排泄器官
琥珀色の瞳を伏せて、紅茶を一口飲み、マロンは、顔を上げた。
向かいに座るアプリは、大きな赤い瞳を真っ直ぐにマロンに向けている。
「アプリ、君からは、年不相応の覚悟を感じるね。そんな君に真綿で包んだ物言いは失礼だと私は思う」
アプリは、こくりと頷いた――それは、はっきりと言って欲しいという意思表示だったと思う。
マロンの次の言葉を、僕は固唾を飲んで待った。
「取り繕わずに事実だけを言うね。『魔力の子』は、この星が生み出した『排泄器官』なんだ。竜と魔族の仕事でも、追いつかなくなったこの星の魔力が溢れてしまわないように、ランダムで選ばれた器に魔力を無限に流し続けて、爆発のエネルギーに変えて、消費するためのね」
やはり、そうだったのか……
危惧していたことが事実として、露呈してしまった。
僕は、アプリの顔を見た。
死ぬために生まれてきたと言われて、4歳の心はどうなってしまうのだろうかと心配して。
しかし、アプリは、
「……そんな気は、していました」
大きな赤い瞳には、強い意志が映り、揺らぐことなく、その赤を濃くしている。
この子は、自分の宿命を明かされても、迷わないのだ。
僕は思い返す――出会ったばかりの異世界人である僕とコーラに、「他の魔力の子を助けたい」と訴えて、危険な旅について来たアプリを。
強い、なんて安易な言葉を使いたくない。
この子は、覚悟して生きてきたんだ。
この事実を、真に知る者から聞かされる日を。
コーラとウィンリィに目線を移すと、二人は、アプリの手を強く握りしめていた。
ウィンリィの隣に座るルートさんも、アプリの顔を優しく見つめている。
ああ……そうか、アプリが酷な事実を受け入れられるのは、僕らがそばにいるからなのかもしれない。
どうか、そうであってほしいと、僕は、祈るようにアプリを――娘を見つめていた。
「でもそれは、この星が勝手に決めた役割だ。
今、君はその歳まで生きている。
それは、君をシステムの一部だと思っていない者たちが君を大切にした結果だ。それと、その竜が細工した腕輪、それを身につけている限り、魔力が溢れて爆発することもない。
つまり、今の君はね、ただの魔力溢れる子供なだけなんだよ」
マロンの言葉に、アプリの大きな赤い瞳が更に大きく見開かれた。
「そうだよ! アプリはさ、僕の可愛い妹分なんだ! えへへ」
「私にとっては、可愛い娘だわ、ふふ」
「僕にとっては、可愛い弟子、かな」
「あっ! 可愛い娘だよ! アプリ!」
コーラとウィンリィに頬擦りと抱擁をされながら、アプリは嬉しそうに僕らを見た。
マロンは、そんな僕らを目を細めて満足気に見つめ、
「だからね、子供は子供らしく、お腹いっぱいケーキでも食べてればいいんだよ。ほら、ウィンリィ、君も子供だ。世界のチーズケーキ10種が、隣の部屋で待ってるよ」
そうして、チーズケーキ!? と目をぎらつかせたウィンリィは、あっという間にアプリを抱えて、隣の部屋へ行ってしまった。
「か、ウィンリィ……」
「あはは! リィ、チーズケーキに目がないからねぇ……」
「ふふふ」
「ウィンリィは相変わらず可愛いね……さて、」
マロンが、僕ら大人組に改めて向き直る。
「君たち、今後の方針はどうするんだい?」
「あ、あの、この国に魔力の子はいますか? アプリと僕達は、魔力転送の腕輪を竜から賜っていまして、世界に散らばる魔力の子たちにそれを付けて回りたいんです」
「なるほど。それがあの子の願いなんだね。サム達は、元の世界に戻る術を手繰りながら、あの子の願いも叶えてあげようとしているのかな?」
甘い考えだと言われるだろうかと、僕が逡巡する間に、コーラが口を開いた。
「ええ、子の願いを叶える手助けをするのは、親として当然のことですから、それに……」
コーラは僕に目をやり、
「この人となら、それをしながらでも、有意義に旅をすることが出来ますから」
余裕を含ませて微笑む妻。
凄く信頼してもらえてるのは嬉しいが、しかし、凡庸さを自覚している僕には、それは途方もないことのようにも思える。
ただ――
「コーラにも、アプリにも助けてもらうよ? 僕は、一人じゃただの小賢しいだけの男だからね」
「あっはは! 僕とリィも、一応、力になるよ? 頼ってね?」
「ふ。なら、安心だね。君たちがぶれずに進むことを祈るよ。
それでね、魔力の子のことなんだけど、この国にも、隣国のスプリーンにもいないんだ。この辺りにはアプリだけなんだ。ただ、」
マロンの顔が険しくなり、僕ら三人も静かに二の句を待つ。
「海を越えた先にある国――ウィンターンとサマーンには、反応があるよ」
「! マロン、教えて下さり、有難う御座います!コーラ! 次の目的地は、どっちにしようか」
アプリに早く目的を達成させてやりたくて、僕は、気が急いてしまう。しかし、
「待って、サム。この国も、スプリーンも、人間の悪意少なき国だ。それはね、統べる者と住まう者に人が少ないからなんだ。
しかし、ウィンターンとサマーンは違うよ。人の悪意巣食う蠱毒のような土地もある。
そして、『魔力の子』とは、そういった悪意に利用されやすい存在なんだ」
僕は、はっとした。
「軍事利用……されているということでしょうか?」
「そういうことだ。それだけならまだしも――」
マロンが答えようとした、その時。
バサアッと応接室のベランダから大きな羽音が聞こえ、中に入ってきたのは……
「イオ!?」
アプリの故郷の獣人の村で、散々世話になった竜。
綺麗に外巻きにはねた肩口までの髪に、爬虫類のようなガラス玉の瞳。
細身の体躯だが、丸みある体のラインから女性体だと見て分かる見た目。
王宮に入るために一応、配慮したのか、頭に生える大きな角は見当たらない。
「久方振りですね、サム、コーラ」
「イオ……何度、正門から入って来いと言ったか、覚えているかな?」
おや? ずっと微笑を湛えていた王の顔がほんの少しだが、引きつっている?
「マロン、滅多に来ないから忘れていました。ああ、姿は認識阻害系の魔法でぼかしましたので、安心して下さい。それで――」
イオの瞳の中の黒い瞳孔が細く光る。
「そこのサムとコーラに話があって来たのですが、話の腰を折ってしまいましたか?」
あまり気にしてなさそうなイオに、マロンは深いため息を吐いた。
「はあ、他国の『魔力の子』がどのような扱いをうけているかの話をしていたところだよ」
「それなら、話が早いです。サム、コーラ、次はウィンターンに向かって下さい」
「えっ? そ、それは、何故?」
イオが言い切るなんて、嫌な予感がする。
「不当な扱いを受けている『魔力の子』が複数人、同じ街から見つかりました」
聞けば、アルは他国付近に砦を持つ竜達にコンタクトを取り、情報を集めてくれていたそうだ。
「ウィンターンの国境街、アイスエッジ……そこに魔力装置として、50人ほど囚われています。
しかも――
皆、自由に動けない体にされている……と」




