第5章 王室と魔族 第1話 転移の真実
「先ずは、王様に謁見だね」
時渡りの迷宮の作り主に会いに行こうという話だったのに、突然、王様に会いに行くことを提案された僕らは、今まさに、謁見の間に来ている。
豪奢というほどではないが、白基調の大理石の床に、同じく白基調の壁面には、細かな彫刻がされており、王と話すのに、遜色のない作りに見えた。
「あ、のー、ルートさん」
「なあに? サム」
「Sランク冒険者のルートさんとウィンリィは、ともかく、僕とコーラとアプリは、どんな立ち位置でここに居たらいいのでしょう……」
ルートさんは、そんなこと? と言った後、出された紅茶に口を付けつつ、母とアプリとコーラを見やった。
「ふう、そんなこと気にしてるの君だけだよ。ほら、女子三人をごらんよ、みんな、普通に寛いでるよ?」
確かに三人は、既に紅茶もクッキーも平らげ、執事さんに追加までお願いしている。
「いや、まあ、それはそうなんですけど」
「はあ、君はね、自分のことを過小評価し過ぎ。
時渡りの迷宮を踏破したんだから、自信を持ってよ。届けを出すのを優先していたら、S級だって目じゃない功績なんだからさ」
いや、それは、ルートさん達が居たからでは??と思ったが、これ以上、卑屈になっていると怒られそうだったので、僕は口を噤んだ。
それから程なくして、扉が開かれ、王と思しき方が入って来たので、僕は、慌てて立ち上がる。
ルートさんとウィンリィ、コーラとアプリも、立ち上がり、その方をお迎えした。
紅茶色のストレートロングに、薄く笑みを湛えた琥珀色の瞳。
白基調のシンプルなドレスの15から17歳ほどの見た目の少女。
そう、この国の王は、女王だった。
首都、ハーベストに来るまでの道中で、ルートさんからも年若い女性だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかったので、内心動揺した。
「ああ、みんな、座って」
少女にしては、少し低めの少年のような声は、しかし、彼女の見た目にとても相応しく思えた。
「こんにちは、私がこの国の女王のマロン=オータン=ヴィクトールだ。
ルート、ウィンリィ、三月ぶりだね?
元気そうで何よりだ。それで……」
僕ら三人に王女の目線がきたので、僕は、なるたけ平静を装って、自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。サム=ブロッサムと申します。隣は、妻のコーラと娘のアプリです」
「ふむ。君たちもルート達と同じ、異世界転移者か」
驚いた! 竜ならともかく、それを見抜ける人間がいるなんて。
「あ、の、何故分かったのですか?」
見たところ、高魔力保持者にも見えない……探査能力が高いのだろうか。
「王、保証します。彼らの人柄は」
「そうか、なら……サム、私はね、魔族なんだ。だから、君たちの体が根本からこの星の人間とは違うのも分かってる……というか、分かってしまうんだ」
なるほど……魔族か……竜と同じ、この星が産み出した魔力制御のシステム。
だからか、始祖竜アルカイオスことアルが僕らのそれを見抜いたのと同じ道理。
ん? え? 魔族?!
「あらまあ、人の国の王が人ではないだなんて、面白いですね」
コーラ!? そんなこと言って大丈夫!?
僕は、すぐに王の顔色を伺ったが、入ってきた時と同じ、薄く微笑んだままで、何を考えているのかまるで分からない。
「それがね、そう、面白いことでもないんだ……今、この国の王族は、8割が魔族に成り代わっている。日常なんだよ、魔族が人の国を統治するのはね」
とんでもない国に来てしまったのかもしれない。
僕は、ぎぎぎ……と硬くなった首を動かして、ルートさんの方を見た。
視線に気付いた彼は、いつもの調子で、笑いながら話し出す。
「あっはは! 驚いた? でも、これには事情があるからさ。もう少し大人しく聞こうね」
まるで子供をあやすかのように言われ、僕はしぶしぶ王に目線を移した。
「驚かせたね。でもね、理由は瑣末なことなんだ。この姿の持ち主、本物のマロンはね、どうしても15で王位を継ぎたくなくて、手当たり次第に、助けてくれそうな存在を召喚したんだ。
で、私は、その内の一体でね、彼女に見初められて、今、身代わりをしているというわけさ」
ど、どれだけ継ぎたくなかったんだ?? 魔族に身代わりをお願いするって、王位を継ぐことよりも、大変なことなんじゃないのか!?
