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娘を置いて異世界へ――飛ばされた夫婦の帰還冒険譚  作者: 相沢春人
第4章 変えられぬ過去と選ぶ未来

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狂気と覚悟 

 こくり、とその少女は小さく……だけど、はっきりと頷いた。


『僕の姿が見えるの?』


 エリィが口を開きかけたその時、


 ドパアッ!!!


 ルートさんが手帳に向けて撃った魔法弾をウィンリィが、放った魔法弾が相殺した!


 衝撃で巻き起こった暴風で手帳は吹き飛び、エリィの姿も掻き消えてしまう。


「ルート……やめてよ」

「嫌だね……」

「自分で自分を傷つけてるの、分からないの?」

「分からないね。僕は傷ついてなんかいない。でも、君は辛そうだね。そんなに苦しい? 僕が君の思惑から外れたことが」


 二人は、静かに互いを見据えた。


「ウィンリィ!!」


 声に目を向けると、ジンとガレットがそこにはいた。

 途端、ゾワァっ! と、実体のない体に、悪寒が走る!


「あれ? 君は、いつぞやの? やっぱり君なのかな? リィの彼氏は……」

「っ! 狂ってやがる……それを、それを返しな!!」


 ルートさんの放つ魔力の威圧感ももろともせず、向かって行くジン。


 しかし、拳闘士タイプの彼の渾身の拳は、


「なっ!!」


 容易くルートさんの手のひらに吸い込まれていく。

 銃魔法使いが、手の中のそれを消して、素手で魔力の籠った拳闘士の拳を受け止めたのだ。


 ぎゅうううと握り込まれて、ジンは苦痛に顔を歪めて、手を外そうとするが、外れない。


『ば、化け物だ……ルートさん……』


 しかし、余裕の笑みで右手に持ったそれをベロリと舐めたルートさんに、ジンの怒りも爆発する!


「っ! 触るな! 返せ! それは、彼女の!」


「ウィンリィの左手だ!!」


 ジンが怒りに任せてルートさんの手を外す!

 その勢いのまま、彼目掛けて蹴りを繰り出すが、ルートさんは上に飛んで躱す!


「嫌だね。これは僕の! 持って帰って大事に使うからさあっ!!」


 そして、お返しとばかりに、彼の腹部を蹴り飛ばす!

 ジンは、後方に飛んで衝撃を散らし、すぐに体勢を整えて、またルートさんに向かって走り出そうとしたが……


「ジン、熱くならないで。そんな状態で勝てる相手じゃない」

「ウィンリィ!? 手当てしろ! ガレット!!」


 左手を失い、激痛のはずのウィンリィは、落ち着いた様子で、ジンの胸ぐらを掴み下げた。


 ちゅうっと、小さなリップ音。


「タグ取れてるよ?」


 こんな状況なのに、綺麗な笑みを恋人に向けるウィンリィに、僕は息を呑む。


「止血と保護はしてもらった! 二人でやるよ、じゃないと勝てない」

「……分かった。早く終わらせて、その手、治すぞ」

「うん!」


 ヒィンッ―――――――――!!!


 二人が魔法紋を展開した!

 高魔力に空気が、ビリビリと悲鳴を上げる!


『トップ魔法少女と、3番手の魔法少年の複合魔法紋だ……さすがのルートさんも、これじゃあ……』


 二人のやり取りを余裕たっぷりに見守っていたルートさんは、闇よりも暗い魔力を迸らせて、2丁の魔法銃を二人に向けた。


「男の方は跡形もなく消し飛ばしてあげる……リィのは手加減するよ? 体の中心だけは無事なように撃ってあげる!」


 次の瞬間! ジンとウィンリィの魔法紋を介して増幅された魔法弾と、ルートさんの銃弾がぶつかり合い……


ごばあああああああ!!!!!


 爆風を巻き上げて、相殺された!


「っ! やっぱダメか!」


 ウィンリィとジンは、分かれて反対方向に散って走る!

