番外編② イオと孵らない卵
私は、イオ。
始祖竜アルの10番目の子供で、番のカイとともに、砦を一つ任されている。
今では500体もの竜が暮らす砦だが、カイと二人、巣立ちしたばかりの頃は、そうなる未来がまるで見えなかった。
これは、その時のお話。
「お疲れ、イオ」
「ふう、有難う、カイ」
カイが、産卵を終えて、汗をかいていた私の額に、タオルを押し当ててくれた。
川で水に晒してくれたのか、冷んやりと気持ち良い。
「10個、無事に産めたみたいだな」
「ええ……後は、半年間、魔力循環の良い場所に置いて、孵るのを待つだけね」
水を飲もうと、水瓶まで歩こうとして、よろけてしまう。
初めての産卵は、思いの外、体力を消耗してしまったようだ。
「……大丈夫か? 水なら俺が持ってくるから、イオは、寝床に横になるといい」
受け止めてくれたカイは、そのまま私を抱き上げて、寝床まで運んでくれた。
「有難う、カイ」
「ああ、安静にな」
それから半年後、無事に産まれた10体の子供たちと賑やかな暮らしをここでする筈だった。
そう、思い込んでいた。
―――――
「カイ!」
「! どいてろ! イオ!」
産卵から5ヶ月後。
光を放つ卵を持って、祠を飛び出したカイは、遥か上空に卵を投げて――
パアアアアン!
と大きな音と暴風を立てて、卵は爆散した。
「カイ……」
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……イオ……」
光を放っていた卵は、『魔力の子』だった。
竜の卵の分厚い外殻に阻まれて、私もカイも、爆発する直前まで、それに気付けなかった。
「残り9個は、皆、無事か?」
「ええ……傷一つないわ」
それから半月。
あの日から毎日確認していた卵の一つに異変が現れた。
「カイ……この子」
「ああ……魔力が微弱だな」
それから、卵の側を離れず、祈るように抱き続け――
「魔力を感じないわ……」
「…………」
卵を産んでから半年を目前にして、その子の成長が止まった。
この子は、あの爆散した『魔力の子』の番だったようだ。
番を失って、産まれてくる気力を失ってしまったのか……それでも、
「私は、産まれてきてほしかった」
「イオ……」
カイが肩を抱いてくれても、私の心は空虚だった。
それから、卵が成長を止めた後も、私はその子を抱き続けた。
卵は、どんどん黒ずんでいって、生命が息絶えたことを私に突きつけたが、私は構わず、抱き続けた。
ある日、私が籠ったこの祠の……隣の祠から産声を聞いた。それでも、私はここから動けなかった。
「イオ……」
「……」
カイが毎日やってきて、花と水を置いていく。
たまには、口に含んだ方が良いと、鬼大雀の巣から採取した魔力たっぷりの蜂蜜を固めた飴も、持ってきてくれた。
私たち竜は、星から送られてくる魔力だけで、充分活動できるのだが、経口摂取が出来ないわけではなく、たまに、そうしたものも嗜んではいた。
しかし、何が目の前に置かれても、今の私の心は動かなくて……口にすることが出来なかった。
「イオ、葬式をしよう」
何日も引き篭もり続けたある日、カイが突然そう言った。
「……葬式?」
「草花人とエルフがしているお別れの儀式だ。これをすると、気持ちが少し軽くなるらしい」
軽く? 私の卵は二つとも、死んでしまって、私の持ち物は、"軽く"なったのではないのだろうか?
それとも、無くした気持ちが重くて、私は今、身動きが出来ない、とでも言うのだろうか?
