第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第17話 喪失の先で生まれたもの
「ねえ、リア……ウィンリィさ……"僕"に戻ってたね」
「そうね」
「スノークに言われて、一人称を僕にしてたウィンリィが、突然、私って言い出した時、びっくりしたけど、遂にジンが動いたんだって思って、ほっとした」
「……私もよ」
「わ、私たちに、出来ることって、何だろう? 何にもないのかな?」
「……」
「ねえ、リア」
「私にも分からないわ」
「私、アベルのこと、ウィンリィに譲ろうかな」
ジンを失った母を元気付けられる人がいるとしたら、親友である彼女たちしかいない。
そう思った僕は、二人が話す部屋にお邪魔していた。
この時、チュラさんはすでにアベル先生と結婚していた。
軍命だったはずなのに――
映像の中の二人は、確かに夫婦だった。
「ばっ! それだけはだめよ! そんなことしてもウィンリィは喜ばない!」
「ひっ……だって……もう嫌なんだもん……ウィンリィが辛い思いするの……やだよ、私があげられるものならなんだってあげたい……ウィンリィが立ち直れるなら……」
僕の記憶にあるチュラさんは、いつも元気で明るくて、強気で……少しツンデレの優しい先生だ。
そんな彼女が――
『泣いてる……母さんの、ウィンリィのことを思って……』
「とにかくダメよ。アベルだって、もうあなたの夫なんだから、勝手にあげるとか言ってはダメ。あなた達の幸せと、ウィンリィがこれからどう立ち直っていくかは……別の話よ」
「ふぐっ……うん……」
「それにまだ、スノークのアホが残っているわ。ここまできて、あいつが何もしなかったら、私が責任持ってぶん殴るから、チュラは心配しなくてもいいのよ」
父さん……言われているよ。
「そっ、そうだ!今、ウィンリィが悲しんでるのに、それに付け込んで手込めにしないスノークが悪いんだ!」
『ちょ、チュラさん、それは言い過ぎでは……』
「その通りだわ、チュラ!なら、私たちに出来ることは!」
「スノークに葉っぱ掛けに行くこと! ついでに私、あいつのこと睨みつけてくる!」
「そうよ、そうしてやりなさい! 私も胸ぐら掴み上げるくらいしてやるわ!」
その後、可愛い女子二人に詰められて、怪訝な顔をする父さんを、アベル先生が救い出す茶番が流れた。
『あはは。二人がいるなら、母さんはきっと大丈夫だ』
そして――ジンが亡くなってから三ヶ月が過ぎた頃。
「え……スノークと、ですか?」
軍命が下る。
「ああ、お前も、もう19だ。flowers同士で後継を残せとのお達しだ」
父――スノークと母――ウィンリィ。
二人が自然と元の関係に戻る間もなく、選択の余地のないそれは、下されたのだ。
―――――
「はあ、スノーク嫌だろうな」
司令室で軍命を受けた後、自室に戻ってきた母は、ベッドに寝転がり、枕を抱きしめている。
「でも、他に選びようもなかったんだ……彼に会ったら謝ろう。嫌だろうけど、よろしくねって……」
司令は、「スノークが嫌ならば、5番手以内のflowersから選べ」と言ったが、母は悩むことなく、父を選んだ。
父さんに限って、嫌がるなんてあり得ないのだが、母は、父の好意を全く理解していないようだ。
そのまま、夕飯まで眠りについた母は、起きると食堂に向い、食事を済ませて戻ってきたが、部屋はがらんとしており、何にもなくなっていたのだった。
「へ?……なんで? 何が……」
「リィ」
「わっ! スノーク! びっくりした! 相変わらず気配がないね」
「君の荷物も俺のも、もう離れの広い部屋に移動になったんだと思う。俺の部屋も何もなかったから」
動揺する母と打って変わって、父は、気まずそうにするでもなく、ごく自然に母に話しかけていた。
