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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第1章 転移と喪失 第4話 先住民と夫婦の涙

 あの後、グレイがもう1人仲間を加えたいと提案してきたので、彼を信用し始めていた僕らは二つ返事でそれを了承した。


 シルバーの家が、グレイの家からだいぶ離れていたので、戻る頃には日が暮れており、すぐに夕食の準備に取り掛かる。

 3人で分担して料理を作り、食べ終えたところで、竜について知っていることを話させて欲しいと、グレイから申し出てくれた。


「実は……元々の先住民こそ、竜なんです。なので、彼等にとって俺たちは新参者に過ぎません」


 僕とコーラは、顔を見合わせる。

 てっきり、彼ら獣人たちが先に居て、後から竜が住み着いて困っているのだと思っていたからだ。


「あと、瘴気を出しているのは彼ら自身ではなく、体から漏れ出る竜の魔力が、汚れた土地が産む大気と混ざり合うと瘴気になるんです」


 グレイは言いづらそうに言葉を続ける。

 そもそも、汚れた土壌を選んで移り住んだのは何故なのだろう?

 竜たちも、この土地を選んで住んでいる理由が見えてこない……。


「竜達は、何故、わざわざ瘴気を産む土地を根城にしてるの? 彼らに何か、利点でもあるのかな?」


 グレイは、驚いた顔をした後、


「明確な理由は不明なのですが……上位種の竜にも天敵と言える魔獣がいます。

 おそらく、天敵が攻めてきた時に少しでも戦況を有利に運べるよう、この土地を選んで住んでいるのではないでしょうか」


 そこまで話して、グレイは大きなため息を吐いた。


「後から来た俺たちが出ていくのが道理だとみんな分かっています。でも、ご存知の通り、僕らもこの国を出ていく訳に行かないので」


 と、2度目のため息を吐いた。


「サム、もう潮時なんじゃないかしら?」

「そうだねコーラ、僕もそう思ってたところだよ」


 僕らのやり取りに?マークを飛ばすグレイ。

 もう話してしまおう。彼なら信頼に値する。

 コーラも多分同じ気持ちだろう。


「グレイ、僕らは君たちが何故この国を出て行けないのか知らないんだ。それどころか、他の国々のことも、何も知らない」

「えっ? それは……まさか!」

「そう、僕らはこの世界の人間じゃないんだ。異世界から来たんだよ」

「ああ、異世界旅行者の方達だったのですね! 最近増えていると聞きます」


 ん?


「異世界から旅行者が来るのが日常なのかしら? この世界は」


 滅多なことでは、表情が大きく崩れることのないコーラですら、少し顔が引き攣っている。


「あはは、はい、そうなんです……って、そんなわけないじゃないですか! たまに、たまーにですよ、号外が飛んでくるだけです。月1くらいで」


 月に一度でも異世界人が現れるのか……この世界は、思っていたよりずっと“普通じゃない”。


「ごめん。僕らは昨日、突然この世界に飛ばされたんだ。だから、路銀を無くしたというのも嘘で、本当はこの世界の通貨自体、見たことも手に入れたこともないんだ」


 ここまで話して、ようやく僕らを襲った事象が理解出来たのか、グレイは急に神妙な顔つきになった。


「あの、それは……なんと言っていいやら……とにかく、た、大変な不幸でした、ね……」


 グレイは、ずずっとすっかり冷めた薬草茶を一気に飲み干し、


「そんなお2人に依頼など、すみません。事情を知らなかったとは言え、ごめんなさい。受けているどころではないですよね……」


 僕ら夫婦は顔を見合わせて笑みを交わし、またグレイに顔を向けた。


「依頼は受けるよ。むしろ、この世界のことを知るのに好都合だと思うんだ。竜というのは、太古の昔からいる上位種なんだろう? そんな存在に話を聞ける良いチャンスなんだからさ」


「そっ、そんな風に捉えているなんて! サムさん達は凄いです。立派です。俺が同じ立場だったらパニックになって、一年くらいはその日暮らしをしてたと思います!」


 コーラと2人、そんなことないよ、と彼に返す。


 本当は、強がっているだけだ。

 けれど、そう思わなければ立っていられない。

 今だって、昨日迎えに行くはずだった娘のことが、頭にチラついている。


「と、とりあえず、今日はお風呂に入ってもう寝ましょう!

