で買い物をしていた旅人が言っていたぞ」
という長の話に、彼らは確実に救出するために、機を待つことにした。
そこで男たちは、家を快適にしようと更なるDIYに精を出し、コーラは引き続き剣修行、子供たちも連日修行に励んでいた。
しかし、息抜きも必要だろうとの長の勧めで、子供たちは、里の外れに設置されている販売所に足を運んでいたのだが――
「わあー! すごい! 大きなチーズがいっぱいだ!」
「ころころ丸い小さなのもある」
「アプリ、これはね、ストーンチーズって言うんだ。名前の通り、すっごく硬いから、飴玉みたいに舐めとかして食べるんだよ」
エルフの里は、サマーンの砂漠地帯と隣接しており、ストーンチーズは、サマーンに向かう旅行者たちにとって、貴重な保存携帯食である。
それ故、販売所には、多種多様な大きさのクリーム色のストーンチーズが並んでいる。
「ウィンリィ、これ、猪の形してる……」
「ほんとだ! すごい! 面白いね!」
「お前、さっきから凄いしか言ってないぞ? アプリ、これはね、飾りと実益を兼ねた商品で、国の家族にお土産にする人が多いんだって」
「そうなんだ……」
アプリは、その様々な動物や、家具、人の形に彫られたチーズをじっと見つめた。
本当は手に取って見たかったが、何分、食品だ。
見た目の年齢より精神年齢が高い彼女は気を回し、触ることが出来なかった。
「お嬢ちゃん、手に持って見てみるかい?」
「え……でも……」
エルフにしては恰幅の良い店番の女性が、布越しに狼の形に彫られたものをアプリに差し出す。
「布越しなら、気にならないだろ?」
「あ、有難うございます」
その狼は、リアルなものとは違って二足歩行でデフォルメされた可愛らしい造形になっており、それはアプリに、昔のノアを連想させた。
「アプリ、それ欲しいの?」
「うん。お金あるから買おうかな」
「ノア、君がプレゼントしたら?」
「なっ、い、言われなくても、そうしようと思ってたよ!」
「あはは、ごめん、そうだよね」
「あ、あの、ノア」
アプリがわたわたと焦る間にノアはアプリの手の中の狼をおばちゃんに渡した。
「これ、下さい」
「ふふ。良い彼氏を持ったねぇ、お嬢ちゃん」
そう言った店番は、小さなシュガーストーンもオマケにつけてくれた。
「甘くて美味しいね、二人とも」
「そうだね」
「獣人の村にはこういう砂糖菓子みたいなのほとんどないからさ、衝撃だったなー最初はさ」
三人が話しながら、舐めながら、店を見ていくと、子供が商人用の販売スペースの前にいるのが目に入る。
「フォス、三ヶ月前の注文分、出来てるぜ。蜜蝋コーティングのストーンチーズが250キロ、コーティング無しが25キロ、蜜蝋が5キロ、蜂蜜が3キロ……確認してな」
「フルオルさん、有難うございます。検分します……?この蜂蜜飴は頼んでいませんが」
「それはな、あんたへのお土産さ。お家帰ったら妹ちゃんと食べな」
「……有難う、ございます」
その子供は、大きな黄色い耳を本来の人の耳の位置に携えて、お尻と腰の間からは、ふさふさの太い尻尾を下げていた。
「キツネの子だ! 可愛い!」
「こら、ウィンリィ、いきなり可愛いは失礼だぞ、あれは男だ」
自分に近付きながら大きな声で特徴を言われては、フォスも、流石にウィンリィたちの方を向いた。
「あ、同族……」
「おや、お前さんら、長の客人だろ? 子供たちだけで見学か?」
「はい、長が息抜きも大事だと言うので……」
「そうか、そうか。フォス、裏手の商談スペース使っていいからよ、話してみたらどうだ? 道中、同年代と話すことなんざないんだろ?」
「え……でも……」
「次の砂漠を行く風車来るまで、かなり時間あるだろ? な?」
「……はい」
