男たちの家づくり準備
「どうして! どうしてあなたなのよ!? ずるい! 私が娘なのに! なんで、なんで……私じゃないの? なんであなたが、刀なのよ!」
その子は、コーラとお揃いのチョコレート色のサイドテールを振り乱して、喚き散らしていた。
5歳になって、軍魔導士としての訓練が始まり、この日は初めての職性魔法の訓練日だった。
それまで、二人はとても仲が良くて、姉妹のように僕には見えていた。
「私だって――」
小さく消え入りそうな声で、コーラが呟く。
それは、隣にいた僕だけに届いた切ない願い。
僕は、思わず手を握ったけれど、コーラは握り返さなくて――
ただただ、溢れた雫が僕らの手を濡らしていた。
―――――
「ふわあ……」
「あら、欠伸なんて珍しいわね」
昨晩、コーラがルベルの名を口にしたからか、えらく昔の夢を見てしまった。
「ちょっとね、考え事してて、寝不足なのかも……」
「ふふ、目を覚まさせてあげる」
未だベッドの上で目を擦る僕の手をコーラが掴み……
ふにっと唇に柔らかなものが押し当たった。
「!……」
「どう? 美味しくて目が覚めたかしら?」
一口大の塊をもきゅもぎゅ……と噛むと口内に広がる酸味を帯びたミルクの味。
「美味しいけど……これ、どうしたの?」
「早起きして、外で素振りをしていたら、フィルさんがくれたの。羊のフレッシュチーズで、アンソティロスと言うそうよ」
ああ、養蜂以外にチーズ作りもしているって言ってたな。
これはこれで美味しいけれど、期待していた覚まし方じゃなくて、僕は妻をじとっと見つめた。
「早起きは三文の徳よねぇ……あら? その目、何か言いたそうね?」
「別に……」
僕とコーラは、23年も幼馴染をやった末に一緒になった。
だから、甘い空気とかになることが殆どない。
分かっちゃいるのだけど……たまには――
「コーラ」
ぐいっと彼女の腕を引き寄せ、ベッドに倒れ込ませた。
その上に覆い被さったところで――
バタン!
「コーラ、サム! 今日さ……」
まじか……母さ……じゃなかったウィンリィ!
「ご、ごめんね!」
バタン!!
「ふふっ、何度目かしらね? この展開」
「もう……ほんと、13歳なのに、僕を育てた母さんと変わらないんだから……はあ」
―――――
その日の朝食。
ルートさんが焼いてくれたホットケーキの良い匂いが漂う中、ウィンリィが先ほど言いかけたことを長が話してくれた。
「子供たちとコーラは修行をしておる。この隙に男衆で家を建てたらどうなのだ?」
そうだった! 長は、里の敷地内に匿うことは許してくれたが、住むところはないと言っていた!
僕らはこれから保護する50人の『魔力の子』たちの住居を用意しないといけないのだ。
「この里の家は、木を骨組みに使った煉瓦造りが主流だ。木材は、森の中の印のあるものを使ってよい。壁は、サマーン産の砂とこの里の土と藁と水で作った日干しレンガを分けてやる……後はお前たちで作れるだろう?」
あ、最初に長が言ってた『木材の切り出しから建造まで、指導するからお前たちでやること』ってこういうことだったのか……て、指導短すぎない??
「長、そのことなんだけど、僕ら、家を作ったことがないんだ。だから、建築のノウハウとか、設計図とか、詳しく教えてくれる?」
おお、ルートさんが至極真っ当なことを聞いてくれた!