 二つの標的に同時に照準を合わせることは、普通なら出来ない。


しかし!


『嘘だろ、ルートさん……別方向に走り続ける標的に照準を合わせて撃ってる……』


 ウィンリィもジンも負けていなかった。

 ルートさんの弾を魔力を込めた拳で難なく叩き落としているのだから。


「あっはは! さすが! リィの彼氏だね? 力の差があり過ぎる矮小な男だったら、嬲ってやろうかと思ってたけど!」


 ジンがルートさんの懐に飛び込む!


 ガギンッ!!


 ジンの拳を左の銃身で受け止めたルートさんに、

ルートさんの右手首をしっかりと握り締めたジン。


「嬲れるような小物じゃあ、なさそうだ」

「当たり前だ、子供の頃からあいつと鍛えあってきたからな」

「ふふっ……そう?……君にさ、良いこと教えてあげる……」


 ルートさんが、小さくジンに告げた言葉は、彼の瞳を一瞬、揺るがせる。


 唇を読んだ僕は、その内容に目を背けた。

 陰る思考を振り切り、また戦場に目を戻すと、ウィンリィが参戦しており、ジンと息ぴったりのコンビネーションを見せている。


「同士討ちさせるのは難しそうだ……なら!」


 ルートさんは、隣り合う二人にダッシュで急接近し、ジンだけを蹴り飛ばした!

 魔力を込められた蹴りに、両手でガードしたものの、ジンは遥か後方に飛ばされて、壁に激突する!


「ジンっ!」


 ウィンリィが、彼を心配した一瞬の隙に、ルートさんが彼女の両手首を掴み上げた。


魔法解除アーフェン


 ブシュウッと飛沫をあげて、ガレットが保護していた傷口が開く。


「っっ!!」

『母さん!!』


 切断面から溢れた血は、腕を掴んでいるルートさんの手をも濡らし、赤く染め上げる。


「っ……離せ……!」

「嫌だ。ふふ、さっき飲んだ君の血、美味しかったなあ。もっと……ちょうだい?」


『ああ、それ以上は……やめろ!!』


 ルートさんが掴む手に力を込めると、大量に、ウィンリィの血が、そこから溢れた。


 それでも、真っ青になりながらも、母は――ウィンリィは、震える脚でまだ、立っている。


『もう、やめて、やめてくれ、お願いだから……』


 どうして? あんなに優しかったルートさんが、母に、こんなことをしているんだ?!


『あの手帳……あの手帳がないと、あ!何処に行ったんだ?!』


 辺りを見渡しても、見つからない。


『見つけないと、この世界に干渉できるかもしれない唯一のものなのに!』


「がっ……何!?」


 ルートさんの上げた悲鳴に、また二人に目線を戻すと、ガレットが背後から彼の手首に触れたのが見えた。

 動揺するルートさんにジンが突進して、ウィンリィは、やっと彼から離れることが出来た。


 気を失ったウィンリィを抱いて、即座に距離を取ったジンは、ガレットに引き継いで、今度こそ、母を戦線から離脱させる。


「へえ、回復の逆行か……怖い女の子だな……」


 骨が見えるほどに爛れた左手首を無造作にぶら下げて、彼は軽口を叩く。


「許さねえぞ……お前……」


 炎の魔力を全身から迸らせて、怒りを露わにするジン。僕も、彼と同じ気持ちだ。


「怒るのは構わないけど、君一人で僕に敵う?でも、無駄死にしたら、彼女も僕を追いかけてきてくれるかなあ?」

「どうだかな? 簡単にはやられねーぞ? 俺にも彼氏の意地があるんでな」

「そっか。じゃあ、来なよ? 殺してあげる」


 二人は、暫く睨み合って静止したが……


 ダァンッ!


 白い弾丸が、ルートさんに向かって放たれた!

 彼は、余裕の表情で、怪我をしている方の手に携えた銃で撃ち返す。


 しかし、その白い弾丸は、少し魔力を失ったものの、スピードを落とすことなく、彼に届く!