―――――
「あの、すみません、フルオルさん……ちょっと強引で……」
「え? 僕らはとっても嬉しいよ! 僕はウィンリィ! 君はフォスでいいのかな?」
「あ、はい。フォスで合ってます」
「僕はノア」
「私はアプリ」
商談スペースには、テーブルと椅子が四つ並べてあり、子供たちは着席すると、自己紹介をして、互いのことを語り合った。
「へえー、すごいね、一人で買い付けに来たんだ!?」
「ウィンリィ、マジで今日、凄いしか言わないな……アプリ、君の姉貴分さ、馬鹿じゃないけど、語彙力がないよね」
「むっ! ノアは、可愛い顔して、結構辛辣だよね! アプリにうつるといけないから、兄貴分として言葉使いには気をつけなよ」
「ぐ……。確かにそうかも、気をつけるよ、アプリ」
「えと、二人ともそのままでいいと思う。私はそのままの二人が大好きだから……」
「うっ……」
真っ赤になるノアに、
「やった! 僕も大好きだよ!」
アプリを抱きしめるウィンリィ。
「ふふ……三人は仲が良いんだね」
フォスは、家で待つ妹のことを思い出していた。
ちょうど目の前のウィンリィとアプリくらいの年齢差で、二人の姿が自分たちの姿に重なったのだ。
「あ、ごめんな、三人で話して……フォスはさ、サマーンのどのあたりに住んでんの? ここから何日もかけて帰るんだろ?」
「僕は……乾燥地帯の入り口から入って、真ん中あたりの熱帯地方の始まるところに住んでる。ここからだと、七日くらいかな。」
「そんなに長く一人旅をするの? 気をつけてね……魔獣も出るんでしょ?」
「出るけど、気配を察知したら、遠回りをするから、遭遇することはほぼないよ」
「すごい! 危機探知能力が高いんだね!」
「ふふ、今日のウィンリィ、本当に凄いってたくさん言うね……」
そうして、四人で話していたら、あっという間にデザートバスの時間が来てしまったので、さよならの時間になってしまった。
「これあげる」
「わあ、クッキーだ!」
フォスが、アイテムボックス仕様の斜めがけ鞄から取り出したのは、木箱に入ったバタークッキー。
「わあ、久しぶりに見たよ……獣人の村じゃ、麦は食事用以外に割けるほど作れなかったから、小麦のお菓子は……」
「年に一度の誕生日に楽しむものだったね」
三人は一様に目を煌めかせた。
ウィンリィもこの世界に来て、クッキーは王宮でしか食べていなかった上に、濃厚なバターの香りがするそれは嬉しくて仕方がなかった。
「喜んでもらえて、何より。それ、うちの店の販売品の一つなんだ」
「あ、僕も! お返しにお菓子渡すね!」
空中で、ごそごそと空間に手を突っ込みはじめたウィンリィを、フォスは、こんな魔法があるんだ……と驚きの瞳で見つめたが、遠くの景色に、こちらに向かってくるデザートバスを見とめて、深く聞くことは諦めた。
「はい、これはね、ミルクキャラメルっていうお菓子だよ!」
白色のラインが入った茶色の紙のような質感の密閉された袋を渡されたフォスは、その見たことのない包装に目が釘付けになる。
「これ……どこで?」
書いてある文字は、サマーンの公用語と同じで、ウィンリィの発したミルクキャラメルと書いてあったが、自国では見たことのない商品だった。
「あ、えと……ね、これは遠ーくにある僕の故郷のお菓子なの。砂糖とミルクで作った柔らかい飴みたいなものだよ? 熱に弱いんだけど、その鞄があるなら、溶けずに持ち帰れるかなって思ってさ」
ウィンリィは、フォスが大量の注文品を仕舞い込んでいた斜めがけのバッグを指差した。
商人の必需品であるその鞄は、アイテムボックスと同じく空間系の魔法が施されている魔法具だ。
その時、ぶぶーっ! と大きな音を立てて、デザートバスが到着し、フォスは慌ててキャラメルを仕舞い込む。