「お前たち……大の大人が家も建てたことがないのか」
普通はないと思う……だけど――
僕は、獣人のグレイとノア君の方を見る。
二人ともポカンとした顔をしており、どうやらこの世界――というか、エルフと獣人の場合は、家を自力で建てるのは当たり前のことのようだ。
「僕とサムの世界はさ、家はその道の職人さんが作るものだったんだ。だから教えを乞いたいな」
「そ、そうなんです! 長、ちゃんと頑丈な家を作って迎えたいので、どうか詳しく教えてはもらえないでしょうか」
「ふむ。ならば、里の手の空いている者を付けてやろう」
「あ、有難うございます」
長が教えることを拒否するとは思えなかったけれど、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、長、俺もサムさんたちに加わりたいです。ノアの実践訓練は、今日はお休みしてもいいですか?」
おお! ありがたい! 狼獣人のグレイは、体が大きく、見るからに頑丈そうだ。きっと力持ちに違いない。家を作るという大仕事において、きっと貴重な戦力になり得る!
「うむ。それは構わん」
「グレイ、ありがとう」
「いえ、サムさんたちには本当にお世話になりましたし、俺もアプリの望みは叶えてやりたいんです」
言って、アプリの方を見るグレイ。
さっきから会話に全く入ってこないうちの娘は、ホットケーキを平らげた後、皿に残った生野菜のサラダに苦戦している。
千切りレタスを更にフォークで細かく4等分にし、その上にドレッシングを垂らしてから、一つずつ口に入れている姿は大層健気でいじらしい。
一昨日、エルフの長と対等とも思える話し合いをしていたというのに、ギャップがあり過ぎるその姿に、僕はクスッと笑ってしまった。
グレイも同じだったようで、苦笑いをしながらも、優しげな目でアプリを見つめている。
「……ということだ。ノア、ウィンリィ、今日は二人纏めて見るぞ? いいか?」
「ノアの訓練! 僕も見たかったから大歓迎だよ!」
「長が言うなら、僕もそれでいいです……」
長の提案に、見るからにワクワクしている様子のウィンリィ。
対してノア君は若干煩わしそうにしているな……
「おじさん! 風魔法の訓練が今日の目標まで出来たら、ノアと組み手してもいい?」
「組み手か……なるほど。ノア、やってみるか?」
「……怪我してもいいなら」
「やったあ! 負けないよ! ノア!」
「ふん、僕だって負けないさ」
ああ、ノア君は知らない。ウィンリィが僕の国で一番強い魔法少女なんだってことを。
二人が心配なんじゃないかと、僕はアプリの顔を再度見た。
が、うちの娘は、今度はプチトマトと戦っている真っ最中。
これまたフォークで四等分にしてから、ドレッシングを垂らし、震える手つきでフォークに刺して口に運んでいる。
この前、一つ食べられたからと母親に二個皿に盛られてしまった娘の胸中に、僕は同情する。
プチトマトを盛った張本人であるコーラは、今、この場にはいない。一足先に朝食を済ませ、フローガの住む森へと出掛けて行った。
少しでも長くあちらで修行したいとの妻の気持ちを僕は尊重したい。
したいけど、寂しいという気持ちを僕は持て余していた。
「あ、サム、カイももちろん加わりますから力仕事は任せて下さいね」
「あ、有難うイオ。とても頼もしいよ」
カイ本人はまだ寝ていて、何にも知らないのだが。
ちなみに、今はカイとイオもプラシー君の家から長の家に移っている。
長は、竜を目の当たりにしても狼狽える様子もなく、普通に受け入れていた。
見た目は、優しい普通のおじさんだが、やはりそこは、長命種のエルフの長。
竜の一人や二人、珍しくないのかもしれない。
―――――
その後、長が呼んでくれたプラシー君の指導の元、木材の調達を進めた。
ルートさんは手持ちの剣で、グレイとカイは、斧で目印のある木を切り倒していく。
僕は、結界魔法を駆使して、他の木に被害が及ばないようにし、切り倒した木は、プラシー君が風の魔法で纏めてくれた。
