海の権力と蜂の子試食
「海に住む全ての種族が敵になるということだ」
流れる冷や汗が止まらない……この世界の面積がどれだけあって、地表をどれだけの海が覆っているのかは、この前、イオが広げた地図を見て、理解した。
つまり……
「この星の7割を占める海。その全てがこの里の味方になるということですね?」
「そういうことだ」
部屋が閑と静まりかえる。
無理もない、こんな恐ろしいことを知ってしまっては……この里に協力を要請したことすら、正しかったのかと不安になる。
「凄い……」
「え?」
それまで、神妙な顔つきでテーブルに視線を落としていたウィンリィが、ばっと立ち上がり、長の顔を見た!
「凄いよ、おじさん! ここならウィンターンが強国だろうと絶対に手出し出来ないってことだよね!?」
「そうだ。何度もそう言っているだろう?」
「うん! ショコラの言っていた通りだ。絶対大丈夫だって」
「! お前たち、ショコラの知り合いだったのか」
「うん、友達だよ! 僕たちのやりたい事を話したら、この里のことを教えてくれたんだ」
「なるほどな……ショコラは息災か?」
「元気にお仕事頑張ってたよ! サムもコーラも魔導士だけど、魔力切れの時のための物理武器を作ってもらったんだ!」
「ほう……それは後で是非見せてくれ。あの子の成長を私も検分したい」
「もちろん! あ、良いかな? サム? コーラ?」
名を呼ばれて、僕らははっとした。
「……もちろんだよ、ウィンリィ」
「そうね……フィルさんにもショコラの武器の素晴らしさを見てもらいたいわ」
海の話で圧倒されていた僕らの恐怖をウィンリィが一掃してくれた。
一見すると、ことの重大さを無視して感想を述べただけのようだが、ウィンリィは、静かにするべきところでは余計なことを決して言わない。
僕を育てた母も、何にも考えていないようで、やること全てに意味のある人だった。
お陰で目が覚めた。
大きな事柄に飲み込まれそうな時でも、目の前の関係性に集中しよう。
長は、僕らを怖がらせるために、海の話をしたんじゃない。
むしろ、安心させるために、この里の安全性を確固たるものにするために話してくれたのだ。
ふうと息を吐き、紅茶を飲む。
冷めていたが、蜂蜜のほのかな甘みも相まって、大分気持ちが落ち着いた。
「そうだ、お前たち、プラシーの家でその大人数は狭かろう。ここにはノアとグレイが使っている部屋以外にも三部屋ある。お前たちで好きに使ってくれ」
「あら、それはとても助かるわ。男性陣も着替えの度に外に出ないで済むものね?」
「はは、ほんとにね……」
ここまで来る道中、プラシー君からも、長の家の客間は広いと話は聞いていた。
男女同じ部屋で雑魚寝するのもアプリは楽しそうだったが、着替えなどで気を使うので、分けてもらえるのは大変有り難い。
「そろそろ昼時だな……グレイ、今朝方、森で鳥を獲ってきたから、昼食に振る舞ってやってくれるか?」
「あっ、はい! 長、いつも有難うございます」
「なに、害虫駆除のついでだ」
「害虫駆除? 森に何か出るのですか?」
鳥の下準備をしに立ち上がったグレイの背を見送りながら、僕は内心びくびくしながら聞いていた。
もう、巨大芋虫の魔物は見たくない。
「うむ、ちょうど良い。今持ってくる」
長がテーブルに置いたのは、ボウル状の木の器で、中には……
「蜂の子かな?」
ルートさんがその物体の名を口にしてしまった!
「左様、素揚げにした蜂の子だ。この里では養蜂をしているのだが、度々、森のスズメバチの襲来にあってな……これはそれの駆除で獲ってきたものだ」
聞けば、森の近くで養蜂を、川の近くでチーズ作りをしていて、それをサマーンから一番近い場所で、旅人向けに販売しているそうだ。
つまりこれは……おそらく試食なのだ。
僕とコーラは、無言でそれを見つめる。
どうして、どうして……チーズの方を試食させてくれないんだ! 長!
