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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人


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第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第18話 生み出したその未来(さき)に

「ウィンリィっ!」


 突如、分娩室に、ボロボロのリアさんが駆け込んで来た。


 驚き、リアさんを気遣う母に、彼女は、躊躇いがちに口を開く。


「スノークが戦死したわ」


 見る間に見開かれていく母の瞳。

 その直後、軍の一斉放送で、幾人もの魔導士の訃報が流れた。

 その中に、父――スノーク=スノーフレークの名も確かにあった。


「ウィンリィ……」


 母は、出産直後の痛む体を押して、起き上がり――ふわりと僕を抱き上げ、リアさんに差し出す。


「リア……この子を、スノークの代わりに抱っこして? それで……あれ? ど、どうしようと思ってたんだっけ?」


 リアさんは、弾かれたように、僕ごと母を抱きしめた。


 母は、最初は泣かなかった。あまりのことに涙も出なかったのだろう。


 代わりにリアさんがボロボロと泣いた。

 それにつられるように母の表情には、だんだんと感情が浮かび、遂には涙となって溢れていく。


「ほん、とは……こうなることも、あるかもって……覚悟……してたんだ……」

「っ……」


 夫の死を受け止めた母の涙は、リアさんの肩口を濡らし――

 親友に無機質な放送で夫の死を知らせたくなかった彼女の、背中の大きな傷へと流れて行った。


――――――――――


 ここまで見てきた母の人生は、失ってばかりだった。それでも母は、僕を生かすために動き続ける。

 まず最初にやったのは、僕に名前を与えることだった。


「ねえ、サムってのはどうかと思うわよ? 本当にその名前で申請するの?」


 親友のリアさんが難色を示す中、母は、もう決めたと強気に返す。


「もう! 草花人そうかびとの名付け辞典にも、チェリーブロッサムはサムが最もスタンダードだって書いてあったんだから!」


 僕の魔法紋は、母でも父でもなく――祖父と同じチェリーブロッサムだった。


「だーかーらー! それが古いって言ってんのよ!! 今どき、ご先祖様の時代の名付け辞典で名前決めする人なんかいないんだから!」


 なおも食い下がるリアさんを振り切って、母は、ポストに申請の葉書を投函しに行く。


「絶対、良い名前だと思うけどなあ……」


 ぶつくさ文句を言いながら。


―――――


 僕が、ウィンターコスモスでもスノーフレークでもなかったことを、面白く思わない者も軍内部にはいた。だが、批判の理由は、それだけではなかった。


「ねえ、サムくんの魔力、本当に良かったの?」


 産後の手伝いである洗濯物干しをしながらリアさんは聞く。


「うん、これでいい……高くも低くもなく、これが狙いだから」


『そうだったのか……』


 高魔力保持者である両親から生まれたのに、平凡な魔力の僕――ずっと不思議だった。


「私たちは、平々凡々であるほど、生き残る確率が上がる! でしょ?」

「理屈は分かるわよ? でも、勿体無いわね……あなたとスノークの子供なのに」


 母の時代の高魔力ランカー達は、母とアベル先生以外、皆、戦死している。


 魔力量を人並みに絞り、残りを封印する――調整魔術の達人だったリアさんには、造作もないことだったろう。


「サムはね、きっと生き残るよ? flowersフラワーズにされる道は防げなくともね?」

「ふう、そうだといいけど。ただ、この子の次の世代までは、分からないわよ? 逆にとんでもなく強い子が産まれてくる可能性だってある」


 娘のウィンディが頭を過ぎる。

 リアさんの予想通り、僕の娘は高魔力保持者だ。


『ウィンディがもし、母さんと同じ目に遭わされたら……』


 恐怖しかない。そうなる前に、早く戻らないと。


 僕とリアさんの不安を他所に、母は、あっけらかんと答えた。


「その時はその時! 考えられる人が考えるよ。先々のことまで全て私たちが考えなくてもいいんだ。先のことは、次世代に託す! それで私は――今を生きるよ。これからもね」


 晴れやかな顔の母に、リアさんは今度こそ納得して、残りの洗濯物を一気に干す。


『次世代……僕とコーラのことだよね、母さん』


 そうだ。ウィンディのことは、僕らが考えるんだ。

 その日の空は、母の顔のようにとても晴れやかだった。

 

―――――


「え……私が、ジンの子を?」

「はい。不躾なお願いだとは思いますが……」

 

