第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第20話 守られた者たち
「行こう。私達の未来を守るために!」
未来とは、きっと、僕やコーラ、ウィンディ、仲間たちの子供のことだ。
第一国の核攻撃。
第三国の高魔力砲。
二つの滅びを同時に止めるため、母たちは二手に分かれた。
当時のトップ魔法少年だったレクスが単独で第一国の核を迎撃。
彼は、僕とコーラが親しくしていた後輩だった。
父に似た顔で、いつも笑っていたあいつが、
僕には出来なかった役目を果たして――死んだ。
『先輩……ユリに、顔向け……出来ません』
空中で爆散した核の拡散を強固な結界で見事、防ぎ切ったというのに、リーンは唇を噛み締めて、泣いていた。
この日、レクスは父親になる筈だった。
彼の娘は、僕と同じ――誕生日に父親を失ったのだ。
母はアベル先生たちと共に第三国の高魔力砲を破壊。
けれど、発射寸前まで溜め込まれていた魔力は、大爆発を起こし――
母が咄嗟に逃したアベル先生とチュラさん以外の仲間たちは帰らぬ人となる。
僕は、そこまで見届けることが出来なかった。
『サム! ウィンリィが! ウィンリィを……ごめん、ごめんなさい……』
母を連れて帰れなかったことを僕に報告しに来たチュラさんの悲痛な声が忘れられなかったから。
分かっている。母たちが僕らに託したものを。
大事なものを守った末の彼らの死が、無駄ではないことを。
でも、もうたくさんだ。母の思いもその仲間達の思いも、とても綺麗で尊いものだった筈だ。
それが、その思いの数々が、いともあっさりと失われていく。
『最初は知りたかったよ……でも、もう限界だ。早く、早く、帰りたい』
強く念じると、景色が変わった。
僕の家だ。
また、電話が鳴り響く。
その音で、目を覚ました僕とコーラがリビングに入って来た。
「はい。……え、何で……」
僕が受話器を落とし、それをコーラが拾う。
「コーラ、母さんが……」
僕が震える声で全てを告げると、彼女は、黙って僕を抱きしめてくれた。
ウィンディは、まだ魔法が効いているのか、すやすやと穏やかな顔で眠っている。
「コーラ、大丈夫?」
僕は、抱きしめてくれていた彼女の肩が震えていることに気付いて声をかけた。
「……大丈夫と言わなくてはいけないわよね。
でも、無理。こればかりは無理よ。……私は、私達は、置いて行かれたの。
ウィンリィさんにとって、あなたは息子で、私は、義理娘で、弟子だった。
生き残らせるためだって分かってる。けど、置いて行かれたことが、たまらなく悔しいし、悲しい」
そうだ、そうだった。この時、コーラは……
「でも、あなたがいて、安心してる自分がいるわ。あの子の側にまだいられることも、どれだけほっとしているか」
僕は、この時、コーラの顔を見ることが出来なかった。
彼女は、ずっと俯いていて、尚且つ、僕の体を抱きしめていたから。
でも、今の精神体の僕からは、コーラの顔がはっきりと見える。
「でも、だけど、あなたは、絶対に私を置いて行かないで。命を失うような任務であっても、置いてけぼりにしないで、一緒に戦って、戦わせて、お願い」
初めて、涙でぐちゃぐちゃになった妻の顔を見た。
置いて行かないでって、言われていたのに、僕は今回、コーラを残して来てしまった。
咄嗟の判断だったとはいえ、今、妻はどんな気持ちでダンジョンに残っているのだろう。
早く帰りたい。
コーラの顔が見たい。
13歳の母の声が聞きたい。
父の恋敵のくせに、一緒にいると何だか楽しいルートさんにも、
健気で可愛らしい、もう一人の娘、アプリにも会いたい。
もう、これ以上、誰かがいなくなるところを見たくない。
戻りたい――
みんなのところへ。
『もう帰らせてくれ……誰か……コーラ』
『サム!!』
叫ぶような声に振り向くと、妻がいた。
『え!? コーラ、どうやって?』
『話は後! 戻るわよ!』
きつく後ろから抱きしめられると、すぐに景色が目まぐるしく変わる!
長いのか短いのかも分からない時が過ぎた頃、僕は目を覚ました。
肉体を帯びて、目を覚ますのは、久しぶりだ。
「サム!」
「サム」
「……サム」
「みんな……」
母――ウィンリィに続いて、ルートさんとアプリの声が響く。
あれ? コーラは? コーラの声が聞こえないし、姿が……
久しぶりの肉体で、動かし方が分からなくて起き上がれないのだと思っていたら、妻が僕の胸の上に覆い被さっているからだと気付く。
「っ! コーラ! 大丈夫!?」
「大丈夫だよ、魔力と体力を使い果たして、気絶してるんだ……休めば回復する」
ルートさんが落ち着いた声で話してくれたので、僕も平静さを取り戻すことが出来た。
「ルートさん、僕の意識が飛ばされてから、何があったんですか?」
彼から聞いた話によると、入ってすぐに気を失った僕と部屋を探索して、意識だけを過去に飛ばされたことが判明し、最初は、四日経てば戻ってくると思い、事態を軽く見ていたらしい。
で、交代で三日間、僕の様子を見つつ、最下層の探索を進めていたが、僕が苦しみ出したので、引き上げるための魔法をルートさんが構築。
僕と一番近しいコーラが魔法の命綱を付けて、僕を回収しに来てくれたとのことだった。
「この命綱……紅葉のフロアで宝箱から出てきたものですか……」
僕は、腹の上のコーラの背に巻きついていたロープを手に取る。
「そうだよ。ドロップ品、取り尽くしてて正解だったでしょ?」
「はは……ですね、真面目にやってきて、よかった……」
眠るコーラを腕の中に納めたくて、僕は起き上がろうと、身を捩る。
しかし、ルートさんに制されてしまった。
「まだ、そのままで」
「え? ルートさん、体は何ともないですよ?」
「サム……酷い顔色だよ? 分からないの?」
ウィンリィが、酷く心配そうな顔で覗き込んでくる。隣のアプリも、大きな赤い瞳を震わせていた。
「え、みんなそんな顔して、どうした――」
言い切る前に、体から力が抜けた。
コーラを抱きしめることも出来ないまま、
僕の意識は、途切れた。




