第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来 第15話 喪失と和解と決意
ルートさんを囲んでバタバタと慌ただしくなる現場。
苦しそうに顔を歪めている彼に、身内であるロートも、厳しい表情を見せている。
異世界でのルートさんは、僕にとって、掛け替えのない仲間だ――けど、
苦しげな彼を目の当たりにしても、僕の心は、彼を苦しめている張本人であるガレットにある。
ジンが言った、奥の手。
回復しなかった頭花。
ズキリ、と痛む胸に、母の親友の命が消えかかっているかもしれない現実に、僕の心は……
――――――――――
「ほら、これ」
目覚めたルートさんにロートがあの手帳を差し出す。
「要らないよ、もう僕には必要ない」
「何言ってるんだ? これがなかったから、お前、ずっとおかしかったんだろ?」
「おかしいままでいいんだ。もう、手放したいんだ、自分を」
ルートさんは、やはり、死にたいのだろうか?
あの時、14のウィンリィと別れる時に、彼が呟いた言葉が頭を過ぎる。
『でも、死にたいからって、母さんの、ウィンリィの親友の命を……奪っていい訳がない……』
ガレットがルートさんに使った魔法毒は、命を対価に発動する制約魔法。
本来なら、ルートさんは、命を落とす筈だった。
しかし、彼の膨大な魔力量を相手に、ガレットの命は、届くことなく――彼女の命の終わりと共に、ルートさんは目を覚ましたのだ。
『彼女が死ぬことは分かっていた。けど、これは、あまりにも……』
精神体だというのに、ズキズキと痛む胸を押さえた。
母を、ウィンリィを大切に扱う異世界のルートさんと、敵なのに、母の心を救ってくれた、この過去のルートさん。
最初は二人に違いなど、なかったはずなのに。
「殺されるなら、あの子がいいんだ……僕は、自分で死ねないから、あの子に殺してもらうんだ。
でも、あの子は優しいから、優しいあの子が、僕を殺せるように、壊してあげるんだ……あの子の大事なものを」
自分で死ねない? どういうことなんだ?
「そうしたら、きっと僕を殺してくれるよね?リィ……」
ロートは、眉を顰めて俯いている。
「エヴァ、それは君が持っててよ、でさ……」
ルートさんは、微かに笑みを浮かべて、ロートを見て、
「僕が死んだら、墓に入れてよ」
「……それは、どっちの墓だ?」
「さあ? それは君に任せるよ。僕たちのこと、一番近くで見てきた君にね」
「……気が向いたらな」
その後も、ロートの側に付いて、手帳を開かないか観察したが、結局その様子はなく、僕は手帳に干渉するのを諦めて、母達のところへ戻った。
『そもそも、僕はこの世界を、過去を変えたいのだろうか……これから死ぬ誰かを生かすことが出来たとして、その時、僕は……』
――どうなるのだろう?
あの、異世界のルートさんと母さんが、並行世界の二人だとしても、この過去の世界の母さんは、これから僕を産むウィンリィで間違いない。
『過去を変えたら、ジンを助けたら、きっと……』
だから、変えられるとしても、きっと、踏ん切りが付かなかっただろう。
それに、僕の存在だけではない。娘のウィンディにも、きっと影響が出る。
エリィが"現実を変えることは出来ない"と言ったことは僕にとって、皮肉にも都合が良かったのだ。
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「どうして…… どうして教えてくれなかったの? ジン……なんでなの……?」
母――ウィンリィのところへ戻ると、丁度、ガレットの訃報を聞いたところだった。
「うっ……ガレットはっ! 私のっ……ふぐっ……親友……なの……に……」
嗚咽が混じり、上手く話せない母をジンは、優しく抱きしめて、優しい声音で言葉を紡ぐ。
「ごめん。ガレットの意思だったんだ。お前に最後を見せたくなかったんだよ、あいつは」
「!……ふえっ……えっ……うう……ひっく……」
そのまま彼の腕の中で本泣きになった母をジンは、泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けていた。
―――――
この後、母は気丈に振る舞っていた。
ジンの前では、まだ泣くこともあったが、隊を率いて戦地を駆けている母に、いつまでも親友の死を引き摺る時間は無い。
リアさんや、チュラさんは、配属戦地が異なっていて、この時は全く会えない状況が続いていた。
ガレットは、二人にとっても親友だった筈。
未来の師である彼女達の悲しみも想像し、僕の気持ちまで、重く沈んで行った。
