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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第5章 王室と魔族 第2話 ルドアルド

 転移の真実ともいえることを知れて、前に進めるはずだった。


 しかし、蓋を開けて見れば、更に険しくなった道が露わになっただけ。

 更に、僕の頭には嫌な考えが一つ浮かんでいた。


「王、様」

「ルートは正体を、知っても"王"と呼んでくれるけど、マロンでいいよ、サム」


 王としても、魔族としても、気さくな人柄だと思う。それでも、仮初の名前とはいえ、簡単に呼び捨てになどできる訳がない。

 しかし、そんな押し問答も時間がもったいないと思うほどに僕は思い詰めていた。


「マロン、さっき、転移の術式自体は複雑なものではないと言いましたよね?」

「そうだね」

「では、"発動"はどうなのでしょうか?」


 薄く笑んでいたマロンの瞳が開き、僕を見据える。


「君の思った通りなんじゃないかな?」


 全ての魔法には、設計図とも呼べる"術式"がある。魔法を使うには、先ずは術式を知り、理解しなければいけない。

 しかし、それだけでは魔法は発動しない。

 発動させるのに見合った想像力が必要なのだ。


つまり、


「時を渡るほどの強大な魔法の発動は、その魔法の使い手自身でないと不可能」


 時を渡る魔法など、僕は聞いたことがない。

 でも、時渡りの魔法の元になったのではないかと疑っている魔法が一つだけある。


「そうだね。その通りだよ。先ほど、あの迷宮は、変わり者の異世界旅行者と作ったと話したね」

「はい」

「少し、昔話をしようか……」


 マロンの目が伏せられて、その長い睫毛が顔に影を落とす。


 そして語られた内容は――


《マロン視点》


 その男は変わっていた。


 その日、まだ生み出されたばかりの新参魔族だった自分は、先輩魔族が作ったダンジョンに入り、その作りを見学していた。


 そして――


「わっ! アンタ、魔族だろ? このダンジョンの作り主か??」


 新参魔族とはいえ、人間に見抜かれるようなヘマはしていない……というか、星のシステム上、見た目も、魔力の流れも、生物のそれとなんら変わりなく作られている筈だ。


 それなのに、この男――ルドアルドに何故見抜かれたのかは未だに謎のままだ。


「俺、異世界旅行者なんだ」


 そう話す彼の出立ちは、

傭兵のような古びた甲冑を身に纏い、

手荷物は、小さなザックのみという旅行者らしからぬ姿。


「ま、元の世界には死んでも帰る気ないんだけどな! ガハハ!!」


 どうやら、現実世界に嫌気が差して、着の身着のまま転移してきたらしい。


 その後、ルドと二人でダンジョンを踏破し、これから自分もダンジョン作りに入ると話すと、


「めっちゃ楽しいだろ! それは! 俺にも手伝わせてくれよ!」


 と、琥珀色の瞳をキラキラさせながら強引に付いて来たので、共に一つのダンジョンを作ることになった。


 そして、60年後――


 ルドは、寿命の時を迎えていた。


「へへっ……いよいよだな」


 もうすぐ命が尽きるというのに、楽しそうに笑う彼の顔は、とても満足そうだった。


「さ、早く俺の魔力容器キャパシティ抜き取ってくれよ」


 そう。ダンジョンは、彼の魔力容器を持って完成する。


「俺がテレポート魔法使いで得したな……このダンジョンは、史上初の、「時を渡る迷宮」になるぞ」


 出会った時は、想像だにしなかったが、ルドは、傭兵のような風体で、立派な魔導士だった。


 しかも、希少なテレポート魔法使い。


 彼の望む通りに魔力容器を抜き取り、二人で組み上げた迷宮へ組み込む。


 一瞬、光を帯びた後、迷宮は完成した。


「ははっ! バッチリだな……俺とお前の共作……」


 その言葉を残し、彼は永眠した。


―――――


「つまり、時渡りの仕組みは、別種同士の高魔力の衝突とテレポート魔法の組み合わせで発動する魔法なのですね」

「うん、そうだよ。過去にテレポートするのに新たに術式を組み込んではいるけれど、時渡りを経験した者なら、理解も発動もできるんじゃないかな?」


 確かに、意識だけとはいえ、過去へ飛ばされる経験をした今なら、そっちは問題ないかも知れない。

 だけど――


「そもそも、テレポートは固有魔法です。術式が理解出来て、発動に必要な想像力を持てたとしても、使えることはない。その身に、魂に、結び付いた魔法ですから」


