第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第26話 選びたい未来と次の目的地
「ねえ、コーラ」
「なあに? サム」
コーラが目覚めてから、数日、体力の回復を待って、今は、リハビリがてら一日に一件依頼をこなしている。
アプリも、あの電撃魔法具をかなり使いこなせるようになっていて、中難度ならば、完璧に一人でもこなせるようになった。
普段、寝る時は、コーラとアプリとウィンリィの三人寝か、僕とコーラとアプリで眠るのだが、たまにルートさんが気を利かせて、二人きりにしてくれた。
で、今は、久々の二人寝なのだが。
「僕さ、母さんの過去を見てきて思ったことがあるんだ」
それまで、仰向けだったコーラが、僕の方に向き直り、その赤紫の瞳を向けてくれた。
「僕は、僕らを育ててくれた母さんの人生を誇りに思ってる。その上で、決めたことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「ええ、聞くわ」
妻の優しい表情を確かめて、僕はまた口を開く。
「今、僕らが共にいる13歳の母さん――ウィンリィには、この世界に留まることを薦めたい。
戦争に行かなくていい場所で、子供らしく楽しめる世界を、ウィンリィには生きてほしいんだ」
もそり、とコーラが起き上がる音が聞こえると、僕が隣を見る前に、彼女の顔が正面に現れた。
「私も、ウィンリィさんに、子供らしくいられる選択肢を選んでほしいわ。あの頃……私たちに、ウィンリィさんが言いたかっただろうことを、私たちが彼女に言いましょう」
するりと、頬を滑るように撫でられて、僕は、目を瞑った。
口に、柔らかな感触がして、キスをされたのだと理解する。
「ん、明日、伝えようか」
「ええ」
きっと、いつかは帰らないといけないと思い込んでいるウィンリィに、自分を優先していいのだと、今度こそ伝えるんだ。
―――――
翌日、僕ら五人は、ギルドに依頼を見に行くことはせず、休日にして、公園に向かった。
あの、初めて五人で朝ごはんを食べた場所で、市場で買ってきた朝ごはんを食べるためだ。
食べ終えて、お腹いっぱいのアプリがお昼寝を始めて、ルートさんがお手洗いで席を立った時に、話を切り出す。
「ウィンリィ、戻らなくていいんだよ」
「……え」
「君がいなくても、きっと、他の誰かが世界を回す。だから、君はここにいていいんだ」
ウィンリィは、戸惑いの色を浮かべている。
「でも、」
「ウィンリィ、あなたがここに居たいのなら、それでいいのよ。あなたの心の赴くままに、選ぶべきよ。あなたが、楽しいと思える場所をね」
ウィンリィの大きな桃色の瞳が、こぼれ落ちそうなくらいに見開かれて揺れた――
「そ、そう出来ると、いいな……」
それは、小さくか細い声だった。
「出来るよ。先のことは、君が考えていいんだ」
「そうよ、ウィンリィ」
そうしたって、いいんだ。
しかし――見開かれていた時は、揺れていたウィンリィの瞳の揺らぎが、ぴたりと止まる。
「……ありがとう、サム、コーラ。二人の気持ち、とっても嬉しいから、心に留めとくね。でも……」
言い澱むウィンリィの姿は、何かを必死に飲み込もうとしているように、僕には見えた。
何か言わなくちゃと、口を開いたその時、ウィンリィが突然、立ち上がる。
「元の世界に帰る方法は、探し続けるよ! サムとコーラを娘ちゃんに会わせたいし、インターも……息子くんに会わせてあげたいから」
ズンと胸が詰まる。ウィンリィは、まだ、人のことを優先してる……アプリには、常日頃、子供らしくしていていいって言っているのに。
こんな13歳の少女が、子供らしくいたいという当たり前のことすら、願えないなんて――
「……ん……」
「あっ、アプリ起きたね! じゃあ、いっしょに遊ぼ!」
「あっ! ウィンリィ……」
まだ寝ぼけまなこのアプリを抱き抱えて、颯爽と芝生を駆け抜けるウィンリィ。
あっという間に、遠くの遊具のある場所まで行ってしまった。
「……し、失敗した?」
「そんなことないわ……まだ、届かないだけ」
伝え方をしくじったと、冷や汗をかく僕に対して、コーラはとても落ち着いている。
「あれ? リィとアプリ、行っちゃった? 露店でたい焼き買ってきたんだけどなあ……」
ルートさんも戻って来たが、僕はまだ、冷や汗をかいたままだ。
「どうしたの? サム」
「いえ、大人としては、僕はまだまだ無力だと痛感しただけです……」
ルートさんは、今度は困った顔で、コーラを見つめたけれど、にっこりと笑みを返されただけで、仕方なく黙って座った。
「サム、大丈夫よ。ルートもいることだし」
「えっ? コーラ、僕のこと、呼び捨てにしてくれるの?」
僕も驚いた。コーラは、割と他人行儀なところがあって、彼女が敬称を付けない人間は、とても少ない。
「あら、いけないかしら?」
「全然、普通に嬉しいよ。サムは? サムはいつになったら、さん付けをやめてくれるのかなー?」
「はあ、僕はまだ、ルートさんで、いかせて下さい。なんか、呼び慣れちゃいましたし」
「そ。ま、僕もそっちの方がしっくりくるかな」
そんなこんなで、僕らは、ウィンリィの憂いを晴らすことはまだ出来なかった。
それでも、未来は選べるはずだ。
過去は変えられなくとも――
……そう、信じるしかなかった。
「あっ、そうだ。あの迷宮、閉鎖が決まったってさ」
「えっ!?」
「老朽化のためなんだって。どうする? もう探査出来そうにないけど?」
それは、困る……時渡りの術式は、元の世界に帰る方法に直結するかもしれないのに。
「ルート、意地悪しないで、本題を言いなさいな」
「わあ! 分かっちゃった?」
「ほ、本題?」
あ、コーラがジト目でルートさんを見つめている。これは、完璧に仲間として認められたんだな……
「本題っていうほどのものでもないけど、あの迷宮、作り主が魔族だって、前に言ったよね?」
「あ、はい。そう聞きましたけど……」
ルートさんの笑みが怪しく深くなり、黒曜石の瞳も、キラリと光る。
「作り主に会いに行こう」
「は?」
まるで、それが当然であるかのようだった。
魔族なんて、そんなおいそれと会いに行ける存在なわけないのに。
しかし、彼の提案は、それだけではなかったのだ――
「というわけで、次の目的地は、オータン首都ハーベスト――そこに鎮座する王宮……」
へ? 王宮??
「先ずは、王様に謁見だね」
「はい?」
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございます。
明日から三日間、土、日、月と新章前の番外編を3話投稿予定です。
・番外編① ルートとウィンリィの出会い
・番外編② お袋の味
・番外編③ サムの妹、リジーの半生
本編では描ききれなかった、
“過去”と“未来”を繋ぐ物語になります。
少しだけ、本編より穏やかで、
少しだけ、切ないお話です。
その後、火曜日から新章へ入ります。
引き続き、見守って頂けたら嬉しいです。




