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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第19話 母たちの覚悟

 僕が3歳になった頃、母とリアさんについて、父の墓参りに行った。


 見晴らしの良い丘の上。

 そこに、数多のflowersフラワーズが眠る墓地はあった。


 母とリアさんは、仲間達の墓を掃除し始め、僕は、父の墓だけ、布巾で拭いている。


 掃除が終わると、母もリアさんも、父の墓の前で、最近の僕のことを報告し、僕も父さんに、子供ながら懸命に自分のことを話していた。


 父の墓の隣には、ジンの墓もあり、母さんは、ジンにも近況を話していた。


 ひとしきり話し終えると、リアさんは、僕の手を引き、先に墓地を出ようと、石段に向かって歩き出す。

 しかし、母のことが気になったのか、その手を振り解き、母の元へ戻る僕。


 父の墓の、遥か右に生えている木の下に、母はいた。


 そこには――


「わあ、小さなお墓、誰のなの?」


 無数の蹴り跡があるその墓には、読めない字で、何かが彫られているだけで、名前は分からない。


 更に僕は、どうしてこのお墓はみんなから離れた場所にあるの? と聞いていた。

 幼い息子の質問攻撃に、母は困った顔をするばかりだ。


 ひとしきり、母を困らせた僕に、仕方ないと観念したのか、


 「サム、このお墓はね、本当は、ここにあるべきじゃないものなんだ。だから、サムにも、教えられない。ごめんね」


 と、申し訳なさそうにそう告げた。


 その表情に、母を本当に困らせてしまったのだと自覚したらしい僕は、今度こそ、自分の意思で、リアさんの待つ石段の所まで走り去る。


 残された母は、小さな墓に、桃色のウィンターコスモスをそっと添えて、口を開いた。

 その時、強く風が吹いて、母の発した言葉は、風に掻き消されてしまう。


 でも、唇の動きで、何を言ったのか、僕には、はっきりと理解できた。


『母さん、お墓を作ってあげてたのか……』


 あんな事があったのに、あんな事をされたのに。

 それでも、彼の存在は、ウィンリィの中に残り続けていたのだ。


 その事実は、スノークの息子としての僕の気持ちを複雑にさせたし、

 母を支えて、愛してくれたジンに対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 でも、それでも、これがあることが、こんなに嬉しいなんて――


 僕にとっても、"彼"は、もはや大切な仲間なのだと思い知る。


 そう、小さな傷だらけの墓の正体、それは――



―――――



 自分も産まれたし、もう知りたいこともないと、僕は目を閉じた。


 ここに来て、どれだけの時間が流れたのか分からないが、ルートさんの言う通りなら、元の世界の四日後に強制送還されるのだろう。


 しかし、再び目を開けて、飛び込んできたのは――暖かな部屋に、ベビーベッドで眠る我が子。


 そこに、電話の音が鳴り響く。


「もしもし?」


 とったのは母だった。この時、僕は、風呂掃除中で、コーラは寝室で休んでいた。


「ああ、そうですか、分かりました。すぐに、向かわせます。はい、では」


 受話器を置いた母は、箪笥の上段を引いて、袋を取り出す。


 柔らかそうなコーデュロイ生地のその袋は、手触りが良く、子供の頃、踏み台に乗って、勝手に出して触っていたのを思い出した。

 

 母は、テーブルの上に、中身を丁寧に一つずつ出していく。


 色とりどりの半透明に光る宝石のようなそれは、魔力結晶の頭花とうかだ。


「ガウラ、カリス、フロスト、サン、シルバー、ネック、ニカ……」


 かつての仲間達の名を呼びながら、一つずつ口に運んで行く。


「ガレット、ベリー、ジン、スノーク、みんな、力を貸して」


 後半、呼ばれた名に、一瞬心が震えた。

 全て飲み切ると、母の姿が輝いて、変わる。

 鏡の前に立ち、魔法紋にキスをして、隊服も身に纏ったその姿は……


「よし、見た目も魔力も、全盛期の力、そのものだ。これならきっと」


 その時、風呂掃除を終えた僕が、リビングに入って来る。母は、すかさず、近寄り、眠りの魔法をかけた。


「サム、ちょっと寝ててね」


 そう言って、僕を抱えてコーラのいる寝室へと入り、隣に寝かせた。そして、寝入る彼女にも更に眠りの魔法をかける。


「コーラも、しばらく眠っててね。でも、ちょうど良いよね? 君たち、働きすぎなんだから」


 そう言うと、愛おしそうに、僕らの顔を撫でた。


「さて、と、後は」


 寝室を出て、リビングに戻った母は、ベビーベッドで眠るウィンディを抱き上げると、きゅうと、優しく抱きしめて、


「ウィンディ、私はね、サムとリジーさえ、守れたらってそう考えて生きてきたんだ。

でも、生き続けると、大事なものって増えていくものだったんだね……」


 その時、ウィンディが目を覚まして、大きなブラウントルマリンの瞳で母を見つめ、笑った。


「っ……君は、私と同じウィンターコスモスの魔法紋で、尚且つ高魔力保持者として産まれた。

でも、私と同じ轍は踏ませない。

リアが施してくれた魔法が――君が私と同じ目に遭うのを防いでくれるよ。そして、サムとコーラも、きっと君を守ってくれる」


 !! 僕もウィンディが、母さんと同じ目に遭うことを危惧していた。


『母さん、ウィンディのことまで、守ってくれていたんだ……』


「あっ! あと、ジーニアス! 彼もきっと君を守ってくれるよ」


 ジーニアスとは、僕とコーラの親友であるオーレンの息子だ。


『母さん、ジーニアスは余計だよ』


 親友の息子とはいえ、4歳の時分で、ウィンディを嫁にすると公言していたコイツのことを、僕はよく思っていない。


「……帰って来るから、待っててね」


 額にキスを落とし、ベビーベッドに戻すと同時に、眠りの魔法もかけて、母は、強い瞳で家を出た。


 軍に着くと、司令が外門の下で待っていた。


「ウィンリィ、チェリーブロッサムとコーラルフラワーはどうした? 命を下した筈だが?」


「上級魔導士とはいえ、高魔力保持者ではない義理娘むすめと、ひら魔導士に過ぎない息子の2人よりも、私一人の方が戦力になると思いまして、置いて来ました。

今回の任の内容的にも、足手纏いですよ。特にサムは」


「魔力量的には凡庸でも、軍としては、奴の有用さは評価しているのだがな。

まあ、そう言うことにしといてやろう。

皆、同じ気持ちのようだしな」


 外門の奥には、アベル先生とチュラさんを始めとした母の世代の魔導士達が集っている。


「……みんな」


 母の目は見開かれて、暫く彼らを見つめていたが、すぐに真剣なものに切り替わり、それは、強い瞳の笑みに変わった。


「行こう。私達の未来を守るために!」


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