「あ、有難う! ウィンリィ、ノア、アプリ! サマーンの熱帯地方の入り口の街『トロピクス』の『ロードトゥロード』って店が僕の家だから、いつか立ち寄って!」
話しながらバスに乗り込むフォス。
「うん! 絶対行くよー!」
「元気でなー!」
「気をつけてー!」
バスの最後尾座席からフォスは見えなくなるまで手を振り続け――
三人も同じように手を振り続けたのだった。
―――――
「ただいま」
「おお! フォス! 無事か?? 怪我は? ないな?」
店の中に入るなり、体中を触って息子の無事を確認した父親は、ほっと息を吐く。
彼の息子は、まだ12歳。
一人で往復二週間の道のりを買い付けに行くなど、最初は反対だった。
しかし、末娘の病状がここのところ思わしくなく、とうとう、「父さんと母さんはサーシャの側についてやって」と息子に言われてしまった。
更に、「僕は獣人だから、人より丈夫だよ。買い付けの度にぐったり一日寝込む父さんより適任だ」
と言われてはぐうの音も出ない。
「父さん、これ、品物たち、欠品はないよ。エルフの里の人は仕事が正確で僕、好きだな。じゃ、アイテム倉庫に入れてくるね」
「フォス、そんなのは、父さんが後でやるから、お前は休みなさい。長旅で疲れているだろう?」
「大丈夫、疲れてないよ」
「な、なら! サーシャのとこに行って来なさい。しまうのは父さんがやるから、たっぷり二人で旅の話をしておいで?」
妹の名前を出されては父親の言うことを聞くしかないフォスは、頷いて妹の部屋へと向かった。
ちょうど渡したいお土産もあったし、と思いながら。
「サーシャ、入るよ?」
コンコンとノックをして入ると、サーシャはベッドで本を読んでいた。
「フォス兄! お帰りなさい!」
「サーシャ、起きてて平気かい? 顔が赤いけど……」
「平気だよ! さっき解熱剤飲んだから!」
「もう、なら、尚更寝てないと……」
「嫌だ! フォス兄がいるのに、尚更寝てなんかいられない!」
「……もう」
病弱な体とは裏腹に心は元気いっぱいな妹は、実の妹ではない。
この家の父も、今は買い物に出掛けている母も妹のサーシャも、人間だ。
フォスは7歳の時に養子として迎えられた子供だった。
「今のサーシャにちょうどいいお土産があるよ」
「げ……また滋養強壮の乾燥薬草とかでしょ? 苦いのは嫌だよ、もう……」
「ん、これは苦くないと思う」
鞄から取り出したのは、ウィンリィがくれたキャラメルの袋。
それを開けて、中から数個取り出すと机の上に置いた。
「? これ、なあに? くんくん! すっごく甘い香りがする!」
「ミルクキャラメルという遠い異国のお菓子だよ」
「? 異国? これ、サマーンの文字だよね?」
サーシャは、キャラメルの包み紙に小さくミルクキャラメルと書いてあるのを指差した。
「そうだね……でも、これをくれた友達が、遠い異国のお菓子だっていうから、異国のものなんだよ」
「そうなんだ……いただきます!」
「僕も食べようかな、いただきます」
ぱくっ!と二人同時に口に放り込むと、今まで食べたことのない食感が口内に溢れた!
「何、これ……柔らかい……」
「それに、すぐ溶ける……」
食べたことのない美味しさに、二人はほっぺが落ちると本気で思った。
が、その頃、ウィンリィたちも、もらったバタークッキーを食べながら、
「ほろほろしっとりでめちゃくちゃ美味しいー」
「こんなの高級菓子だろ……」
「ふふ、幸せな味だね……」
と、乾燥地帯ならではのすましバターをふんだんに使ったクッキーに感激していたのだった。
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