「くっ!」


 魔法銃を構えていた左腕でそれを受け止めた彼は、苦悶の表情を浮かべて、相手を見据えた。


 そこには、

白銀の髪に、分厚い睫毛で覆われた灰銀の瞳の冷気のような魔力を纏った男――


『父さん!』


 父――スノークの姿があった。


「ジン、ガレットにこれ渡して。で、君のも食べさせて。彼女、限界だ」


 父は魔力結晶の頭花とうかを、ジンに託し、


「奴は俺一人で食い止める。リィを頼む」


 と淡々と告げると、床に冷気弾を撃ち込み、その球に更に連続して撃ち込んで、霧を発生させた。


 白い世界に紛れて、ジンは離脱し、父はルートさんがいる方向を静かに見据える。


 霧が晴れ、現れたルートさんは、父を観察するように見て、ふうん……と感嘆の声を上げた。


「君、flowersフラワーズのトップ魔法少年のスノークだろ?

うちの軍では有名人だよ? 何人も幹部クラスを葬ってるって。ま、みんな僕には及ばないレベルの魔導士達だったけど」


「お前は、一国の筆頭魔導士ルート=インターだな? お前も、俺の銃殺リストに載ってる……」


「そなの? それよりも君さ、リィの最初の男だね? 目障りだったから、魔力パターンを覚えてたんだ……会えて嬉しいよ」


 この瞬間、元々冷ややかだった空気が、更に冷たく冷え込んで、精神体の僕ですら震え上がる。


「その呼び名で、彼女を呼んでいいのは俺だけだ。リィのストーカー野郎」


『父さんなら、ルートさんと渡り合えるかも……』


 負傷したルートさんと、万全な父。

 僕は、二人を後にして、ジンが向かった方向へ走った。


―――――


「馬鹿か! そんなに俺たちは頼りなかったかよ!」


 ジンの罵声が響く中、仰向けに横たわる母と、その失われた手首に回復の光を当て続けるガレットの姿。

「違うよ。でも、そんな次元の相手じゃない。今までウィンリィがあの人と戦って無事だったのは、ただの手心……あの人がウィンリィをあえて生かしてただけ。でも、あなた達は違う。まともにやり合えば殺されてしまう。だから……」


「だから、奥の手を使ったってのか!?」


 奥の手? まさか!


