第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第26.5話 番外編③ サムの妹、リジーの半生
物心付いた時、私に両親はいなかった。
でも、祖父母がいたから寂しくはない。
しかし、それも、13までで、私は1人きりになった。
祖父母の遺書に、両親のことをよく知っているという人の連絡先が書いてあり、私はその人に会いに行く。
その人は、ロア=ライトと名乗り、両親は自分の教え子だと教えられた。
ライトさんは、記録媒体から持ちうる全ての両親の映像と画像を見せてくれた。
「お前さんは、父親似だな。でも、瞳が大きいのは、母親似かな?」
記録の中の両親は、仲睦まじかったが、子供の頃まで遡ると、全くそんな雰囲気ではなかったので、不思議に思い、尋ねると、
「ウィンリィが鈍すぎてな……ジンは苦労してたよ、本当に」
苦笑いをしながら、そう語るライトさんは、楽しげであり、少し寂しそうにも見えた。
程なくして、他国からの亡命者支援をしていたライトさんとは、その兼ね合いで連絡が取れなくなる。
会えなくなる前、ライトさんは言った。
「ウィンリィは、お前さんを育てたがっていたよ。でも、どうしても軍に渡したくなかったんだ。
軍に二人の子供として感知されれば、君はflowersにされて戦争に送り出されてしまう。仲間も恋人も戦争で失ったウィンリィは、それだけは阻止したかったんだ」
ところが、母の危惧も無駄であった。
私には、魔力の栓がない。
大量の魔力を保持していても、それを放出することが出来ないのだ。
結果として、私は魔法が使えなかった。
母と別れる必要など、なかったのだ。
そのまま、一人ぼっちのまま、何年か過ごす。
幸い、勉学は得意だったので、飛び級と奨学金で、10代のうちに自活できる力は得られた。
夫とは、初めての就職先で出会った。
家族を作ることを半ば諦めていた私に、彼はこう言った。
「俺が盤石な家庭を君に見せてやる。誰も欠けない、欠けさせない。俺を信じてほしい」
それを信じて一緒になったのに、たった半年で、彼は病気になった。
この国には、治療法がない。けれど、二国には、治癒魔法と薬を合わせた治療法がある。
悩まなかった。
母が私を育てることを諦めてまで、逃がしてくれたけど。
二人ですぐに二国へと移住した。
彼の病気は、完治はしなかったけど、寛解はして、普通に生活するのに苦労はしなくなった。
職も得て、生活が安定した頃、私は妊娠した。
無事、産まれた息子は父にそっくりで、私は涙が出た。
夫の顔が好きだったから、夫に似て欲しかったのにと。
2人目も無事産まれた頃、長男に魔法適正があることが分かった。
逃がしようがない。長男は、魔法少年になるしかなかった。
でも、次男は、魔法適正が無さそうだった。
5歳の時の検査で、私と同じ、魔力栓がないことも確認でき、夫と2人、泣いて喜んだ。
人生で最も安心した瞬間だった。
けど、
「魔力解放プロジェクトに志願する。
俺、絶対に魔法少年になりたいんだ」
父にそっくりの意志の強い瞳で、そう話す息子を止めることは出来ないと思った。
当然、夫は大反対する。私も止められないと分かってはいたけれど、息子を応援することも出来ず、親としての態度を決めあぐねていた。
そうこうしている内に、長男に付いて行った野外演習で、軍のお偉いさんに次男が直談判してしまい、私達夫婦に、それを了承する以外の道は断たれてしまう。
夫は、仕事の有給を使い果たして昼夜問わず泣き喚き、私は、静かに息子の決断と覚悟を飲み込んだ。
夫が子供の戯言と笑った息子の理由は、
好きな女の子の視界に入りたい、いずれ戦地に送り出される彼女を守りたい。
とのことで、私には、それは戯言とは思えなかった。
大事な人を守りたい、手に入れたい、その気持ちを否定は出来ない。
否定したくない。
それは、私の母の願いであり、私が諦めたふりをして、渇望したものでもあったから。
泣き尽くした後、夫は、息子の想い人に憎しみを向けた。
可憐で、天涯孤独な少女。
それが、彼女だった。
私と同じで両親がいないその子は、そのことすら当たり前で、家族のいない寂しさすら感じたことのない可哀想な子だった。
己の身の不幸を自覚すら出来ない彼女の境遇は、無感動と言われる私の胸さえ、締め付けた。
可能な限り、関わり、優しくしたかったが、夫が憎んでいたので、思うようには関われなかった。
それに、私の家族は、先ず第一に夫なのだ。
私はこの人を大事にしたい。
この人が泣くのも、喚くのも、私に宣言したからだ。
『誰も欠けない盤石な家庭』
でも、でもね、そんなものは夢物語なんだ。
分かってるし、諦めてる。
失うのは止められないと。
それでも、歩くのをやめなかったから、夫に会えたし、息子達にも会えた。
それに、どうせ、失い続けるのなら、
「今を噛み締めて、楽しんでやろう。きっと、父も母も、そうだっただろうから」
やり切って、やり遂げて、人生を終えた息子の葬儀。
焼香を終えた夫の足取りがあの子に向かうのを見て、止めるために立ちあがろうとしたが、その前にあの子の友人達が外に連れ出し、夫は声を掛けそびれていた。
私の隣に戻ってきた夫が、なんとも言えない複雑な表情をしていたので、彼の肩に手を乗せる。
「リジー、俺は……」
呻くように出た声に、彼の顔を再度見ると、後悔の念が滲み出ていた。
「あの子に、謝りたかったんだ……俺の不甲斐なさをぶつけて申し訳なかったって……」
どうやら、夫は、謝るなら、せめて、息子の前できちんと謝罪がしたかったようだ。
今日の葬儀がそのラストチャンスであったが、逃してしまい、項垂れている。
気持ちは分からないでもないが、大人としては、不甲斐ないその様子に、私は閉口した。
が、何か言葉を掛けてやらないと項垂れたまま、溶けて地面に流れてしまいそうだったので、言葉を探す。
「……あなた、今更、あの子に謝ったところで、あなたが最低最悪の大人であることに変わりはないわ。
謝罪も、所詮、あなたの自己満足よ。あの子のことを思うなら、関わらないこと、それが無難だわ」
夫は、私が大好きな切れ長の一重を目一杯見開いた後、目の縁に涙をいっぱい溜めて、それが溢れないように眉を懸命に寄せていた。
「か、母さん、それは……」
夫の隣に座っている長男が口を開く。
が、
「ふっ! ふははっ! ウケる! リジーさんの言う通りだね!
でも、お義父さん、あなたの謝罪は、オプシーに伝えるよ。
ただし、覚えてたらね」
長男の嫁のその言に、夫が目をぱちくりさせたので、溜めていた涙は流れていく。
変わり者と名高い嫁だが、多分、ちゃんとあの子に伝えてくれるのだろう。
いつか、家族を得たあの子と私達で、食事を囲めるだろうか。
その日が来ることを願って、今は、次男――ネムの生に、花を贈りたいと思う。