そうして、骨組みに必要な量を確保して、長の家の隣の建築予定地まで運び終えると、もう日が高くなっていて、お昼時だった。
プラシー君は、野菜栽培の仕事があるとのことで、そちらに行き、僕らは、晴れていたので丸太の上に座ってみんなで昼食を取ることにした。
竜のカイは昼食は必要ないので、水分補給に果物のジュースのみ。僕とルートさんとグレイは今朝の残りのホットケーキで作ったサンドイッチを食べることにした。
「ノアとウィンリィちゃん、川魚を獲って食べるみたいですね」
獣人の目は遠くの景色まで見通せるらしく、グレイは、目を窄めながら川沿いを見てそう言った。
「魚獲りねぇ……リィ、はしゃいでびしょ濡れになってないといいけど」
「あり得ますね……」
「風渡りの長が風で乾かすだろう。心配するな」
フルーツジュースを一気飲みしたカイは、山積みの丸太を見据えて、
「俺はこの家を完成させたら、竜の砦に戻る。長が常駐しているとはいえ、あそこは俺とイオに任された砦だからな」
「えっ? あっ、そっか、そりゃそうだよね……」
そもそも、カイもイオも僕らをエルフの里まで送ったら砦に戻る筈だった。
そこを、厚意で彼らは、ウィンターン上空への偵察や、『魔力の子』救出のための作戦会議に参加してくれていたのだ。
「カイ、イオにも後で伝えるけど、ここまでしてくれて本当に感謝してる。ありがとう」
「なに、アプリの件は我々夫婦にとっても、最早他人ごとじゃないからな。好きでやっていることだ」
それは、イオが失った二つの卵の話を聞いてしまったからか、とても重みを感じる言葉だった。
「ふふ。アプリを気にかけてる大人がたくさんいて嬉しいね。無責任だけど、あそこにあの子を置いて来て良かったなんて思っちゃうよ」
「えっ!? アプリを村の前に置いたのはルートさんなんですか!?」
「うん。あの子を見つけた場所から一番近い獣人の村があそこだったんだ。赤ちゃんを置き去りにするのは心苦しかったけれど、ごめんね、事情があって、育てるの困難でさ」
時渡の力で四年前に飛んだルートさんが見つけたのがアプリだった。
ウィンリィは自分で育てたかったと言っていたが、時渡りは四日後、強制送還されるから連れて帰れないことを見越して、ルートさんは獣人の村へアプリを託したのだと思う。
って分かっちゃいるけど、ルートさんにはいつもいじられているような気がするから、たまにはやり返してみようかな。
「ルートさん、育児放棄属性ですもんね」
「何それ、洒落にならないんだけど」
「ふむ。ルートの属性は闇だろう? 深淵のルート?」
「いや、あのさ、それ何なの? イオにも長にも言われてるけどさ。闇属性の魔力なんてそんなに珍しいものでもないでしょ?」
実を言うと、僕も気にはなっていた。
ルートさんの魔力は確かに底が知れなくて、深淵と呼ぶに相応しいと思うけれど、イオも長も当たり前の通り名のように彼をそう呼ぶのだ。
何か理由があるはず。
「ただの闇属性ではない。夜よりも暗く、深く、覗けば覗くほど、漆黒の闇、それがお前の魔力だ」
「はあ……」
「もうルートさん、ルート=インターから深淵のルートに改名したらどうですか?」
「厨二病くさいからごめんだよ……」
厨二病という言葉に、グレイとカイがポカンとしたところで――
「何だ、まだ組み立ててすらいないのか」
先日、知り合ったばかりの……恋敵の声が響く。
「フローガ」
豊かな赤い髪を風に靡かせて現れたそのエルフは、エメラルドグリーンの瞳を細めて、にっこりと僕に挑戦的な笑みを向けた。
「おや? 始めましてだね。プラシーの後任かな?」
「そうだよ。深淵の魔力の人間?」
またもや、その二つ名で呼ばれてしまったルートさんは、少しだけげんなりした顔で僕の方を見た。
もう諦めて受け入れるしかないんじゃないかな?
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