―――――
カイが、あまりにも悲しそうな顔をするので、私は、その"葬式"とやらをしてみることにした。
カイが用意してくれた木の棺に、黒ずんだ卵を入れる。
「綺麗なものを一緒に入れるといいらしい」
とカイが言うので、花を摘みに行く。
戻ってくると、棺の中に、卵以外に、同じ大きさの石が入れてあった。
「爆発した子の代わりだ」
「そう」
何となく、成長を止めた子の上に赤い花を、爆発した子の上に青い花を添えた。
そして、周りに色とりどりの花を敷き詰めて、お別れの言葉を言って、土に埋めた。
その上に、カイが石から切り出しておいてくれた墓標を立てて、手を合わせる。
合わせながら、考えてしまった。
また、産卵することが出来たなら、今度こそ、あなた達を産んであげると言えるのに、と。
竜は、一生のうち、一度しか産卵出来ない。
私がこの二人を産んであげられる機会は、二度とないのだ。
「イオ、家に帰ろう」
「……」
家、とは、あの私が籠っていた祠ではないわよね……
今度こそ、あの産声の主たちに会わなければいけないのか。
気持ちは重かった。
"葬式"をしたのに、私の気持ちは軽くならなかった。
「お帰り、カイ、イオ……」
家に帰ると、ボロボロのヨレヨレになった父――始祖竜アルが目の前にいた。
普段はサラサラのストレートロングヘアは、ところどころ絡まっていて、パァンっとハリがあった顔も、なんだか皮膚が弛んでしまっている。
極め付けは目の下の隈だ。長く生きてきて、ここまでやつれた父の姿を見たのは初めてだった。
父の腕の中には、眠る一体の赤ちゃん竜。
他の子達は、寝床ですやすやと寝息を立てていた。
「一体だけ、何をしても泣き止まなくてな……お前たちは、そんなことなかったのに、一世代挟んだだけで、こうも個体差があるとはな」
父が話しながらヨロヨロと私の前に向かってくる。
赤ちゃんを抱いているというのに、何と不安定な足取りか――気付けば、思わず父の腕の下に自分の手を出してしまっていた。
「ほら、イオ、お前の子だ」
父がその赤ちゃん竜を私の腕の中に落とす。
ずしり、とおさまったその命は、とても重たく感じた。
初めて、生きた自分の子を腕に抱いたというのに、私の心は重たく沈んだままだった。
だが、
ふわりと、カイが子ごと私を抱きしめた。
「っ……」
力強く抱きしめてくるので、子供が潰れないかと危惧した私は、カイに苦言を呈そうと、彼を見上げた。
ポロポロと、涙が降ってきて、私の顔を濡らす。
その涙は、ずっと、彼を一人きりにしてしまっていたのだと、私に気付かせた。
腕の中の子が身じろぎをして、私は、カイが、力強くとも、子が苦しくないように配慮してくれていることも理解して――
とうとう、私の目からも、涙が溢れた。
「カイ……ごめんなさい……私、一人で、悲しんで……閉じこもって……」
「いい……産んだのは、イオだから……俺よりも、辛かっただろうから……」
そんなことない、そんなことはないでしょう?
たまらなくなって、私は、子を片手に持ち替えて、空いた腕を彼の背に回した。
「ごめんなさい……カイ」
「……っ」
「二人とも……」
父の低く疲れ切った声に、私たちは、父の方を見た。
「私は、帰ってもいいか?……他の子達の砦も見に行きたいのでな……」
私たちは、父にお礼と平謝りをして、送り出した。
父は去り際に、「何かあったら、すぐに使いを飛ばすこと」
と私たちに言った。
「カイ……私、一人じゃなかったのね……」
「ああ、俺も、父も、兄姉たちも、それに、子供たちもいる」
一人で塞ぎ込んでいたことを、私は深く後悔した。
彼の優しさと存在に感謝しながら、子供たちを育てて、一緒に砦を大きくしていこう。
そう、強く決意して、腕の中の子を見つめた。
「遅れてごめんね……お母さんだよ」
小さな子竜の手にそっと触れる。
すると、眠っているその子竜は、小さな手で、私の指を握ってくれた。
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