男たちのDIY
和やかにランチを囲む僕らの邪魔をしたのは、うちの妻にちょっかいをかける厄介エルフ、フローガだった。
「はあ、僕の名前は、ルート。ルート=インターって言うんだ。深淵のなんとかじゃなくて、普通の、一般的な、闇属性の魔導士だよ」
あまりにも深淵、深淵と呼ばれて、さすがにうんざりしている様子のルートさん。
だが、普通でもなければ一般的でもない。
この人は、僕の世界では間違いなくトップクラスの魔導士だったのだから。
「そういうことにしておいてやるよ、ルート?」
「うん。もうめんどくさいからそれでいいよ」
二人のやり取りを聞きながら、僕はコーラは何処かと視線を巡らせた。
しかし、何処にも妻の姿はなく、一緒に来てはいないようだ。
「フローガ、コーラはどうしてるの?」
「コーラなら、自主トレをさせているよ。本当は今日も俺が付きっきりで鍛えてあげたかったけど……」
フローガは、積み上がった丸太を見やり、
「朝から始めてこの進捗じゃあ、明日もこっちに来ないとダメそうだな。はあ、コーラはあんなに優秀なのに、本当、君は釣り合わない夫だな」
確かに、うちの妻は、美人で、上級魔導士で、刀の達人で、優しくて、立ち居振る舞いが優美で、とにかく日の打ちどころのない、僕には勿体無い奥さんだ。
対して僕は、容姿は置いといて、平魔導士で、魔力量が足りなくて満足な攻撃手段がなくて、気遣いもできてるか微妙で、おまけに服のセンスもなく、娘に『お父さんのえらぶ服、なんか変』と言われてしまうような男だけど! それでも!
「僕を下げるってことは、僕を選んだコーラの審美眼も下げるってことだ……それだけは許さん」
「へぇ……意外だな。昨日は俺に意見なんかしなかったのに、今日は言うじゃないか。ならさ……」
フローガは、腰まである獅子のように逆立つ赤い髪を紐で縛り、丸太を指さす。
「今日は君の隣で指導するから、己の有能さを示してみな? コーラの夫たり得るだけの男だってね」
くそが! いや、くそは言い過ぎか……腹立つ野郎……いや、今は女性か……ああ、ややこしいな!
「ムカつくフローガだな。分かったよ。受けてやる!」
「あっはは! 面白いね! じゃあ、僕らは二人の邪魔をしないように静かに作業しようか、カイ、グレイ?」
「異論はない。早く始めよう」
「えっ、ええ、あ、はい、そうですね……」
カイは、早く建てて竜の砦に戻りたいのだろう。
グレイからは、どうしてケンカしてるんだろう? みたいな動揺を感じる。
「よし、じゃあ始めよう。先ずは土台を敷いていくよ」
そこから、フローガ主導で骨組みを組み上げていった。
材木加工は最小限にして、元々の木をナチュラルに使う手法だったので、あっという間に骨組みが完成した。
カイとグレイは、見た目通りの逞しさで、丸太を持ち上げて、僕とルートさんで、細かな嵌め込みを担当した。
「粗方、綺麗にはまってはいるようだね。でも、まだ隙間があるな。細かな木片で埋めていこう」
「フローガ、それよりも良い方法があるよ」
調整は、僕の得意とする魔法だ。
僕は、回復魔法でもよく使う傷を残った皮膚で埋める魔法の応用で、はめ込んだ部分の隙間を、木そのものの部分を僅かに増殖させて、隙間を無くして見せた。
「凄い! 隙間が全然見当たらなくなりましたよ!」
「ふむ。サムはこの程度のこと、造作もないだろう」
「サムは本当に器用だね。これなら、『魔力の子』たちの身体のことも大丈夫そうだ」
みんな褒めすぎなんだけど……いや、嬉しいけども。
「ふん。確かに見事だね。コーラは手先の器用さに惚れたのかな?」
いちいちムカつくな! てか、それだけじゃ、きっとないし!
その時、ぽん! と肩をルートさんに叩かれた。苛立ちを抑えられず、眉を顰めた僕に彼は満面の笑みでウィンクをして見せる。
「……何ですか? ルートさん……」
「いやさ、僕の気持ちが分かったんじゃないかと思って」
ああ、ウィンリィにアプローチしてるプラシー君のことか。
「はあ、まあ、そうですね、悪かったですよ、その節は」
「あはは、分かってくれて嬉しいよ」
その後も、フローガの言う通りにどんどん組み立てていった。
50人もの大人数が寝泊まりする平屋はとても長く、基本の骨組みだけでは壁の強度が不安なので、更に柱を数本足した。
そして、骨組みの間には、癪だけどフローガが作って持ってきてくれたレンガを隙間なく積み上げて――
何と、一日で、少なくとも雨風を凌げるところまでは完成してしまった。
「凄いです、皆さん……俺が自分の家を建てた時は、ここまでくるのに、大人五人がかりで一月はかかりましたよ……」
「そうなんだ……もう、家づくりの常識が分からないや……」
「見てサム、みんな、綺麗な夕日だよ……」
「後はサムたちだけで充分だろう。これで俺は今夜にでもイオと砦に帰れる。礼を言う、フローガ」
「竜に礼を言われるとはね……長く生きてみるものだな……ま、力仕事が苦じゃない竜と獣人がいたしね、こんなものだろう」
フローガは、トントンと外壁を軽く叩く。
「強度もばっちりか……君の調整魔法のお陰だな。隙間なく密度の高い壁に仕上がってる。まあ、認めてやるよ、コーラの旦那としてね、サム?」
「そりゃどうも……」
ふっははははー!! 認めさせてやったぞ! やったよ! コーラ! ウィンディ! アプリ! 母さん!
