番外編① ルドアルドの過去
――名前――
《マロン視点》
「なあー、いい加減、名前決めろよ」
「必要ない」
ルドは呼びにくいと、事あるごとに名前を決めろと言ってくるが、魔族にそんなものは不要だ。
人間社会に紛れて暮らす魔族たちに名前は必須だが、私は、ただ迷宮を生み出すことに尽力するつもりなのだ。
ゆえに、名など必要ない。
「おい、とか、お前、とか呼びたくねーんだよ! お前はもう、俺の一番の相棒なんだからよ……」
ふむ。一番か……
「私はおい、とか、お前、で構わないが」
「ああ!? 俺が嫌だっつってんだろ! ったくよー、らちがあかねーや……」
ルドの不満そうな顔も声も聞き飽きるほど聞いてきたが、迷宮作りも彼のおかげで順調だし、ルド固有の魔法のおかげで、他にない特性も持たせそうだし……願いのひとつくらい聞いてやってもいいか……
「エト」
「ん?」
「エトと呼べばいい。一番なのだろう? 一番星からとった」
夜空を指差し、そう答えた。
エトワールは、オータンの言葉で一番星という意味だ。安直だと笑うだろうか。
「エトか! 良い名だな!……でもよ、それならいっそ……」
ルドは、俯いて考え込む仕草を少しした後、パッと顔を上げて、私を見て、
「エドワルド! エドワルドにしよーぜ! 俺のルドアルドに似せてさ! 兄弟みたいでいいだろ!?」
突拍子のないことを言う。
しかし、悪い気はしなかった。
「分かった。それでいい、ルド」
「おっし! 決まりな! エド!」
おかしな事ばかり言うルドだが、それに返答するのも何ら苦ではなく、むしろ楽しかった。
―――――
「はあ、勿体ねーな。その見てくれで恋愛もしねーのは」
また突拍子もないことを言いだしたなと思い、よく聞いてみると、私の容姿は美しいらしく、『恋愛』というものをするのに有利に働くとのことだった。
「この見た目も、星が設定したに過ぎん。自由に変えられるし、お前そっくりにも出来るぞ」
「それは勘弁してくれ」
本気で嫌がるルドに、私は首を傾げた。
名前の時は兄弟を連想させるものにしたのにと。
姿も同じにしたら、ますます兄弟のように見えて、喜ぶと思ったのだが。
―――――
それから数年後、どんよりと曇らせた顔をしたルドが信じられない言葉を告げた。
「エド……俺、やっちまった……」
「なんだ? とうとう女達を孕ませでもしたか?」
どこの国の女なんだ? 養育費はこのくらい用意すれば足りそうか? などと話を進めていると……
「いや、養育費は要らないって……さ。俺よりもずっと資産がある方だから……」
「方?」
この粗忽者が方と呼ぶような人間は……
「俺、お姫様を妊娠させちゃったんだ」
さすがに、それは予想外だった。
そして、その時の子供の子孫が、あのマロンだった。
ルドに似ず、王室ゆかりの清楚で整った顔立ちのマロンだったが、
「私、どーしても王位を継ぎたくないんだ! それで、面白いことしかしたくない! だから外に出て、冒険者になるんだ! きっとそれは!」
ルドそっくりの琥珀色の瞳がキラキラと光り、
「めっちゃ楽しいことだと思うから!」
ルドと全く同じことを言った。
見た目に反して、中身はルドそのもののようなマロンに、私は少し肩入れしたくなった。
新しい迷宮作りも進めなくてはいけないというのにも関わらず、だ。
全く、人というものは何に影響を及ぼすかわからんな。
――ルドアルドの過去――
《ルドアルド視点》
今日、俺は全てを失った。
体を放り出した土手。
空を見上げると、清々しい青を横切って白っぽい筒が伸びている。
「星間エレベーターか……」
この戦争の元凶ともいえるそれを睨みつける気力もなく、俺はただそれを視界におさめた。
この星は、あと50年で寿命を迎えるらしい。
偉い学者共が、テレビでそれを垂れ流し、世界は、戦々恐々としていた。
しかし、新天地の調査を進めていたテレポート部隊が、似たような星を遥か外宇宙に発見。
あまりにも遠くにあったその星に複数人の調査部隊をテレポートさせるには、膨大な魔力が必要で、高魔力保持者は皆、調査部隊に徴収された。
その時、俺はまだ生まれたての赤ん坊で、両親は俺の高魔力もその固有魔法も秘匿し、俺は徴収されずに済んだ。
