エルフの長とアプリの思い
翌日、朝食を終えた後、イオとカイ以外の全員でエルフの長の自宅へ向かった。
プラシー君の家から、ひたすら川沿いに進み、ちらほらと現れるエルフたちとも挨拶を交わしながら歩くこと30分。
「ここが長の家です」
「これが……」
目の前に広がるのは、大きな平建てのログハウス。
ドアの前には、ショコラさんの家と同じ蝶の形のドアノッカーが付いていて、プラシー君が鳴らすと、コォーン、コォーンと同じ音が鳴った。
次の瞬間、バタンとドアが開き、中からひゅうううと風が吹き抜ける!
「わあ! 風がドアを開けてくれた!」
「あ、入って来いと言ってます。行きましょう」
プラシー君に続いて中に入ると、目の前に現れたのは、長い渡り廊下。
そこを少し歩いて、右手側のドアが開いている部屋に入った。
「長、連れてきましたよー」
20畳はある広い部屋は、天井も高く、ログハウス特有の木の匂いもして、とても居心地の良い空間だ。
しかし、肝心の長の姿が何処にも見当たらない。
「長、何処ですかー?」
バタン!
「……用を足していた。お前たち、手を洗って席に着きなさい。プラシー、グレイ、茶を淹れるのを手伝ってくれ」
長は、ちらりと僕らを一瞥してそう告げると、挨拶をする間もなく、中央にあるアイランドキッチンへ入って行った。
き、気難しそうな人だぞ……?
「ノア、皆さんを手洗い場に案内して。ウィンリィ、洗い終わったらみんなでソファで待っててね」
「了解! アプリ、ノア、お手て洗いに行こ!」
「うん」
「こっちだよ、付いてきて」
僕とコーラとルートさん、グレイも子供たちに続いた。
しかし、7人もいるからな……時間がかかりそうだと思ったが、手洗い場の水瓶には、柄杓が10個ほど用意してあったので、皆、同時に洗うことが出来た。
やっぱり長の家となると、会議とか、来客とか、大人数で来られることもあるのだろう。
各々洗い終えて、アイランドキッチンの向こう側へ向かう。
そこには、大きなローテーブルと、それを挟むように配置された大きなソファが二つあり、子供三人とコーラが同じソファに座り、僕とルートさんは向かいのソファに腰掛けた。
「昼食まではまだ時間があるからな。適当に摘んでくれ」
コトリとテーブルに置かれた皿には、山盛りのプチトマト。
目を見開いてそれを見つめたアプリに、僕は、食べられるのかな……と心配になる。
「アプリ、一つ頂きましょう」
「う、うん」
「僕も食べよ! 頂きまーす!」
「えっ? じゃあ、僕も……」
ノア君の様子から察するに、彼もアプリと同じく野菜が苦手なのだろう。
二人の出身の村は竜の瘴気が原因で作物が育たなかった。
だから、野菜を食べる機会がほとんどなかったので致し方ない。
「あっ! 甘い! これフルーツトマトだ! 美味しいね、アプリ!」
「う、うん……」
「……」
僕ら男性陣も、野菜嫌いの子供たちが食べている手前、口に入れたのだが、普通のプチトマトより甘く、確かにフルーツに近い。
しかし、いくら糖度が高くとも、アプリとノアにとっては、普通のものと何ら違いがなかったようだ。
「待たせたな」
「あ、有難うございます……」
目の前に置かれたのは紅茶で、蜂蜜が入っているのか、ほんのりと甘い香りが漂った。
「お前たち、見たところ、草花人か? 大分血は薄いようだが……」
「あっ、はい、僕――サムと、妻のコーラ、ウィンリィは草花人を子孫に持っています」
「……ふむ。その子供は?」
アプリを目で差す長。
あっ、そうか! 認識阻害で耳も尻尾の膨らみも隠しているから分からないのか!
「この子は、私とサムの娘のアプリよ」
「長、アプリは僕の大切な女の子で、家族で、兎の獣人なんです」
ノア君が答え終わるのと同時に僕は魔法を解いた。
ふわり、と白い髪の毛の間からふさふさの長い耳が現れる。
「ほう。見事な魔法だ」
「あ、いや、それほどでは」
「あと、そこの深淵の魔力の持ち主は? 何者だ?」
「初めまして、僕はルート。そこにいるウィンリィの保護者をしている普通の魔導士だよ」
薄く微笑みながら話すルートさん。
しかし、深淵の魔力とは――イオもルートさんのことをそう呼んでいたが、どういう意味なのだろう?