 言い終えて、悔しくて奥歯を噛み締める。

 僕の国にも、テレポート魔法使いはいた。

 彼に教えを乞い、何度も練習をした。けれども、いくら努力しても、少しの距離も飛べなかったのだ。


 そうした魔法を固有魔法と呼ぶが、やってみないと分からない精神で満ちていた若い頃の僕は、やり切らないと納得できず、チャレンジしたのだ。


 きっと、ルドアルドの使うテレポート魔法も、自身の魔力容器に組み込まれた固有魔法だったのだろう。


「マロン、ルドアルドの魔力容器だけでも、探査させてもらえないでしょうか?」


「あの迷宮には、ルドのものを含めて、10人分の魔力容器を用いていてね……ルドの魔力容器も他の人のも、全て迷宮自体に溶け込んで、取り出すことも、それそのものを探査することも出来ないよ。

それに、本当にもういつ骨組みが消滅してもおかしくないんだ。そうなった時、地下部分は、星の自己修復作用で、たちまち埋まってしまう。

生き埋めにはなりたくないだろう?」


 体が浮つき、地面に足がついているのかも分からなくなる。


「サム」


 ぽん、と柔らかな手の感触に、ショックでぼんやりしていた体がはっきりと元の形を取り戻したのを感じた。


「別の方法を探しましょう」

「コーラ、でも……」


 コーラの声は、最早、決断後のもので、いつもの僕ならば、それに反論したりなど、しないのだが。


「あなた、いつ崩れるのか分からない迷宮に潜るのは危険よ。私達は、生きて帰らなければいけないわ。ウィンディにまた、会うのだから」


 分かってる。その通りだ。万が一にも、ウィンディに届くのが、肉片や死体であっていいはずがない。


「サム、方法がゼロになったわけじゃないのは、分かってるんでしょ?」

「……異世界旅行者の中に、高魔力かつ、テレポート魔法の使い手がいることを期待するってことですか?」


 ただでさえ、テレポート魔法は希少だ。一つの国に、一人いるかいないかぐらいには。

 僕の国には、最大で同時期に四人いたこともあったが、それも、長い歴史の中では、全くいなかった時代もあるので、他国と変わらない。


「固有魔法か……それってさ、魂にくっ付いてる魔法のことだよね?」

「ウィンリィ……そうだよ」

「ならさ! 魂にくっ付けちゃえばいいんじゃない? テレポート魔法の術式を!」


 は? 母さ……ウィンリィがめちゃくちゃなことを言いだしたぞ?


「そうよねぇ……あなた、その小難しい頭をフル回転させて、その方法を確立させたらどうかしら?」


 コーラまで……何て無茶振りを。


「……すっごく難しいことだと思う。けど、サムならきっと出来る……気がする」


 アプリまで……


「ははっ! これはもうやるしかないんじゃない? サム?」

「……ルートさん」

「ま、異世界旅行者を探しつつ、固有魔法を魂に定着させる方法も考えるってことで、いこうよ」


 ああ、もう…………やるしかないか!


「分かりました! やってやりますよ。考え続けられるのが僕の強みです。出来るまで思考し尽くしてやる!」

「その意気よ、旦那様?」


 ふわりとコーラが僕の腕を抱きしめた。


「ふふ。結論は出たかな?」

「はい。王、お時間を頂き、有難うございました」


 深々とお辞儀をしたルートさんに倣って、僕も慌てて頭を下げた。


「いいよ、私も、異世界転移者と話が出来て、楽しかったからね。でも、あと一つだけ、いいかな?……その魔力の子のことなんだけど」


 『魔力の子』という言葉に、僕とコーラ、アプリも、僅かに反応してしまう。

 魔力転送の腕輪を付けているとはいえ、アプリの魔力は強大だ。まして、王が魔力の塊である魔族なら、気付かぬわけがない。


「アプリといったかな? ここから先は大人のお話だ。隣の部屋にケーキを沢山用意してある。

食べておいで?」


 しかし、アプリは、はっきりと被りを振り、マロンを真っ直ぐに見上げた。


「……私、自分のこと、魔力の子達のこと、もっと知りたい。だから、魔族のマロンさんの話、聞かせて下さい。お願いします」


 ぺこりとお辞儀をしたアプリが顔を上げると、両脇にコーラとウィンリィも移動していて、二人ともアプリににっこりと微笑みかけた。


「気持ちの良い話ではないよ? それでも聞くのかい?」


 それにも、迷うことなくこくりと頷いたアプリに、マロンも折れたようで、重たそうに口を開いた。

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