 明日はもう1人の仲間を迎えに行ってから、目的地に出発します! 日が出たら、起きてきて頂けると幸いです」


 黙ってしまった僕とコーラの様子を見て、気を遣わせてしまったのか、グレイは足早にリビングを出て行ってしまった。


 それにしても、初対面の僕らにここまで気を配ってくれる彼こそ、尊敬に値すると僕は思う。


 その後、食事の後片付けを終える頃、グレイに呼ばれて入ったお風呂はホワイトフラワーの香りの濁り湯でとても心地よかった。


 しかし、すっかりリラックスした妻は、湯船の中で危うく沈むところだった。


 頭を洗って、湯船を見たら、妻の姿が見えなかった僕の気持ちを誰か察してほしい。


 この世界に1人になったのかと大いに慌てて、湯船に沈んだ妻を抱き上げた僕の気持ちを。


―――――


 お風呂から上がった後、布団を敷いて置いてくれた空き部屋にグレイが案内してくれた。

 やっと室内の布団で眠れることに、2人ほっとして並んでその上に座る。


「はあ、良い湯だったわね」

「君が湯船で溺れたりしなければ、僕もそう思ったけどね」

「何よ、ちょっと寝ちゃっただけじゃない」

「それを溺れたと言うんだ……全く君ときたら、普段は凛々しくて頼もしいのに、たまに別人かってくらいに抜けた行動を取るよね」

「んん! そんなことないでしょ! お風呂で寝ちゃうくらいで! 何よ、そこまで言わなくてもいいじゃない!」

「言うよ、言わなくちゃ。僕くらいしか、君の抜けた姿を知らないんだから」


 そこで、はたと気付く。

 こんな風に、くだらないことで言い合えたのは、この世界に来て初めてだった。


「ふふっ! 失礼な夫ね!」

「ははっ! 失礼で結構!」


 それからしばらく2人で笑い合った。

 ひとしきり声を上げた後、コーラがぽそりと話し始める。


「あの濁り湯、きっとあの子も好きよね」

「そうだね。一時期さ、中に潜って僕らを脅かすのにはまってたよね」

「お湯に潜るのは危ないって、何度言っても聞かないから、しばらく濁り湯禁止にしたわねえ……あの子、それが納得いかなくて、湯船で拗ねた顔してたわ」

「それ可愛かったよね。写真に納めたかったなあ」

「それ私も思ってたわ! 本当、あの子、可愛いの……ウィン……」


 ぽたっ。


 彼女の名前の由来でもあるコーラルフラワーと同じ、綺麗な赤紫色の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。


 僕は彼女に手を伸ばす。


「……ディ、ふっ、くっ、ううっ、会いたい」


 抱きしめた妻の体は、小刻みに震えていて、まだ涙を押し殺そうとしているのが伝わった。

 僕の手も震えていた。嗚咽が大きくならないように我慢したら……震えてしまったのだ。


 その夜、僕らはこの世界に来て2日目にして、ようやく声を出して泣いた。


 最初は必死に押し殺していた声も、最後には慟哭になり、グレイには悪いことをしたと思う。

 だけど、僕ら夫婦には必要なことだった。

 明日、彼には謝ろう。

 娘のこともたくさん話そう。

 なんて事ない思い出を涙で話せなくなるなんて、嫌だ。

 これから再会するまで、泣いて過ごすなんて、嫌だ。


 帰った時、あの子に顔向けできる親でいたいから。

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