成長
「すっごおおおおーい!」
「ウィンリィ、サムの結界があるとはいえ、ちゃんと捕まってて下さいね」
「アプリ、海面に光が反射してるわ……綺麗ね」
「……本当だ、キラキラしてる」
イオの背には、前からウィンリィ、アプリ、コーラが乗り、カイの背には、僕とルートさんが乗っている。
「まさか、竜に乗れるなんてね。28年生きてみるもんだねぇ……」
「はは、そうですね」
「……」
綺麗に女性陣と男性陣に分かれているのはたまたまだが、こちらはカイが無口なので、僕とルートさんの会話のみが風に流れていた。
すると、
「サム、あれがウィンターンだ」
「! あれが……」
海を渡り切り、陸の上を飛ぶカイが、ウィンターンの上空をあえて旋回して見せてくれた。
遥か上空から見下ろしても分かる薄黄色に光る結界。
ウィンターン全土を覆い尽くしているであろうそれは、威圧感を持って、侵入者の気持ちを打ち砕いてきただろう。
「ライト家の当主並の硬結界ね……」
イオの背に乗るコーラも下を見て、感じたようだ。
「ライト家か……下手したら、それ以上かも」
「ま、僕らは堂々と旅行者として、正門から入国したらいいだけさ」
「そうですね。ルートさんの言う通りだ。それじゃ、まずは!」
「……エルフの里の人に協力をお願いする」
アプリの言葉に僕らが頷くと、カイとイオは、一度海まで戻った。
そして、ウィンターンとサマーンを横断する大峡谷へ向かって激しく吹き下ろす風の壁を迂回し――
海岸から山を一つ超えたところにある平原に降り立った。
「ここから目の前の林を抜けてすぐですよ、エルフの住まう――『風渡りの里』は」
竜の姿から人型を取ったイオが指し示す方向を僕らも見据えた。
くいくいっ
「早く行こう、サム」
「あっ、うん、行こうアプリ」
アプリが戦闘中以外で言い淀むことなく意思を伝えるのは珍しい。
囚われている『魔力の子』たちを助けたくて、気が急くのだろう。
―――――
「ここが、エルフの里……」
入り口らしいものはなく、林を抜けた先から、ぽつりぽつり、と木造りの小さな家が現れた。
「ふむ、部外者が立ち入れば、何処からともなく見回りのエルフが現れるらしいのですが」
「それ! ショコラも言ってたよ」
「あら、でも、辺りに気配もないわねぇ……」
「……どうすればいいんだろう」
見えている小さな家からも、誰かが出てくる気配はないし、周囲を探査してみても、小動物の気配を感じるのみだ。
「あはは、みんな忘れてない? サムもさ、解除しないと」
「へ? あっ!」
ここに来る前――カイとイオの背に乗った時から、認識阻害を掛けていたのを忘れていた!
「解きますね! 解きました!」
「サムの認識阻害、自然過ぎてかかってるの忘れちゃうね」
「でもこれで、あちらさんからこっちが丸見えだ……すぐにでもアクションが……」
バタン!
一番近くに見えていた家のドアが開き、一人こちらに走ってくる!
「……あったね。さあみんな、ファーストコンタクトだ。にこやかにいかなくちゃ」
ルートさんは、走って来たエルフに何だか胡散臭そうな笑顔を向けた。
一応、僕も精一杯にこやかな顔を作るが、隣のコーラは、いつも通りの落ち着いた物怖じしない佇まいで、イオとカイは、無表情。
アプリは、決意の固さが滲み出る立派な佇まいでエルフを見つめ、ウィンリィは、興味津々とわくわくが溢れ出しそうな顔をしている。
「はあ、はあ、はあ……あ、あの、あなたたち、突然現れましたが、テレポート魔法の使い手ですか?」
息を切らせて僕らを出迎えたそのエルフは――
薄緑色の長い髪を後ろで纏め、エメラルドグリーンの瞳は、大き過ぎず、小さ過ぎず、細く通った鼻筋の邪魔にならない大きさ。
そして、細身の身体からは、性別の判別が付かず、声も中性的。
エルフの特徴である長い耳は、ハーフエルフであるショコラさんの耳よりも、細く長く妖精のようだ。
初めて見るエルフに、僕もコーラも、すぐには言葉が出てこなかった。
「あ、あのー、何か言ってくれませんかね?」
「すっごく綺麗な人だね! 初めまして、僕はウィンリィだよ!」
おお……さすが、母さ……ウィンリィだ。
初対面で外見の評価を口にするのは、褒めていたとしても失礼だとは思うが、距離感ゼロで詰め寄るコミュ強っぷりに初めて僕らと出会ったばかりの頃を思い出す。
「あっ、僕はプラシーです……ウィンリィ」
エルフことプラシー君は、眼前までグイグイ迫るウィンリィに明らかに引いているようにこの時は見えた。
「男の子なの? とっても綺麗だから、女の子かと思ったよ!」
しかし、ニコォっと笑ったウィンリィの顔に、ぽぽっと頬を赤らめたので、どうやら満更でもないらしい。
その時、ひやり、とした魔力が流れてきて、僕はその主を横目で見て、後悔した。
ひいいい。ルートさんめちゃくちゃ怒ってないか?!