「ふむ、そうか……なるほどな」
何がなるほどなのか分からないが、長は納得したような顔つきで紅茶を飲んで、また口を開いた。
「プラシーから目的は聞いておる。50人、受け入れてほしいというのは、本当か?」
「はい。僕ら、『魔力の子』に魔力制御の腕輪を付けてあげたくて……」
「そこの兎の子がそうだからか? 娘と同じ境遇の他人に同情してのことか?」
「違います」
それまで黙っていたアプリが立ち上がって、長の前まで歩いて行く。
「私がサムとコーラにお願いして、ここまで連れて来てもらいました」
「ほう。つまり、お前の意思、だと?」
「はい」
長は、確かめるようにアプリの大きな赤い瞳を覗き込んだ。
「強い決意の瞳だ。決して揺らがないのだろうな」
「はい」
「ならば、一つ聞こう」
アプリがこくりと頷くと、長は、アプリの赤い瞳をより一層覗き込んで口を開く。
「もし、お前が救いたい者の中に、それを望まない者がいた時、お前はどうする?」
助けを求めていない人間を助けることは普通は、しない。
でも、《魔力の子》たちは、自由を物理的に奪われ、魔力だけを搾取されているんだぞ?
助けを断るなんて、僕には考えられないのだが……
「助けます」
「即答か。それを傲慢だとは思わないのか?」
「傲慢……我儘だとは思います。だけど、助けます。助けて、その後、一日でも生きたら――
今まで見たことのない景色を、きっと見ることが出来るから。
だから、助けます」
「見たことのない、景色……」
隣のルートさんが驚いた顔でアプリの言葉を反芻している。
僕は、元の世界の過去で見た死にたがっていたルートさんを思い出す。
あのルートさんと、今ここにいるルートさんが全く同じ気持ちだとは思わない。
だけど、響いたように見えた。
一度でも、生きることを諦めたことのある人に、この子の言葉は届くのかもしれない。
しかし、長の心を打つことは出来ただろうか?
僕は未だ、アプリを見つめ続ける長に不安を覚えた。
相貌こそ40代後半ほどの優しげなおじさんだが、纏う気配は重く、長く生きたエルフの長の貫禄を携えていて、
椅子に座っていても、立っているアプリを見下ろせるほどの高身長。
腰まで伸ばした薄緑色の髪は一つに縛っていてもその一本一本に風の魔力が絡みついていて、ゆらゆらと揺れ続け、
エメラルドグリーンの瞳は、プラシー君と同じはずなのに、深く吸い込まれそうな虹彩で、全てを見透かされてしまいそうな畏怖がある。
そんな人に見つめられても、怯むことなく見つめ返している娘の姿は、立派でとても誇らしいが……
「……その思い、届くと良いな」
微かに細くなった長の目に、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「アプリ、お前の意思、しかと受け取った。50人、受け入れてやろう。
ただし、家がないからな……木材の切り出しから建造まで、指導するからお前たちでやること。
それでいいか?」
「もちろんだよ! みんな、やるよね?」
ウィンリィが上げた声に、皆、一様に同意する。
「みんなありがとう……あの、おじさん、名前は……」
「長で構わんが、一応、フィルと言う」
「フィルおじさん、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしたアプリに、長ことフィルさんは、今度は、はっきりと破顔した。
気難しい人なのかと思ったが、思い違いだったようだ。しかし、下手したら、国を一つ敵に回すことになる。
本当にいいのだろうか?
「あの、長……本当に50人、連れてきても大丈夫なのですか?」
「ウィンターンのことか?」
「はい。高い攻撃力を保有する強国だと聞いています。僕らは、バレないように隠密に救い出す作戦を立てていますが、ここに匿うことが露呈しないという保証はありません」
「心配は無用だ。たとえ、ここにいることが知れても全く問題はない」
そんな馬鹿な……いくらエルフが風の魔法と調整魔術に長けていたって、人口300人ほどの里が国そのものに攻め込まれたら、ひとたまりもないはずだ。
「問題なし、の根拠は?」
ルートさんもここの問題点を流すつもりはないようで、漆黒の瞳を静かに長に向けている。
「ふむ。用心深くて良いな。お前たちに、この星の勢力図を少し説明してやろう。
我ら、風のエルフを敵に回すということは、火、土、水のエルフをも敵に回すということは想像が付くか?」
「はい。それは分かります」
ノードさんも言っていた。
エルフは、昔からの縁を大事にする種族だと。
同じエルフなら尚更だろう。
「そうか。しかし、実際は、敵に回るのはエルフたちだけではない」
? 他にも懇意にしている種族がいるということか?
「四つの属性に分かれた我らエルフの中で、独自の交友関係を築いた種がある。
それが――水のエルフだ。
彼らは、海の種族たちと交わり、長きに渡り、大きなコミュニティを築いてきた。
つまりな、水のエルフを敵に回すということは――」
みんな、黙って長の言葉を聞いていた。
気付いているのだ。話の規模が途方もなく大きくなっていることに。
「海に住む全ての種族が敵になるということだ」
冷や汗がぽとり、と背中を流れた。
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