子供たちの三角関係
大きく裂けた口も、そこから覗く鋭い牙も、狼そのものだったグレイが――
吊り目がちな切れ長の瞳に、筋の通った高い鼻、短く刈り上げられたショートスタイルの髪型は、清潔感があって、とても爽やかで……
「あの……サムさん、あんまりじろじろ見ないで下さい……」
「あっ! ごめんごめん! びっくりして、つい。その姿、ここまで旅をするために変えたのかい?」
以前、グレイは、獣濃度を弄るのは抵抗があると言っていた。
それでも、獣人の奴隷制度があるこの世界で、獣人が正体を晒して旅をするのは、とても危険だ。
アプリも、僕の認識阻害魔法で厳重に、その兎の耳も尻尾も隠している。
「はい。やむを得ず……ですね。まだ慣れないんですけど、はは……」
しかし、困ったように笑う彼の顔は普通にイケメンで……コーラに見せたくない気もした。
「お知り合いだったんですね」
「あ、うん。グレイとノアは、アプリの同郷なんだ」
プラシー君は、未だ抱き合う子供たちを見て、「なるほど……」とこぼし、
「ノアが言っていた守りたい女の子ってアプリのことだったんですね」
と言った。
「あっ! ちょ、ちょっと! プラシーさん! それは内緒にしてて下さい」
グレイが焦った様子であわあわとアプリたちとプラシー君を交互に見た。
すると、アプリの肩に顔を埋めていたノア君が、こちらに顔を向けて、
「そうだよ、プラシーさん。この子が僕の大事な女の子だよ」
と、グレイの心配も何のその、はっきりと肯定してみせた。
そういえば、獣人の村でも、ノア君はアプリへの好意を隠すことはなかったような気がする。
「と、とりあえず、プラシー君の家に戻りながら、話そうか……」
聞きたいことを全て聞いていたら、日が暮れてしまいそうだったので、洗った衣類の入った桶を持ち、僕は来た道の方を顔で指した。
―――――
「まあ、グレイ」
「あっ、コーラさん……お久しぶりです……」
グレイとノアを伴って戻ると、コーラが真っ先にグレイがグレイだと見抜いて見せた。
「コーラ、よく分かったね」
「ええ。だって、髪も目もグレイの色だし、耳の形も背格好も同じだもの。分かるわよ」
ええ……僕は声を聞いても、何処かで聞いたような? レベルだったというのに。
「はは……コーラさんに分かってもらえて、何よりです」
「ふふ、それに、念願のグレイの人間顔だもの。思った通り、壮健としててかっこいいわ」
「えっ!? かっこいいなんて……そんな……」
あー……これ、これだよ、グレイのやつ、とんでもなく良いやつなんだけど、コーラの前でデレデレするところだけは本当に嫌だ。
「サム、あれ良いの?」
「ルートさん……良くないですけど、彼には恩があるんです。これくらいは我慢しないと」
「ふーん? ま、コーラは美人だし、あれくらいで目くじら立ててたら、夫は務まらないよねぇ……」
そうそう。こんなこと、今までに何度もあった。
これくらいで嫉妬丸出しなんて、カッコ悪いところ、コーラに見せてたまるか。
「初めまして! 僕はウィンリィ、アプリの姉貴分だよ!」
「姉貴分?」
子供たちの声に、そちらを向くと、少し、ほんの少しだけ、ノア君が眉を顰めたのが見えた。
「うん! 姉貴分!」
「僕は、アプリが赤ちゃんの頃から側にいるんだ。つまり、僕こそ、兄貴分なんだけど?」
「へー、そうなんだ! 僕は、しょっちゅう同じお布団で寝てるけどね、姉貴分だから!」
「僕だって、ついこの間まで、同じ布団で寝てたよ! 兄貴分だから!」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて、ノア! こんな美少女にケンカ売るなんてどうかしてるよ」
段々エスカレートする二人の物言いに、慌ててグレイが間に入る。
「美少女? 僕はアプリの可愛い顔以外、興味ない」
ああ、あまりの事だったのか、ノア少年の本音がダダ漏れだ!
「リィも落ち着いて。ほら、この子、男の子だけどさ、君好みの可愛い顔じゃない? よく見てみなよ」
「ふん! 顔は可愛くても、中身が可愛くなかったら、可愛くないんだよ! ふん!」
ふん! て二回言った。こんなに語彙力無くしてるウィンリィ……というか、母を見るのは久しぶりだ。
「はい! とりあえず、各々、座って落ち着いて話をしましょう。お茶を入れるわ」
コーラの一声で、皆、小上がりに腰を下ろす。僕も手伝って人数分のお茶を入れて、みんなに配った。
ノアとウィンリィは、アプリを挟んで腰掛けて、睨み合っている。
その様子にはらはらはするけれども、コーラに目で制されて、見守るしかないのかと腹をくくった。
その時、ふわりと、二人の膝の上にアプリの小さな手が乗った。
「……私は、二人とも大好きだから、その、ケンカしないでほしい」
『えっ』
ノアとウィンリィが声を上げて、アプリの顔を見る。
アプリは、眉を下げて、どうしたら良いか分からないといった戸惑いの表情を浮かべていた。
「あ、アプリ、ごめん、そんなつもりじゃ」
「僕も、ごめん。ちょっと、妬いちゃったんだ。彼が僕よりも君と仲良さそうなことを言うから」
おや、ウィンリィの方が素直かもしれないぞ?