「おじさん、これ、食べてもいいの?」
ああ、ウィンリィがキラキラとした目で長を見ている。
もちろん、隣のアプリもノアも同じくだ。
「ああ。軽く塩を振ってあるだけだからな、足りなかったら、足してくれ」
やったー! と叫んだ子供たちは、一斉にボウルに手を突っ込んで蜂の子を口に入れていく。
口々に美味しいとこぼす子供たち! こ、これは、僕らのところに飛び火するのも時間の問題だ……
僕は腹を括った。
子供たちが美味しいと言って食べているのに、大人が一つも口にしないわけには……!
「美味しいか? チーズと蜂蜜、蜜蝋に次ぐ新商品として売り出せたら……と思うのだが、どうだろう?」
「僕も一つ貰おうかな」
「えっ!? ルートさん!?」
僕と同じ虫嫌いなはずの彼が、あっさりとそれを口にした。
「塩加減はどうだ? 我々は肉も虫も食べぬから味見をお願いしたいのだ」
「ん〜もう少し多めがいいかな」
ボウルの中に塩を二つまみ、高い位置から落として、ざっざっと軽く横に振るうルートさん。
一つ口に入れて……
「ん、これくらいが良いと思う」
子供たちもさっきより美味しいと口々に言っている。
「この蜂、どうやって駆除しているの?」
「ああ、布袋を巣に被せて、煙で中を燻蒸しているのだ」
「ここってさ、スモークチーズは作ってる?」
「ああ、数は少ないが製造してるぞ」
「ならさ、それに使ってる香木で燻蒸したらどうかな? 素揚げもいいけど、スモークも絶品だと思うんだよねぇ」
「なるほど、多いにありだな。製品化したあかつきには、お前の名を発案者として乗せてやろう」
「……うーん、それはいいかな」
ルートさんと長が話している間に、子供たちがあっという間に蜂の子を平らげてしまったので、僕とコーラは事なきを得て、胸を撫で下ろした。
長が紅茶のお代わりを淹れてくれている間に、僕はルートさんにこっそりと聞いてみる。
「ルートさん、蜂の子は食べられたんですね……」
「うん。僕さ、12国の米酒が好きなんだけど、おつまみとセットで買ったら付いてきたことがあってね」
「はあ、なるほど……」
実はルートさん、かなりのお酒好きで、アイテムボックスに世界各国のお酒をコレクションしている。
かくいう僕も、野宿の時に、こっそりと分けてもらっていたりするのだが。
「コーラ、今回は僕、役に立ったでしょ?」
「そうね。あの時のことは許してあげるわ」
「えっ!? あの時のことってまさか!」
あの、芋虫の丸焼きをコーラ一人に食べさせちゃったことか!?
「コーラ、怒ってたの?」
「怒るほどじゃないわ。ただ、あの時、少しずつ距離を取って免れたあなた達に殺意が湧かなかったと言えば、嘘になるわね」
やっぱり怒ってるじゃないか!
「ごめんなさい。許して下さい。もう逃げません……」
「ふふ、また似たような場面の時に期待しているわ? 旦那様?」
「うう……」
いつか挽回しよう……もうこんなことはごめんだが。
食べ終わった子供たちの幸せそうな顔を満足気に見ていく長だったが、口周りの塩をルートさんに拭かれているウィンリィのところで、ピタと止まった。
距離感が近いからなあ……初対面の長の目にも余ったかな……
「お前さん……ウィンリィと言ったか。
『風の精霊王』の加護を得ておるのに、何故、風魔法を修めない?」
「えっ?」
ウィンリィ本人だけでなく、その場にいた全員が、驚いた顔で長の方を見ていた。
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