その様子に母が安堵したのが伝わり、僕もそっと胸を撫で下ろす。
「そうなんだ。仕事が早いね?この軍は。今朝、話を聞いたばかりなのにさ」
「そうだね。ほら、行こう」
言って、父が母の手を取る。
『あ……二人が手を繋ぐところ、初めて見た……』
「スノーク、もう子供じゃないんだし……手は、その、離さない?」
気恥ずかしいのだろう。母は、頬を赤くしている。
しかし、父は返事もせずに、手を引いてスタスタと前を歩くのみだ。
本部の居住区のはじの部屋の前で、父は止まった。
ドアを開けて中に入ると、綺麗に掃除されたそこは、2LDKで広く、2人で生活するには充分な部屋に見える。
2人はリビングを見渡して、各々、部屋を確認し、
「俺たちの荷物は、この部屋にまとめてあるみたいだ。で、隣の部屋は」
「寝室だね……ここで2人で寝ろってことかな」
「そうだな」
父と母も、淡々としていて、特に父はずっと無表情だったから、僕は心配になる。
『ぼ、僕、ちゃんと産まれて来れるんだよね??』
そう疑問に思うほどに、二人の間には、そういう色のある空気が全くないのだ。
しかし、
「ねえ、スノーク」
「何? リィ」
「その、指名してごめん。嫌だったよね? こんなの……本当に申し訳なか」
「何で? 俺は嬉しかったよ。またリィが俺を選んでくれて。それが、ジンがいないからだとしても」
母の目が大きく見開かれ、やがて細まり、俯く。
「……ジンがいないから、あなたを選んだって……スノークはそう思うんだね。その通りだよ」
その言葉が、父の目を見ない母の態度が、僕の心を寄る辺なくさせた。
『でも、仕方がないよね。母さんはジンのこと、本当に大好きだったから』
僕は、愛のない二人の間に無理に産まれてきた存在なのだろうか?
だとしても、母さんがくれた愛情は本物だ。
自分に自信を持たなくては……
「だけどね、あの軍命の後、何度も何度も、君に話しかけたんだよ? 無視されても、あの時は君のことだけを考えてた! 何で……あの頃……無視したの?」
半泣きになりながら訴える母を、やっと父は、抱き寄せた。
「ごめん。俺が子供だったからとしか言えない。でも、俺は君を無視していた間もずっと君だけが好きだった。今もそうだよ、好き……大好きだ……リィ」
「遅いよ……遅すぎだよ、スノーク」
言葉とは裏腹に、父の腕の隙間から、母が微かに笑むのが見えた。
「僕も好きだよ。子供をつくるなら、今は君しか考えられない」
「!……リィ、ごめん。それはもう、いいんだ。君の私を奪ってごめん。ジンのことも、忘れないで欲しい。一人じゃ辛いなら、俺も一緒に覚えてるから、君たちがいたことを」
『父さん……』
「スノーク、いいの? 私、私ね、ジンのことが今も大好きなんだ」
「うん」
「で、でも、覚えてると、思い出して辛いんだ」
「うん」
「い、一緒に、思い出を持っててくれたら、辛くならずに思い出せるようになるかな?」
「うん。持つよ」
母は、ずっと泣いていた。
でも、その顔はどこか安堵の表情で……幸せそうにも見えた。
そして――
「オギャア!オギャア!」
僕が産まれた。
「ふふ……お父さんに似てるね。でも、私にも似てるなあ……本当に君は、私たちの子供なんだね」
産湯を終えた後、母の枕元に寝かせてもらった僕は、母の指をしっかりと握っている。
「早くスノークに君を見せたいな。それで、いっぱい抱っこしてもらうんだよ……私が、お父さんから貰いたかったものを、君にはいっぱい与えたいんだ」
その日、母さんは、本当に幸せそうな顔をしていた。
この時間が続けばいいのに。
幸せに満ちた母さんの顔を、父さんにも早く見てもらいたい。
それなのに、この日、この日は……
父の命日となった。