 僕が生後一年を迎える頃、一組の夫婦が母の元を訪ねて来た。

 彼らは、ジンの両親で、他国へ亡命予定とのこと。

 そして、息子を失ったことから、孫が産まれたら、今度こそ安全な場所で、死の危険のない生活を送らせてあげたいと訴えた。


「それは……私も、彼の遺伝子を残したいです。でも、軍の凍結精子は、申請が要ります。つまり、捕捉されてしまう。亡命どころでは……」

「こちらで、秘密裏に保管しているものがあります。それでどうか産んでくれないでしょうか?」


―――――


「で、受けちゃったワケね」

「うん!」


 リアさんは、母のお腹に手を当てている。

 仄かに光を放った後、リアさんは、慈しむようにお腹を撫でた。


「これで、臨月を迎えても、見た目には凹んで見えるわ。くれぐれも安静にしなさいよ?」

「うん! 有難う、リア。これで、軍に内密で産むことが出来るよ。

もう、リアにはさ、お世話になりっぱなしだね。私に出来ることがあったら、必ず言ってね」

「別に、私もアンタとジンの子見てみたいし、構わないわ。で? この子が産まれたら――やっぱり施すの?」


 母は、首を振り、


「ううん。この子は、産まれたらジンのご両親と一緒に国を出る。だから、施さなくていいよ」


 リアさんは、目を見開き、何かを言おうとしたが、飲み込んで、


「……そう」


 とだけ答えた。


 そして、妹が産まれた。

 ジンの燃えるような赤い髪に、母の桃色の瞳を受け継いだ可愛らしい女の子。

 名はリジー。二人の名前から付けられたその名に、僕は覚えがあった。


 ウィンディの保育園のプレで、受付をしていたお母さんの名前だ。


 しかも、彼女は、僕が名乗る前に、

 

「ウィンディちゃんのお父さんね」

 

 と言い当てたのだ。

 この時は、プレに来る子供のデータを渡されていたのかなくらいに思っていたのだが……


『そうか。リジーさん……リジーは、知っていたんだ』


 二国に戻って来ていたということは、結局は、捕捉されてしまったのだろうか?

 それでも、リジーは戦争に行くことなく、大人になり、子を成した。


『母さんは、自分の子供たちを守り抜いたんだ……』


 僕も、ウィンディを守り抜きたい。


―――――


 それから、たったひと月共に過ごした母は、既に国外に出ていたロア=ライトの助けを借りて、リジーをジンの両親とともに亡命させた。


「焼肉でも奢ってやりたいところだがな……お前も、早く帰らないといけないんだろ?」


 ロア=ライトは、母の肩を抱きながら、告げる。


「はい……ライト先生、有難うございました」


 泣きながらリジーを見送った母は、涙を拭いて、ロアの腕から抜け出す。

 そして、彼女の正面に立ち、頭を下げた。


「ウィンリィ、こちらこそ、有難うな。生き残って、元気な姿を見せてくれてさ」


 ふっと笑った金の瞳が寂しそうに翳り、僕は、これが二人の今生の別れだと気付いてしまう。


「えへへ、先生の教えのお陰です。私が生きてこられたのは」


 ロアは、きょとんとした顔をし、母に聞き返す。


「先生の教え? 先生、そんな大層なこと言ったか?」

「"死なないように生き抜くしかない"

"最強らしく振る舞うことはない"

と私に言ってくれました」


 ロアの瞳が見開く。

 きっと、その言葉を母に授けたのは、母が絶望に打ちひしがれていた"あの時"だ。


「あと、生きていれば、今日より辛いことも楽しいこともある筈ですよね? との問いを、先生は、肯定してくれました。だから私、どんな事があっても、前を向けたんです。」


「そっ……か」


 ロアは、言葉に詰まっていた。その姿は、涙を堪えているように見える。


「先生、元気で、長生きして下さいね……私も、精一杯、努力しますから」

「ああ、約束する。長生きするし、リジーのフォローもする。だから、いつか――


この世界が平和になったら、みんなで鍋でも囲もうぜ。お前さんとリジーとサムのスリーショットもこの目に納めたいしな」


 ああ、その夢はもう叶わない。


「うん! その時が来るのが待ち遠しいな! 先生、また……さようなら!」


 子供に戻ったかのような言葉遣いに、胸が締め付けられる。


 このロアという人は、母にとって、ただの先生ではなかったのではないだろうか?

 それこそ、親代わりのような人だったんじゃないかと思わずにはいられない。


 パタン、と締められた扉を、ロアは、暫く見つめていた。


 すると……


 リリッリ、リリッリと端末が鳴る。


「無事に飛行機に乗れましたっと。はは、リジー寝てんのか、お利口さんだな……」


 端末には、寝入っているリジーと、窓から見える空を捉えた画像が写っている。


「ウィンリィの奴、あんなに泣いて。

自分で育てたいなら、そうすりゃ良かったのに……私は、お前らにもっと自分のことだけ考えろって教えるべきだったのかな」


 ロアが、飾り棚に目を向けた。

 そこには、母の世代のflowersの集合写真。


「ふっ、ジン、お前も、もっと自分を大事にしていれば、娘に会えたかもしんねーのによ……先生、お前に、"あの事"話したの、今も、間違ってたと思ってるよ」


 ジンが知っていたのは、ロアが教えたからだったのか!


『でも、それは間違いなんかじゃない。だって、母さんも……ジンも、幸せだったはずだから』


 そうだよね? 母さん。


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