「……うん。仲良しだよ? ウィンリィと同じくらい、ノアとは仲良しなんだ。その、だからね、どっちが上とかは無いんだ。二人とも大好きで、大事だよ」
その言葉に、ノアは顔を真っ赤にし、ウィンリィは、嬉しそうに、にっこりと笑った。
しかし、アプリ、4歳児……いや、今は9歳児だというのに、言葉に甲斐性を感じるなあ。
「……大好きな二人に挟まれて、今、凄く幸せだよ」
ふわりと、隣の二人に交互に向けられたその笑みがダメ押しとなり、ノア君は放心してしまった。
「あれ? 可愛いとこあるじゃん」
「はっ、う、うるさいな」
「あれえ? そんな態度でいいのかな? またアプリを困らせちゃうよ?」
「っ……分かったよ。変に張り合って悪かった。その、ウィンリィ……」
「うん! 僕もごめんね、ノア!」
良かった……子供達は和解できたようだ。
そうして、朝ご飯の残りに、ルートさんがアイテムボックスに入れていたストックの魔物肉を加えてお昼ご飯にした後、一度自宅に戻っていたプラシー君も加わり、これまでのことを報告し合った。
「で、グレイとノア君は、どうしてエルフの里に?」
まずはグレイたちにこれまでの僕らの旅の経緯を話した後に、彼らのことを聞いてみる
「ちょっとノアの修行が行き詰まってまして……それで、その、エルフなら、それを解消出来るとアドバイスを受けたんです」
聞けば、ノア君は、アプリの隣に立つために、獣濃度を極限まで上げる修行をしているそうだ。
獣人は、魔力が人に比べると高く、体も頑丈で、皆、生まれついての拳闘士タイプ。
使える魔法を増やすよりも、自己の攻撃力を上げる方がよほど強くなれるのだそうだ。
そこで、肉体そのものの力を高めるために獣人としての力を最も強く発揮できる『完全獣化』を目指していたが、中々、そこまで変化させることが出来なかったそうだ。
「今、エルフの長に、体内の魔力調整を教えてもらって、獣濃度を極限まで上げる術式を模索中なんです」
「長は、卓越した調整力で、風魔法で飛行することすら出来るんです。だから、ノアの願いはきっと叶うと思うよ」
プラシー君が、にっこりと微笑むと、ノア君も笑顔で頷き返した。
ノア君たちが里に来てからまだ一月ほどしか経っていないそうだが、すっかりここに馴染んでいるようだ。
しかし、飛行魔法とは、数多くの魔導士が求めてやまない魔法の一つだ。
でも、僕の世界では、それを可能にした魔導士は一人しかいなかったし、固有魔法だったから、僕にも使うことは出来なかった。
「……ノア、無茶はしないでね」
「うん、大丈夫。僕さ、身の程をよく知ってるからさ」
『魔力の子』で無限に近い魔力を持てるアプリと、そうでない普通の獣人のノア君。
彼は、そのことを踏まえた上で、好きな子のために今より強くなろうとしているのだ。
僕も、平凡な魔導士だったけれど、それを打破しようと出来る努力は全部してきた自負がある。
だからこそ、僕もノア君の力になりたい。
「ノア君、僕も調整魔術には見識があるよ。いつでも聞いてね」
「あっ、ありがとう、ございます、サムさん」
出会った当初は、ぽっと出の異世界おじさんだったけれども、今はアプリの父親代わりだ。たくさん頼ってほしい。それにしても――
「アドバイスって、誰からの?」
「俺がノアに勧めたんだ」
開け放した窓から響いた声は……
「カイ!」
「エルフは調整魔術に長けていますからね」
「イオ! そうなんだ……で、偵察はどうだったの?」
心なしか二人の顔が険しい気がした。
「サム、潜入しているドライアドとも少し話をしたのですが……思ったより、事態は深刻です」
「え……」
「ウィンターン……というか、国境街アイスエッジの警備も想定よりずっと強固だ。だが、それよりも……」
「魔力の子たちの状況が芳しくありません。やはり皆、自由に動くのに必要な部位を――」
その先に続くであろう言葉に、背筋が凍る。
「手足を……失っていました」
「面白かった!」
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