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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人
第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来

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目覚めた妻

「……」


 チュンチュン……と小鳥が囀る音で目覚めると、隣には、すうすうと寝息を立てる美しい妻。


 今日こそ目覚めないかなあと彼女の頬に手を伸ばす。


「……サム?」


 ゆっくりと、長い睫毛が揺れて、赤紫色の瞳が覗いた。


「コーラ……」


 たまらず、体を抱きしめた。

丸5日、眠り続けていた彼女の体は、少し薄くなっていて、尚も力を強めてしまう。


「苦しいわ」

「ごめん……でも」


 緩めてあげられない……だって、僕。


「寂しかったのかしら? あなた……」


 背中に腕を回される。この感触も久しぶりで、くすぐったい。


「寂しかったよ。おはよう、コーラ。迎えに来てくれてありがとう」


 妻の手がピクリ、と動く。


「……あなた、置いていったわね? 私を」

「うっ!……ご、ごめん、咄嗟に……」


 置いて行かないで、と泣きながら言った、あの日のコーラが頭に浮かぶ。


「絶対に私を置いて行かないでって、私が言ったこと、忘れたのかしら?」

「! 覚えているよ。でも、その、やっぱりコーラを危険な目に合わせたくなくて、その」

「……ごめんなさい。分かってるの。アプリのためにも、二人共倒れは許されないもの。……それでも」


 背中に回された手が、ぎゅうと僕のシャツを握りしめる。


「二度と置いて行かないで。お願い」

「うん……分かった」


 バターン!!


「サムおはよう! 今日は……」


 ベッドの上で、きつく抱きしめ合う僕ら……を凝視する未来の母――現13歳。


「ごっごめん!」


バタン。


「ふっふふふ。こんなこと、前にもあったわね……」

「ふっくくく。あったね、母さん、子供の時まで、タイミングが悪いなんて……」


 昔を思い出して、ひとしきり笑い合ってから、僕らは起き上がった。


 身支度を手早く済ませて、ウィンリィ達の部屋に向かう。


 すると、廊下で話すルートさんとウィンリィの姿が目に入った。


「あはは。リィ、やっちゃったねぇ」

「うう……面目ない」


 ウィンリィは何も悪くないのだけど、しょげている姿は、素直な子供のもので、大人になった母からは、見られなかった珍しい姿だと思った。


「あ、サム。コーラ、歩いて大丈夫?」

「!?」

 

 こちらに気付いたルートさんに声をかけられた。


「ええ、平気よ。お腹はぺこぺこだけれど」

「あっ、コーラ! 何食べたい? 最初はお粥とかがいいかな?」

「ありがとうウィンリィ。普通ならそうなのでしょうけど、普通に食べられそうだから、みんなと同じものを頂くわ」


 ふわっと微笑んだコーラに、ウィンリィは、ほうっと頬を赤らめた。


「絶食後の美人の微笑み……良い」


 そんなウィンリィを見て、ルートさんが、短くため息を吐いて、僕の隣に移動してくる。


「サム、君のお母さんさ」

「ルートさん、言いたいことは分かります。でも、あれが母の通常モードなので……」


 小声でこそこそと話す僕らの姿を見て、コーラがふふっとまた笑った。


「すっかり仲良しね……あなたに、オーレン以外の友達が出来て、私も嬉しいわ」


 何だか、母親のようなことを言う妻に、僕は眉を顰める。


「まるで、オーレンしか僕には友達がいなかったみたいじゃないか」

「あら、私もアニも友達だったわよ?」


 つまり、


「へぇ……サム、同性に嫌われるタイプ?」


 まあ、そうなのだが。

 間違ってはいないが、反論しようと口を開いた時だった。


 ガチャ……


「……!」


 扉を開けて、出てきた小さな女の子。

 僕とコーラのこの世界での大事な娘。


「「アプリ」」


 二人で広げた腕の中、転がるように飛び込んできた娘を抱きしめた。


「アプリ、寂しかったのね。ごめんなさい。お寝坊なお母さんで」

「……ううん」


 小さな体は小刻みに震えてて、僕はたまらない気持ちになった。


「ごめん、アプリ。不甲斐ない父親で」

「……ううん」


 やっと娘を抱きしめられた。


「ふう。一件落着かな」

「うっ、ぐすっ、良かったね……アプリ」


 ルートさんの安堵の声と、ウィンリィの涙声も聞こえてきて、随分、心配をかけてしまったのだと思い知る。


「さ、みんな、朝食とりに行こう」


 ルートさんにそう言われて、僕ら五人は、宿屋併設の食堂へ向かった。


 五日も何も食べていなかったコーラは、紅茶とかぼちゃのスコーンをひとつ食べたきりだった。


 それでも、みんなの食事を幸せそうに見つめる妻を見て、僕も満たされた。


―――――


「途方もない経験をしてきたのね……」


 朝食を終えて、今日は各々、休もうとルートさんから提案されて、アプリを伴って部屋に戻った。


 お腹いっぱいのアプリが、寝入ってしまったので、僕はコーラに、時渡りで見てきたものを全て話した。


「アニのことは、まあ、予想はしていたけれど……」

「えっ??」


 何と、コーラは、ルートさんとの初対面の時点で、アニの血縁者ではないかと勘繰っていたと言うのだ。


「だって、あの人、匂いがアニと同じだもの」

「に、匂い??」


 ルートさんからアニと同じジニアの花の香りがしたことはないが……


「花の香りとかじゃないわよ? 人間の持つ体臭のことよ」


 ?マークを飛ばす僕に、心を読んだかのような返答をする妻。


「た、体臭……」


 妻が犬になってしまった。

 さらに首を傾げる僕に、コーラはふふっと笑みをこぼして、


「懐かしいな、と思ったの。敵国の人で、ウィンリィさんの保護者に納まっている鼻持ちならない人なのに」

「……ちょっといいなって思ってたってこと?」


 そういう意味ではないと分かってはいたけれど、否定してほしくて、つい聞いてしまう。


「ううん。アニにはもう会えないから、見てると、複雑な気持ちになったわ。だから、ちょっと、最初は棘のある物言いをしてしまったこともあったわね。ルートさんには、今度謝るわ」


 ああ、あの、ルートさんを試しているかのような言葉の数々は、そういう気持ちからきてたのか……


「全然気付かなかったよ……言ってくれれば良かったのに」

「確証はなかったし、あなたの方が頭がいいもの。きっと、自然に気付いて、私よりも正確な答えに辿り着くと思ったの」


 いや、ルートさんといい、コーラも僕を買い被りすぎじゃないか?


「いや、全く気付かなくて、面目ない」

「ふふ。あなたでも見えないことは、私が補うわ。これからも、ずっとね」

「……うん」


 アプリが起きるまでの短い間、僕は、コーラの肩を抱いて、コーラは、僕の腰に腕を回して、ベッドに腰掛けていた。


 遠い世界に来てしまったけれど、二人ならやっていける気がしていた。


 更に、娘も、仲間もいる。


 ――この時は、本気でそう思っていたのだ。


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