第1章 転移と喪失 第3話 新参者たち
小屋から歩いて、ほど近い場所にその村はあった。
もはや小さな街といった方が近い。
ランチ前だからか、ご飯の良い匂いがして、見渡すとレストランが目に入った。
続いて、雑貨屋や道具屋、家具屋、被服屋もあり、この村だけで暮らしが回っているのだとわかる。
そして見たところ、純粋な人族は見当たらない。
それなのに、僕ら夫婦をじろじろと見る人もいないことに違和感を覚えた。
「グレイ、人族の旅行者は、珍しくないのかい?」
「いえ、珍しいですよ。ただ、この国の入国審査、とても厳しいじゃないですか! だから、みんな、安心しているんですよ。現に今まで、人族が訪れて、危害を加えられたこともないですし」
もしかして、人族は獣人に恐れられているのか?
人よりも恵まれた体格を持っているのに?
「あと、単純にサムさん達が人族だって、気付いてないのかも……獣人の姿にも色々ありまして、一見、人族にしか見えない獣人もいるものですから」
グレイの家は、ちょうど村の入り口から大通りを通り、中央と思われる噴水広場の先にあった。
「狭い家ですが」と前置きの後、中に招き入れてくれる。
「天井が高いね。獣人は背の高い人が多いからかな?」
「あ、いやいや、実は二階建てにする予定だったんですけど、手が追いつかなくて、暇になったらリフォームするつもりなんです」
中は、シンプルに片付いていて、余計なものを置かない印象を受けた。
しかし、
「この壁、防御結界が張ってある?」
「えっ?! 分かるんですか!? 凄いですね」
触れて初めて分かる微弱なものだが、建物の強度と合わせてこの弱さにしているのかもしれない。
「何か、防がなければならない脅威があるのかしら?」
「そうですね、この辺りに竜の集落がありまして……そこから瘴気が流れてくるんです」
今まで、軽快に話していたグレイの歯切れが悪くなったような気がした。
あと、竜とは、コーラが昨日倒した竜と同じなのだろうか?
疑問を問う前に、グレイが台所らしき場所に入って行ったので、僕らは大人しく部屋のダイニングテーブルに付いて待つ。
「お待たせしました! お口に合うか分かりませんが、薬草茶と、お茶受けのドライフルーツのクッキーです」
お礼を言って、薬草茶に口を付けると、鼻腔に薔薇の香りを仄かに感じた。
隣の妻を見ると、気に入ったのか、目を瞑って、香りを楽しんでいるようだ。
「あ、大丈夫そうですね、良かった」
僕らの口に合うか確認してから飲み始めたグレイに、良い意味で親の顔が見てみたいと思ってしまう。
僕らの娘も、とても優しく、他人の機微に気を澄ませるような子だった。
元気だろうか? 僕らのことは、何と聞いているのだろう……
「グレイは、一人暮らしなのかしら?」
「あ、はい。いずれ結婚して、奥さんを迎えるつもりではあるんですけど……お二人は夫婦ですよね? お子さんとかは、いらっしゃるのですか?」
「4歳になる娘がいるよ」
「4歳! それは可愛い盛りですね。村にも子供が沢山いるんですよ」
子供……いて当たり前だが、村の中にそれらしい小さな子は、見当たらなかったが。
「外には小さな子は、いなかったわね? 学校に行っているのかしら?」
「はい。今日は火曜日だから、6時間授業の日かな。日が真上から、傾き始めたら見かけるようになりますよ」
この世界の学校のことは、まるで分からないが、僕ら夫婦は、グレイに異世界から来たことを話していない。
まだ話すべきではない。もう少し彼を、獣人をよく知ってから打ち明けないと。
「あの、出会ったばかりで、申し訳ないのですけど、これから村長に会ってもらえないでしょうか?」
僕らは顔を見合わせてから、彼に向き直り、
「他国から来た身ですしね。ご挨拶はさせて頂けるなら、是非させて下さい」
「あっ、いえ、そんなんじゃないのですけど。ええと、つまり……村長も僕ら普通の住民も、サムさん達のような人を待っていたといいますか」
グレイの話を要約すると、村の人々だけでは解決できない問題が起きているらしい。
国にも助けを求めているが、似たような事態が各地で起きていて人手が回らず、役人もまだ来ていないという。
―――――
「具体的なことは、村長から聞いて下さい。俺からだと、上手く話せそうもないので」
困り顔で話すグレイに事情を感じるが、まずは村長に話を聞いてみないと始まらない。
先ほど通った噴水広場の横道に入り、しばらく歩くと、他に住居のない静かな場所に出た。
村の中だというのに、木々で覆われたその場所の中央にポツンと、今まで見た家屋とは作りの違う家が見える。
目の前まで来ると、コンクリートのようなもので出来ているのだと見てとれた。
「グレイから伝達は聞いてるよ! 初めまして、俺はこの村で村長役をしているシルバーという者だ! とりあえず、ランチがてら話をしよう!」
グレイの家を出る前に、小鳥に手紙を結んで飛ばしていたのを思い出す。どうやら、ちゃんと届いていたようだ。
玄関は開いており、グレイがノックもベルも鳴らさずに中に入るので、付いて行った部屋にはえらく砕けた雰囲気の白銀の狼獣人が1人。
6人がけのテーブルの上には、籠に山盛りのテーブルロールと、具沢山のスープが人数分並べられていた。