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「ベリー、次回遠征からだったな?」
母が泣かなくなった頃、ジンは、薄赤色のグラデーションがかった豊かなロングヘアの背の高い青年と向き合っていた。
「うん、宜しくお願いします」
彼は、あの軍命に巻き込まれた母の幼馴染だ。
12歳の頃、母よりも小柄で、女の子のようだった少年は、立派に大きく成長していた。
「隊長格のお前さんを同等の俺が従えるのは勿体ないと思うが、来年13歳の後継が来るまでだ。宜しく頼むな」
「僕の隊、全滅したからね……隊長の僕が不甲斐なくて」
「そんなことないだろ、お前はできる奴だ。第一国の火力が半端なかっただけだ、お前のせいじゃない」
「うん、有難う。それでさ、イーリは、元気?」
「ウィンリィなら、元気いっぱいだ。成人男性の1.5倍は毎度食べてるしな」
「そっか、とっても元気なんだね。ガレットのことがあったから心配してたんだけど……ジンのお陰だね、きっと」
ジンは、ぐっと、堪えた表情を一瞬したが、ベリーも俯いていて気付かなかったようだ。
「ベリー、ウィンリィと話さないか? 次の遠征は長い。もし、帰って来れなかったら」
ベリーは首を横にふり、
「よしとくよ、イーリの憂いになりたくないから、せっかく笑ってるのに、僕がいたら彼女のそれが曇るでしょ?」
「ベリー、そんなことは」
「いいんだ。僕は、遠くから彼女の笑顔を見守っていたい。だって、側にいても何にも出来なかったから。6年前の時だって、僕じゃなくて、ジンがいたら、あんなことにはなってなかったかもしれないから」
ああ、あの軍命の被害者は、母だけじゃない…… 彼も、父――スノークも、他の加担せざるを得なかった少年達も、みんな……
「ベリー、俺は、その件についてはお前達を責められない。何年もウィンリィを無視し続けるスノークだけは、責めたいけどな」
ベリーは、はっとした顔をして、何かを言おうとしたが、すぐに噤んで下を向く。
「? どうした? 理由を知っているのか?」
「! 何も、何も知らないんだ……でも、きっと、とんでもないことがあったはずなんだ! スノークにとっての……」
「ベリー、お前、全部見てたんじゃなかったのか?」
「僕は、ダメな奴だった……びびって、怯えて、やる前から泣いてて……だから、イーリが、たまたま一番手になった僕を、それが終わったら眠らせたんだ。だから僕はその後のを何も知らない」
ジンは、目を見開いてベリーを見つめた。
僕も驚いて、彼を見つめる。
「でも、でも、あのスノークがイーリを無視してるんだ! とんでもないことが彼の身に起きたことだけは予想できる!……だから、あんまり、スノークを……」
「分かった。スノークを責めるのはやめるぜ?安心してな」
『ベリーが一番手だった。やっぱり、あのクレープ暗号にあった"苺"は、彼のことだったのか……』
そして、白いアイス――スノークが最後だったのだろう。
『父さんに何があったんだろう……』
ルートさんと対峙した時の様子を見るに、父は、母のことをまだ好いているようだった。
それでも、母を無視し続ける理由は、一体何なのか。
『無視し続けて、ジンに取られちゃってたら、世話ないよ、父さん』
それでも、ジンがいたから、母は、きっと立っていられてるのだと思う。
スノークとウィンリィの息子である身としては、そこは父に支えて欲しかったけれども。
そして、ジンがベリーを加えて、出た遠征先で、ベリーは……
―――――
「ベリー!!」
葬式場に傷だらけの母が到着した。
母の目の前には、棺の中、小さくなったベリーが横たわっている。
母は、震える手で、その頬に触れた。
「私、馬鹿だね。どんなに気まずくても、厚かましくかまえば良かった……いっぱいベリーを抱きしめれば良かった……ベリー……」
目に涙をいっぱい溜めて、物言わぬベリーの顔を見つめる母に、僕の胸も締め付けられる。
その時、扉が勢いよく開き、中に入って来た人物がいた。
「ベリー?」
父――スノークだった。
『アンタのお父さんはね、寡黙で無表情、友達が全然いなくてね、仲間うちでは、"氷の鉄仮面"とか呼ばれてたわ。でもね、幼馴染のベリーだけは、ずっと……』
リアさんの言葉を思い出す。
父がベリーの棺に歩み寄り、母は添えていた手を引っ込めた。
ベリーの体には、白い布がかけられていて、その盛り上がりは上半身辺りまでしかなく、彼の命を奪った戦地での荒事を父に連想させたと思う。
ばさあっ!