にこやかな表情はそのままだが、漏れ出た魔力は目の前の少年のことを不快だと如実に語っていた。
「あ、僕、どっちも持っているから、その」
「え、君、二極持ちなのかい?」
「あ、はい。それです」
『二極持ち』とは、僕らの世界にも存在する男女二つの性を持つ人のことだ。
周期で男と女を行ったり来たりする者や、中性的な見た目に両方の性を持っている者など、身体的特徴には、グラデーションがある。
それから、その場で残りのメンバーも軽く自己紹介をして、プラシー君はお家に入れてくれた。
「……皆さんは、この里を隠れ蓑に使いたいと……なら、長に取り次ぎますね」
出してもらったお茶を飲みながら、この里に来た目的を話すと、あっさりと、長への取り次ぎをしてくれた。
プラシー君が、窓辺で指笛を吹き、舞い降りた黄色の小鳥の足に小さな手紙をくくりつけて、飛ばす。
「ここは、里の端でして、長の家は対極の端にあります。なので、手紙が届いて返事が来るまで、丸一日はかかりますから、今日はここに泊まって行って下さい」
申し出は大変有り難かった。しかし――
「プラシー、でも、七人も寝るスペースはなさそうだよ?」
「あ、ウィンリィ、あのね、ここの向かいの家も僕の家なんだ。だから、そこにも泊まれるよ。それで、あの……」
プラシー君は、恥ずかしそうにウィンリィの顔を見つめて、
「二手に別れるなら、君は僕のとこに泊まらな――」
「うん、みんなで向かいのお家を使わせてもらうよ。有難う、プラシー」
最後まで言わせず、にいいっこり……と無理に作ったルートさんの笑顔は、大変恐ろしく、もしそれが僕に向けられたものならば、一目散に退散しているところだが、
「あ、そうですか……残念です。ウィンリィ、今度、二人で野苺取りに行かない? 僕、甘いのがたくさんなってるところ知ってるんだ」
信じられないことに、プラシー君には全く効いていないのだ! 彼の実年齢は分からないが、若いって恐ろしい。
「野苺か……サム好きだよね?」
「えっ? ああ、うん、好きだけど」
「だよね! ありがとう、プラシー、今度連れて行ってね」
「うん! 楽しみにしてる」
「はいはい、早く行こうね、アプリもさ、眠そうにしてるし」
ここに着いて、お茶を飲み始めた辺りで、船を漕ぎ出したアプリは、今、コーラの腕の中で微睡んでいる。
「あ、では、必要そうなものは後で運びますね、それで……」
プラシー君がこりもせず、ウィンリィに視線を向けたが、ルートさんがその前に立ちはだかった。
「僕が手伝うよ」
「はあ……分かりました」
―――――
貸してもらった家は、広い小上がりのスペースを中心として、サイドに台所と浴室とトイレがある変わった造りだった。
プラシーとルートさんが運んでくれた寝具の中から、大きな薄手のタオルケットを取り出す。
これを敷布団代わりに小上がりへ敷いて、みんなで雑魚寝をすることになるだろう。
「少し暑いわね。アプリ、お昼寝の前に半袖に着替えた方がいいわ。ウィンリィも、隊服だと生地が厚いのではないかしら?」
僕のアイテムボックスをごそごそと漁り、アプリの半袖を取り出しながら話すコーラ。
「うん、ノースリーブなのに、結構暑いから僕も着替えるよ」
ウィンリィも、自身のアイテムボックスをゴソゴソし出す。
「年中真夏の国、サマーンがすぐそこですからね、暑くて当然です」
イオがガバァっと豪快に上着を脱ぎ出したので、僕ら男性陣は、家の外に慌てて飛び出した。
「なんだ、サム。あの上着の下はノースリーブのワンピースだ。気にするな」
「う、うーん。中にまだ着ていても、女性の脱ぎ着って落ち着かなくて……」
「まあ、女性陣みんなこれから着替えるだろうから出て来て正解だよ」
外は太陽が煌々としていたが、僕らが身を寄せた木陰の下は、そよ風がさわさわとして心地良い。
「僕たちも着替えちゃおっか」