「あ、あの、対価とかは? ありますよね?」
僕らの世界のファンタジー小説の魔族とは違うのだと分かっていても、魔族と言えば、魂を差し出すとか、そんな条件を想像して、聞いてしまった。
「うん、あるよ。魔力容器……キャパシティをね、死ぬ間際に譲渡してもらう契約をしているよ」
この星の生き物は、皆、魔力容器を持っていて、その大きさに見合った魔力を星から供給されるという話は、アルから聞いて知っている。
しかし、
「それを手に入れて、何に使うんですか?」
やはり、食べるのだろうか? 魔力を食すよりも、器の方が美味しいとかかな……
「僕ら魔族が迷宮を生み出しているのは、聞いているよね? 魔力容器はね、迷宮を作る骨組みになるんだ」
「サム、僕が王に会おうって言った意味が分かったでしょ? 時渡りの迷宮は、王が遥か昔に生み出したものなんだ」
王は、おや……とルートさんの方を向く。
「ルート、全部は話していないのかい?」
「はい。元の世界に帰ることを強く望んでいるサム達は、直接、王から話を聞くべきだと思いまして」
「そうか。なら、私は彼らをがっかりさせてしまうだろうな……あの迷宮は、老朽化が進んでいて、魔族会議全会一致で、取り壊しが決まっているんだ」
「あら、それは困ります。何とか補修して、継続は出来ないのでしょうか?」
おお、コーラ、切り込んでくれるなあ……情けないことに僕は、王が入ってきてから、ずっと圧倒されていて、上手く質問が出来ていない。
「補修もね、何度も行っているけれど、骨組み自体が500年前のものなんだ。だから、いくら肉を直しても無意味なのさ。ほら、"肉を切らせて骨を断つ"という言葉があるだろう?骨が無事でなければ、肉も腐り落ちる、今、あの迷宮は、そのような状態なんだ」
ああ、迷宮存続の術が見つからない……王が迷宮に入る者を制限していたのも、それが真の理由なのかもしれない。
しかし、諦めてたまるか!
「王、どうか、あの迷宮の、時渡りの術式をお教え願えませんか?」
「ふむ。術式自体はね、そんな複雑なものではないよ。ただ、発動の魔力源は、ただの人間が生み出せるものではないんだ。君たちが、この世界に来た時のことを思い出してもらえれば、分かりやすいと思うんだけど」
この世界に来た時、僕とコーラも、ルートさん達も、第三国の高魔力砲を、魔力で防ごうとした。
母とルートさんの放った魔力は、間違いなく高魔力だっただろう。
僕らの時は、10人の上級魔導士が張った結界を、更に僕が、国一番の結界師リーンのものに寄せて調整した上等なものだった。
故に、高魔力で出来た結界だったと胸を張って言える。
「高魔力同士の衝突をあの迷宮だけで、生み出しているということですね?」
それは、途方もないことだ。
「そういうこと。そしてね、この星の住人の中に、それ程の魔力容器を持ち得ている生き物はいないんだ。強いて言うなら、ルートが一番可能性があるかな」
第一国の筆頭魔導士といえば、僕らの星で一番の高魔力保持者だ。それですら、可能性レベルの話にされてしまうのか……でも!
「複数人の魔力を合わせれば、転移の高魔力を生み出せるのではないでしょうか?」
母とルートさんは、2人がかり、僕とコーラは、仲間達と合わせた10人がかりで転移に必要な高魔力を生み出せたんだ! 出来るはず!
「それがね、出来ないんだ。ぶつかり合った高魔力は、種類が全くの別物同士だったはずだよ。
あの迷宮はね、この星が、無限に放出する魔力以外に、遠くの他の星からも魔力を吸い上げている特異な迷宮なんだ。500年前に、異世界転移して来た変わり者と一緒に作ったんだけどね」
つまり、あの迷宮は、他の太陽系から星規模の魔力を転送して動いているということか?
あまりの事実に、背筋が凍る。魔族であるマロンの力もあったとはいえ、そんな途方もない術式を組んで、発動させることの出来る人間がいたなんて……
それに、別種の魔力同士の衝突がエネルギー源なら、三国の魔力は同じ星なのに、種類が違うということになる。
確かに、あの国の魔導士たちは、他の国とは違う魔術体系を使ってはいたが……
「サム、混乱させちゃうかもしれないけど、第三国はね、僕らの星に土地ごと召喚された異世界なんだ」
あ、もう、ついていけそうにない。
「なるほど、それなら、全て合点がいくわね。
サム、あなたの言うところの、見事な伏線回収なのではないかしら? これ」
「コーラ、僕は、君の順応性の高さが羨ましいよ」
この時ほど、何ものにも動じない妻の性格を頼もしいと思ったことはなかった。
しかし、それを理解するということは、
僕らとは別種の魔力を――しかも、第三国の高魔力砲と同等の力を持つ者を見つけなければ、僕らは帰れないという現実を認めることと同義だった。