「! スノークっ!!」
『父さん!?』
突如、布を剥いで中を露出させた父は、呆然とした顔でベリーの体に手を伸ばし、
「小さくなったな」
と呟き、母と同じように彼の頬に手を伸ばす。
「……本当に?」
そのまま確かめるように撫でた父の姿は、とても心許なく、孤独に見えた。
「っ」
「……」
ぼたぼたぼたと母の目から涙が溢れて、ベリーの体を濡らし、父は、なんと、父が、
六年振りに、母の顔を正面から見据えた。
その顔は泣きそうで、とても、氷の鉄仮面には見えない。
あの軍命が下る前、笑いあって、楽しそうにしていた三人が頭を過ぎる。
『そうだ、父の笑顔を見たのは、あの時だけだ。三人で一緒にいた、あの時が最後……』
あの軍命が裂いたのは、父と母の関係だけじゃ無かったのだ。
「うっ、ううっ! ……スノーク」
「……っ……! リィ……」
その時、弾かれたようにベリーの上で抱き合った二人は、数年ぶりに幼なじみに戻ったように見えた。
正確には、二人でなく、三人。
物心つく前からいつも三人一緒だった彼らの久方ぶりの懐かしい逢瀬だったのかもしれない。
互いの肩に顔を埋めて、嗚咽を漏らす二人は、縋るように服を握りしめている。
今まで見てきた父の姿は、いつも冷静で冷徹で、母の肩をびしょ濡れにする程の涙を仲間のために流すなんて思いもしなかった。
漏れ出る声も、冷たいどころか、人間らしい温かみに満ちている。
そんな二人の姿を黙って見続けている男がいた。
母の最愛であるジンは、二人の様子に、ずっと拳を握りしめている。
ポタリ……
爪が食い込むほどの力だったのか、床に赤が落ちていく。
それは、自分が率いた任務で、恋人の幼馴染を死なせてしまった彼の後悔からくる行動と思えた。
でも、きっと、それだけではない。
彼が、ガレットの時のように泣く母をすぐに抱きしめなかったのは、父が駆けつけるのを待っていたからではないだろうか?
彼等の思いを、苦しみを、願いを、知っていたから、恋人を抱きしめたい気持ちを抑えて、ただ、拳を握り締めているのではないか?
『途方もないな……ジン』
彼の母への愛情を感じて、僕は、深く感謝した。
―――――
ベリーの葬儀から一月後。
母と父とジンに軍命が下った。
一人になりたいと、ジンに告げた母は、自室に入ると、クローゼットの奥から、漆黒の軍服を引っ張り出して、それを見つめる。
母は、暫くそうして、ふうと息を吐き、決意を秘めた目で話し出した。
「ガレットが死んだよ……ベリーも死んだ……
カリスも、ガウラも、サンも、シルバも、ネックも……
みんな、みんな、私が不甲斐ないばかりに、死んだ! もう……絶対誰も……死なせたくない。
ルート、私、もう認めるね。君を諦めたくなかった……君の命を。でも――
私の迷いが、みんなの死を招いたんだ。だからもう迷わないよ。今度こそ、君を殺す」
そして、あの手帳が収まっていた胸ポケットの辺りを撫でて、
「ごめん、エリィ、私にルートは救えない……君の願いを叶えてあげることは、出来ないんだ」
エリィの名を出した時だけ、瞳が揺らいだが、それも一瞬のうちにおさまり、決意の光を灯らせる。
「せめて、君の元へ彼を送るよ……そしたら、君自身がどうか……彼を救ってね」
『母さん……』
ウィンリィとルートさんが殺し合う未来に痛む胸も、母のこの悲壮な決意も、全て吹き飛ぶ現実が、これから待ってる。
僕は、見ていられるだろうか。
何も、変えられないし、変える勇気もないのに。
『それでも、目を逸らさないで、見届けるんだ……母さんの息子として、そして……』
ウィンリィとルートさんの"仲間"として。