「白銀でシルバーなんて安直だって笑わないでくれよ?あ、これね、この村で今流行りの自虐ギャグなんだ!」
グレイのあれ、ギャグだったのか……と今、理解する。
「あ、僕はサムで、こっちが妻のコーラです。で、あの、村長さん」
「あ、シルバーでいいよ! 獣人は敬称を付けない風習だから! それにしても、奥さん美人だね! 羨ましいな!」
「ええと、ありがとうございます……それで、あの、僕らに……というか、他国の人間に頼みたいこととは、何でしょうか?」
奥さんの容姿を褒められて、嬉しいものの、あんまりその話を弾ませたくなくて、早々に本題に入った。
シルバーはテーブルロールにスープを付けて、ひと齧りしてから、要件を話し出す。
「グレイからも、さわりは聞いてるかもしれないけれど、竜の出す瘴気に困っていてね。
幸い、俺たち獣人は体がタフでね! 健康被害はほぼ無いんだけど、作物に影響が出てるんだ」
僕は、自分の具沢山スープに目を落とす。
具沢山だと思えたのは、野菜ではなく、肉だ。
色んな種類の肉が入っている。
この世界のお肉事情は分からないが、僕らの世界で言うならば、牛と、豚と、鶏と、羊の肉が同じスープに入っているような状態だ。
「肉だらけだろう? 普通に倒すと、魔力だけ残して消滅してしまう魔物の肉を、固定魔法で肉体固定してから討ち取ってるんだ。
でも、大人達は肉だけでもいいんだけど、やっぱり、子供達にはバランスよく食べさせないと不安なんだ。うちにも小さい子が2人いるしね」
「お野菜は、全く手に入らないのですか? あと、小麦はどうなのでしょう?」
山盛りのテーブルロールを見るに、小麦には不自由していなさそうなのだが……
「麦はね、器用なメンツで結界を張った畑で育ててるんだ。主食だけは死守しないとって、村人の総意でさ」
なるほど、よく考えられている。まとまりのある良い村だ。
「それでもやっぱり、野菜! 野菜が必要だよ! 子供達に色んなもの食べさせてやりたい!
というわけで、お二人には、竜の集落に行って来てもらいたいんだ!」
集落? 住処とか、巣ではなく?
「つがいとか、家族ではなく、群れで暮らしているということでしょうか?」
「うん、そう。大体300体くらいの群れだよ」
隣に座るコーラの視線をひしひしと感じる。
上級魔道士の彼女でも、さすがに300相手にするのは、不可能だ。
「それはちょっと、流石に」
「そこを何とか! とりあえず、彼らの集落を見てくるだけでも報酬は出すから! どうかお願いします!」
見るだけって、もし見つかったら300体相手にしないといけないのに??
偵察任務としても危険すぎる。
「お受けします。見るだけでしたら」
僕が逡巡してるうちに、コーラが了承してしまった!
「コ、コーラ!」
「サム、あなた、認識阻害得意でしょう? それで、出来るだけ集落に近づいてみましょうよ、とりあえず」
「! その手があったか!」
「今だって、誰も気付いていないもの、自分の腕前を信じてね、アナタ?」
すっかりスープを完食していた妻は、両の手を顎の下で組んで、隣の僕に、口角を上げて見せる。
その表情は、"当然、出来るでしょ?"と物語っていた。
「うーん……本当に姿を見てくるだけでいいんですよね?」
「うん! で、あわよくば、彼らが話している様子とか、その内容とかも、盗み聞きしてきてくれるとありがたいな!」
見てくるだけじゃないじゃないか? それは……
僕の魔法に全幅の信頼を寄せるコーラは、乗り気で、シルバーは、竜の会話の内容を知りたいと言う。
つまり、獣人は、排除ではなく、対話を求めてるということだろう。
それで、先ずは会話が成立するのかを知りたいといったところか。
「あの、サムさん、俺も付いて行きます。危なくなった時の引き際くらいは、見極められますので」
考え込んでしまった僕の様子にグレイが声をかけてきた。依頼を断られると思わせてしまったのかもしれない。
「グレイはね、狩りの最中に、何度か砦を見に行っているんだ。安心してよ、そんなに危険じゃないはずだからさ」
「……分かりました。僕も、危機回避能力には、自信があります。なので、会話の盗み聞きまでは、期待しないで下さいね」
そんなこんなで、依頼を受けることにした僕とコーラ。
村長の家を出て、グレイの家に戻る道すがら、僕は、自分の頭にある筈の頭花にそっと触れる。
28歳、一児の父。もう若いとは言い難い男の頭に咲くのは、ピンクの可愛らしい花だ。
僕ら夫婦の祖国では、魔力持ちはこれが当たり前。だが、異世界の彼らからしたら、相当珍妙なファッションに映るだろう。
「ふふ、誰もあなたの"顔"に言及しなかったわね……私のことは、美人として認識しているのに」
グレイに聞こえない小さな声で、耳打ちする妻。
そう。顔にまで認識阻害をかけている僕は、正しい容姿を晒していない。
グレイ達の反応は、この魔法が正しく作動していることの証明でもある。
僕は自信を持って、この依頼に向き合おうと決めた。
閲覧ありがとうございます。
5月8日まで毎日更新、その後は(月)〜(金)21時更新になります。
この物語は最後まで書き切るつもりでいます。
よければ、サム達の旅を見守っていただけると嬉しいです。