「そうですね……ルートさん、あの枝豆命シャツ着るんですか?」
「えっ? サム、何で知って……て、過去の僕も着てたの?」
「はい。母の、ウィンリィの前で着て、笑われてました」
「あー……あの子もさ、笑ってたよ、面白いって」
過去の、この異世界に飛ばされなかった世界線の二人を思い出す――
殺し合う前の、あの穏やかな時間を。
「ふむ、人は体温が外気温に左右されて大変だな」
「カイ、竜は暑さとか寒さに合わせられるの?」
「そうだ。しかし、イオは、お前たちと行動を共にする間は合わせることにしたようだが」
「そっか」
僕の中でイオは、すっかり、星のシステムではなくなっていた。
あの、孵らなかった卵の話を聞いてしまったからというのもあるが、アプリたちと話すイオからは、僕らとの違いなどまるで感じられないからだ。
「そうだサム、プラシーのこと、どう思った? 僕はさ、あれはエルフじゃなくて、淫魔とかなんじゃないかと思うんだけど」
いや、エルフだと思いますけど……
「ルートさん、めちゃくちゃ怒ってましたね」
「君さ、僕のことは警戒するくせに、プラシーのことは何も言わないんだね」
いかんせん、プラシーの見た目がウィンリィと変わらない年頃の少年に見えるし、15も歳上のルートさんとどうこうなるよりは、よほど自然なことに思えるからなあ。
「ルートさん、子供相手に大人気ないですよ?」
「エルフだよ? 見た目より歳いってると思うけど? はあ、僕なんかたったの15歳差なのにさ。君の信頼が得られないのは辛いよ」
全く辛そうじゃないルートさんをじと目で見遣る。
「何? 過保護な息子くん? てか、サムってさ、少しマザコン気味だよねぇ……」
マザコン!? それは心外だ! コーラにだってそんなこと言われたことないのに!
「ルートさんこそ、過保護が過ぎると思うんですけど」
「過保護上等だよ。僕はあの子の保護者なんだ。だからこそ、保護者以上の行動は控えてる。分別弁えた大人で、立派だと思わない?」
自分で言うかな……全くこの人は!
「くくっ! 人同士というのは、下らないことで楽しくおしゃべりをするものなのだな」
カイが、低く喉を鳴らしたのを、僕は初めて聞いた。
「カイ、笑うんだね……」
「笑うさ。愉快な時はな」
「あはは、笑われちゃったね、サム」
「はあ、自分も笑われたのに余裕ですね」
キィ、パタン。
その時、扉が開いて、着替えたアプリがとててっと僕らを呼びに来た。
「アプリ、そのシャツどうしたの?」
アプリは、シルバーの家で僕のアイテムボックスに詰めてきたものとは違う服を着ていた。
「ん。ウィンリィがくれたの。持ってきた服、みんな小さくて」
「アプリも大きくなったもんねぇ……獣人は成長が早いのかな?」
「ふむ。アプリは別だ。他の個体よりも成長が早い」
確かに、同じ4歳児でも、ウィンディに比べると、アプリは一回り大きめだ。
僕らを呼びに来たものの、やはり眠いのだろう。目を擦り擦りとする仕草に、僕は娘を抱き上げた。
「お昼寝しようね」
「ん」
その後、プラシーが分けてくれた自家製の野菜を使って夕食を作り、みんなで眠りについた。
そして、翌朝――
「サム! サム! 起きて! 起きてってば!」
「んん……ウィンリィ? どうしたの?」
辺りはまだ白み始めたばかりで、窓から朝日は差し込んでいない。
「もう! 外見てないで、隣を見てよ!」
「隣?」
隣には、アプリが寝てる……はずだった。
しかし、視線を落としたそこにいたのは――
「え?? 大きくなってる?」
4歳児の姿から、9歳くらいに成長した娘の姿だった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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