再びの迷宮
「ウィンディ……?」
目の前の鏡に映るのは、17、8歳くらいに見える娘の姿。
最後に保育園に送った時、あの子はまだ4歳だった。
可愛い盛りの愛娘が、今、綺麗に成長して――
「ウエディングドレス??」
結婚式を挙げようとしていた。
――――――――――
ルートさんに話を聞いてもらった翌日。
依頼を終えて帰ってきた母――ウィンリィと、アプリにもう大丈夫だと話をした。
「サム、無理は禁物だからね! まだ顔色が戻ってないよ」
「……サム、あの、依頼でもらったお金で、これ……」
差し出されたアプリの小さな手の中には、紙に包まれたチョコレートが一つ。
「これ……」
「アプリがね、サムはチョコが好きだからって、売っているお店探したんだよ」
ああ、あの冒険者ギルドの登録の時、僕が美味しいって言ったからだ。
「有難うアプリ。これ、今食べていい?」
「……うん。いろんなの買ってきたから、これも」
今度は、フードの内ポケットから、片手で持てるサイズの紙袋を渡してくれた。
中を開けると、様々な色の紙に包まれたチョコレート。
「こんなに沢山。大事に頂くね?アプリ」
娘の優しさに泣きそうになる。
ぐっと堪えて、笑顔を作ると、アプリは、尚も心配そうに僕を見上げた。
「アプリ、僕疲れちゃったな……お風呂一緒に入って、今日はもう寝よ?」
そんな僕の様子に気を遣ったのか、ウィンリィがそう言って、アプリを連れて部屋を出て行く。
後に残された僕は、ベッドで未だ眠り続けるコーラに目を落とした。
「コーラ、アプリは本当にいい子だよね……それなのに僕、帰ってきてから、あの子のこと、抱きしめもしないで……」
ウィンディを置いてきて、あの国でどんな目に遭っているとも知れないと思うと……
アプリに優しくすることまで、罪に思えた。
ルートさんは、僕と母のことを、
「最悪の環境の中で最善を尽くしてきた立派な親」だと言ってくれた。
その言葉は、確かに僕の心を軽くした。
救いにもなった。
けれど、胸の奥に残った罪悪感は、簡単には消えてくれない。
僕は、眠る妻の頬にそっと手を添えた。
やっぱり、君がいてくれないと、親として立つこともままならない。
情けないけれど、そう思う。
それでも、アプリの気持ちを無駄にしたくなくて、チョコの包みを一つ開けた。
それは、アプリの体温で少し溶けてしまっていたが、口に入れると、甘くてほろ苦い味が広がった。
「……」
ウィンディも、アプリも、大事にしたい。
なのに――
どうして、共にいられないんだろう?
また泣きそうになって、目を閉じた。
すると――
コンコン。
チョコをテーブルに置いて、出ると、そこにはルートさんが立っていた。
「サム、明日、僕と二人で出掛けない?」
「え? 何処にですか?」
「時渡りの迷宮。
君に見せたいものがあるんだ」
―――――
翌日、コーラのことをウィンリィとアプリにお願いして、僕とルートさんは、またあの迷宮の入り口に来ていた。
前回、ドライアドに襲われたこの場所だが、件のドライアドは、今も僕のアイテムボックスの中で眠っている。
危険なのは、迷宮地下一階――紅葉のフロアからか。
何て考えていると――
「さあてと、ここから先は一気に行くよ?」
「わっ!?」
言うが早いか、ルートさんの肩に担ぎ上げられた。
そして、彼から息を吸って吐く音が聞こえたかと思うと、
「長き停滞の果てに、我、進む一歩を請う その歩は、走りとなり、やがて、一本の青き道とならん」
ルートさんが詠唱!?
僕は、彼が無詠唱で魔法を発動させているところしか見たことがない。
使い慣れないであろう、この世界の魔法、肉体固定エム・セックも、発動呪文を一言発したのみだ。
すると、詠唱を終えたルートさんが、僕の戸惑いに気付いて、付け加える。
「この魔法の持ち主さ、頭硬くてね……組む術式がみんな複雑なんだ。さて……」
ぎゅぅっと、僕の脚を掴む手に力が込められて、
「しっかり捕まっててね。
電閃道」
瞬間、凄まじい勢いで流れて行く景色!
これは、母の過去で見た、ロートが使った高速移動の魔法だ!
それは、速い、なんてものじゃなかった。
目に映る景色が、青い線になって後ろへ流れていく。
一歩間違えれば、僕の体なんて簡単に千切れるのではないかと思った。
それでも僕は、風圧に逆らい、せめて、前を見ようと、首を捻る。
そして、あっという間に吹雪く最下層に到達。
流石に一度止まるかなと思うも、雪の道も猛吹雪も、省みることなく、一直線に突っ切って行く!
ルートさんの高魔力あっての芸当と、これを組み上げたロートの緻密さに、僕は感心した。
後で術式を聞いておこう。劣化版でもいい、僕も使えるようになりたい。
「あ、あれだ」
ルートさんの声が聞こえてすぐに、その屋敷は現れた。
「! 前回と違う?」
「そう。あれは、僕とリィが最初に入った屋敷。
あそこに、君が見るべき未来がある」
「え!?」
「……かもね!」
止まると同時に、おちゃらけられて、僕は彼の肩から滑り落ちた。
ドテン! と鈍い衝撃が尻を襲う。
「あはは。大丈夫?」
「いてて……大丈夫です……」
前と同じで、屋敷の敷地内に入ると、吹雪は止んでいて、扉の前のタイルは、雪で濡れていなかった。お陰で服は濡れずに済んだ。
「さ、入ろう。僕の後ろに着いてきてね」
「あ、はい」
探査は不要、ということか。
彼の言う通りにひたすら後ろに付いて、進んでいく。
そして、二階に上がって四つめの部屋に入った。
扉を開けた時に、姿見が見えたので、僕はそこに映らないように注意して入る。
「この部屋は……」
「知りたい未来を映す鏡……の部屋、かな」
「! 見るだけ、も出来るんですか!?」
驚いた。前にルートさん達が、入ったときは、肉体ごと飛ばされて、僕の時は、精神を飛ばされたのに。
「そ。僕とリィで入って、四年前に飛ばされた後に、探査して見つけたの。ちなみに、リィは知らないよ」
聞けば、泊まり込みで調べて、母さん――ウィンリィが眠った後、こっそり一人で調べたのだとか。
「……母を元の世界に返さないため……ですか?」
「うん。映る未来が、あの子にとって、憂いのあるものだったら、困るからさ」
その判断は、正しい。
母たちの世代は、生存率30%の最悪の時代だ。
しかも、最強だった母がいなければ、もっと下がったはず。
「……母のこと、本当によく考えてくれてるんですね……」
「どうかな? 僕の都合だよ……概ねね。さ、その姿見の前に立って、知りたい未来を思い浮かべてみて」
言われるがまま、姿見の前に出る。
僕が知りたいことは、娘の――ウィンディの未来だ。
あの子が、無事に大人になれるのか、母のような酷い目に遭っていないか、幸せなのか……が知りたい。
「ウィンディのこと、見せて、お願い――」
縋るような声が出てしまう。
僕は、事実を知りたいんじゃないのかもしれない。
あの子が、幸せに生きているという免罪符が欲しいんだ。
側にいられない、すぐに帰れない、そんな親だから。
願うと、姿見は、一呼吸置いてから輝き、そこに現れたのは――
「あらま、結婚式かな?」
「ウィンディ……?」
純白のウエディングを身に纏う娘の姿に過ぎる不安――
「だ、誰と?」