そして、帰り道。
フローガは、風の魔法で颯爽と家に帰り、コーラのことも風の魔法で後で送るからと言ってくれた。
「ねぇ、サム」
「何ですか? ルートさん」
先を歩くカイとグレイの後ろで、僕らは並んで歩いている。
「その素顔を晒せばさ、フローガは簡単に君を認めたんじゃないかな?」
「へ?」
僕の素顔? これにそんな価値があるわけがない。
「そもそもさ、何で君、顔にまで認識阻害かけてるの? その整った顔、わざわざ隠す利点がどこにあるんだか」
はあ……と溜息混じりに言われて、僕は過去を思い返して――思わず俯いた。
「良いことがなかったからですけど……」
「そうなの? まあ、大方、優秀な両親に顔はよく似てるのに、魔力量は似てないとでも言われたんでしょ?」
ぐ……その通りだけど、それだけじゃない。
「その顔、図星なんだ? でもそれだけで隠すほどのことかなあ?」
「それだけじゃありません。ルベルに……」
おっと、ルートさんはルベルのことを知らないんだった。
「ああ、ルベルちゃん絡みか……それはめんどくさそうだねぇ」
「えっ? まさかコーラに聞いたんですか? ルベルのこと……」
コーラが自分の過去のことをルートさんに話すなんて……随分仲良くなったんだなあ。
嬉しいけど、何か複雑だ。
「うん。君とアプリがさ、プラシーと一緒に洗濯に行った時にね」
「……なんて聞いてます?」
「とても綺麗な従姉妹で、アベルの娘だってことくらいかな。ちなみにリィもその場で聞いてたよ」
えっ!? 母さ……ウィンリィ、自分の好きな人に娘がいることを知っちゃったのか!?
「そ、それで、ウィンリィは、何て?」
「それがさ、大して気にした風でもなかったんだよ。僕が思うに、今、あの子の心を占めている男の子は、君のお父さん――スノークだと思うんだよね」
な、な、な、なんだってー!?
とうとう父の時代が訪れたのか!?本当に!?
「やった!」
「サム、本音が漏れてるよ? 少しは気を使ってほしいなあ……僕に対してさ」
「はあ、心にも思ってないでしょうに」
とは言いつつも、隣のルートさんの瞳が寂しげに揺れているのを僕は見逃さなかった。
少なからず、ウィンリィの心を占める僕の父の存在は、彼の心に影を落としているのかもしれない。
「はあ、リィってさ、結構一途だよね……未来でも、ジンと付き合ったり、僕とも色々あったのに、結局は、スノークの元に回帰したんだものね……」
いつも余裕たっぷりなルートさんらしからぬ物言いに、僕は思わず目を見開く。
手帳を手放さない限り、ないとは思うけど、この世界のルートさんがもし、情緒不安定になって、僕の世界のルートさんみたいなことになってしまったら――そう考えるとぞっとした。
「あ、のルートさん。スノークの息子の僕に言えたことじゃないかもしれませんけど、今のウィンリィがあるのは、ルートさんの存在ありきだと思いますよ? だって、あんなに、その……」
喉まで出かかった言葉を本音では言いたくなくて、僕は口を噤んだ。
「あんなに、何?」
「ルートさんのこと……大好きなのに、ですよ」
言って、げんなりした。何で父の恋敵の応援をしてるんだ、僕は……
「はは、保護者としてはね、絶大な信頼を得ているなあとは思っているよ?……まあ――」
僕としては、最大限の賛辞を述べたつもりだったが、テンション低めの声で返されて、まだ落ち込んでいるのかなと思い、彼の瞳を覗きこんだ。
が、そこに想像していた暗い色はなく、代わりに、黒曜石の瞳が怪しげに光っていた。
「長期戦なのは、覚悟の上だし? この異世界で、容易に逃げ出す場所もない筈だしねぇ……」
「怖! ウィンリィ逃げて! 超逃げて!!」
ルートさんのことなど、心配するだけ無駄なのかもしれない。
「面白かった!」
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