「うん。ジンは……スノークも、ウィンリィが穏やかに生きる為に絶対に欠かせない人だから」

「欠かせないのはお前もだろ! こいつの親友だろうが!」

「僕だって! この子を守りたいんだ!」


 駆けつけたジンが、まだ頭花をガレットに与えていないわけがない。

 なのに、彼女の頭花は、残りたったの一つ。

 それすらも、消えかかっていた。


「ジン、早く行って。スノーク一人じゃ殺される……」

「……分かった」


 ギリ! と歯を食いしばる音が聞こえて、ジンはまた戻って行く。


 残されたガレットは、ウィンリィに回復魔法をかけ続けている。

 僕には、その姿が、命を燃やしているように見えた。


『ガレットはね、私の世界一美しい親友なんだ』


 母さんが、彼女の墓の前で言っていた言葉が頭を過ぎる。


『この戦いで、君は死ぬの? 母さんの、ウィンリィのために?』


 母の手首は、その形のほとんどを取り戻しつつあった。

 でも、本当に、"奥の手"とやらを使ったというのなら、こんな事をしている場合じゃない。


『どうして……そこまでして……』

『それはね、それだけウィンリィが愛されてるってことなんだ』


 ! 突如、聞こえた知らない声に、後ろを振り向く。


『エリィ!?』


 翡翠の瞳が笑みを湛えて、そこにいた。


『君は、未来から来たウィンリィの息子だね?……残念だけど、私にも君にも、現実を変えることは出来ないよ』

『え? それは、何故?』


 エリィは、悲しみに満ちた顔で、僕を見つめた。

 そして、彼女がまた口を開きかけたその時、


「ウィンリィ!」


 ガバァっと、起き上がった母が、開いた状態で床に落ちていた手帳を手に取り、エリィの姿は、また消えてしまった。


「ルートに、ルートに、これを返さなくちゃ……」

「まだ動いちゃダメだよ。怪我が治っただけで、体力は回復してないから」

「っ……ルートは、本当の彼は、あんな人じゃない……これがないから、だから……」


 ああ、ウィンリィは、まだルートさんを助けたいんだ。

 あんなに酷い目にあったというのに。


「……分かった。君の体力を回復させるから、少しじっとしてて」

「ごめん。ありがとうガレット」


 今、ガレットの頭花は、彼女自身がかけた認識阻害魔法によって、三個あるように見えていた。


『母さん、認識阻害デコレーションを見破るの得意な筈なのに』


 そして、回復した母は、ルートさん達が戦いを繰り広げる場に戻って行く。


 僕も、それを追う。ガレットのことが気にかかったけれど、手帳の行末を追うことが今は先決だ。


 現場に戻って、飛び込んできた光景に、僕も、ウィンリィも、目を見開く。


 そこには、長身の女性魔導士に抱き抱えられたルートさんと、それに対峙する父とジン。


「どんな強力な攻撃も、当たらなければ意味はないよ? 坊や達?」

「くっ! お前は!」

「一国の次席魔導士、ロート=エヴァンジェリン=ミスティスだな」


『ロート? それって、確か……』


 ロートと呼ばれたその女性は、ぐったりとしているルートさんを床に下ろし、苦しそうなその顔を軽く撫でた。


「毒か……どんな毒なのか、教える気はないよなあ……君たち……まあ、戻ってからの治療でもコイツは死なないかな。ところでさ」


 ロートは、大袈裟に辺りを見渡して見せ、


「ここにウィンターコスモスの子いるだろ? その子とちょっとだけ話したいんだけど、ダメかな? ちなみに、話せたら何もしないでここから立ち去るよ?」


 次席魔導士とはいえ、敵国のトップ魔法少年二人を前に、引くことが交渉材料になると、この人は本気で思っているのだろうか?


それに――


「いないぜ」

「いない」


 即答しているところ、申し訳ないけれど、ウィンリィは、あなた方のすぐ後ろに来ているし、ロートにも、


「愛されてるな! ウィンター!」

「エヴァさん……」


 とっくに見つかっています……


「ウィンリィ!」

「……」


 母は、ジンが振り向くと、少しバツが悪そうな顔をしたものの、すぐにロートに目線を移して、彼女に向かって手帳を投げた。


「! これは……ウィンター、君が持っててくれたのか」

「私がいけないんです……すぐに返せなかったから」

「そっか。これな、コイツの奥さんが仕込んだ精神安定の術式が組み込まれてるんだ」

「エヴァさんは、ルートと昔馴染みなんですね」

「コイツは、従兄弟なんだ。母親同士が、旦那に先立たれた姉妹でさ」


 やっぱり。この人は、前にルートさんが言っていた身内の人だ。


 それにしても、母と、ロート、随分仲が良さそうに見えるな……二人の様子に、ジンもスノークも、なんだか複雑そうな顔をしているし。


「じゃあな、ウィンター! 二度と戦場で会わないことを祈ってるよ!」


 言うと、ふっと、ロートとルートさんの姿がかき消える。


『! 手帳を追わなきゃ!!』


 慌てて外へ出ると、遥か遠くに、微かに二人の姿がまだ見えた!


『何て速さだ! 電撃系の魔法で、高速移動してるのか!?』


 僕の知る異世界のルートさんがアプリに貸与した指輪魔法具――アレに込められていた魔法も電撃系。


 今、自分は、娘の身を守ってくれている魔法の正体を目の当たりにしているのか……


 精神体のお陰か、高速移動にも無事ついて行けて、一国の砦に足を踏み入れた。


 そこにあったのは――


「重症です! 命が危ない!」


 ルートさんを囲んで、騒々しくなる魔法医たちの姿だった。

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