国の垣根を超えて、月に調査基地が設置され、太陽から膨大なエネルギーを引き、それを魔力に変換する魔法装置も作られた。
転移のための二種類の高魔力問題は解決された。
「そこまでは良かった……」
その後、テレポート使い達の力で移送できる人数には限りがあると、席取り合戦が始まった。
それは、あっという間に国家間、世界規模の戦争に発展し――
今日、俺の家族は国ごと消滅した。
ミクニ国の開発した、衛星軌道砲によって、焼き尽くされたのだ。
俺はライン戦線上にいたが、真っ直ぐに首都に向かって伸びた光に生存本能が働いて、気付いたら、この土手に転移していた。
すぐに意識だけ祖国に転移させて、現場を見たが、草の根一本生えちゃいなかったし、未だぐつぐつと煮えたぎる地面に絶望すらも、届かないくらいだった。
あまりのことに涙も出ない。
俺の家族たちは、異世界行きの席なんぞ欲しがらず、『星が終わるその時まで、穏やかに過ごそう』
と言っていたのに。
そうじゃない連中の思惑に巻き込まれて殺された。
「……何でだよ……」
白い筒――星間エレベーターは、たまに強く発光し、その中を調査部隊が通ったことが見てとれた。
雲一つない青空を横切るソレを見ながら、悪態の一つもついてやろうかと口を開く。
「……そうだ、異世界行こう」
? 思ってもみない言葉が口から出て、思考が止まる。
「……」
………………
あ、俺、テレポート魔法使いだったわ……行けんじゃん、異世界。
もう何にもやることがない。
守るものもない。
会いたい人もいない。
食べたいものもない。
好きな女もいない……
「……行くか」
そうと決まれば、俺は寝そべったまま、意識だけを飛ばし、月基地の外観、内観を宇宙工学博物館内の展示物で確認。
次の瞬間には、月基地内にテレポート。
駐留隊員を避けて、高魔力を頼りに異世界転移装置までテレポート。
中に侵入し、面倒な操作過程もテレポートで飛ばして――装置の作動一歩手前まで漕ぎ着けた。
装置内が高魔力で満ち溢れたのを感じて、テレポート魔法を、装置内に浮かぶ異世界の映像に向けて飛ぶようイメージして発動させた。
「んあ……」
気付いたら、見知らぬ森の中。
魔力は、さすがにすっからかんで、体もとてつもなく重たかった。
が、
「ここが、異世界、か」
それから、一番近くにあった街の、精霊を祀る神殿で記憶喪失を装って転がり込み、この世界の常識と、自活の術を教えてもらった。
神殿を出て、冒険者ギルドに登録した俺は、依頼を受けつつ、放置してきた魔法の修行も始めて、簡単な回復や、攻撃魔法、身体強化などを身につけた。
この世界の空気は、何だか薄くて、息苦しかったのだが、覚えた状態保身の魔法で、かなり楽になった。
依頼料が貯まったころ、国の端に迷宮が出現したと聞いて、自分の星にはなかったその場所に興味が湧き、以後――迷宮探査が趣味になった。
そうして、数年、各地の迷宮を巡り、あいつと出会った。
エドは、端正な顔立ちに、女性にしては少し高い背、薄い身体と性別の分からぬ姿をしている上に、整いすぎている平均的な魔力……ときて、すぐにピンときた。
――魔族だと。
成り行き……というか、俺が一方的に気に入って共に行動していたら、エドも悪い気はしていなさそうに見えた。
それを、仲良くなれたと判断した俺は、結局、一生をエドの隣で過ごすことになった。
幸せ、というよりも、面白かったエドの隣に最期まで居座って、魔力容器まで押し付けた俺は、あいつの記憶に残りたかったんだと思う。
生まれ変わったら、また二人で迷宮探査してーなあ……
エドは、俺のことを待っててくれるだろうか?
なんだかんだ言って、期待してるんじゃねーか?
あいつ、素直じゃないからなあ……
輪廻の輪に飛び込む直前まで、そんなことを考えていた俺のことを、エドも、俺さえも知らねーんだろうな。
「なあ、だから、"アンタ"が覚えててくれよ。
それで、エドに会えたら、言ってやってくれ。
また、俺と冒険しようぜって俺が言ってたってさ」
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